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偽りの王  作者: ゆなり
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百十四

 三姫(さんひめ)が意識を取り戻したのは夜明け前だった。

 彼女は自室の寝台の上に横たわっていた。自室……というと多少語弊があるか。『一姫(いちひめ)』の部屋といわれている、三姫が普段寝起きしている部屋だ。

 彼女は呆然として天井を見上げていた。なぜ己は生きているのかと、三姫はそればかりが脳裏を占めていた。生きているばかりか、自室へ運ばれ寝かされているという丁重な待遇だ。

「……お気づきですか?」

 ささやき声に目を向けると、遵石(じゅんせき)が少し離れたところに控えていた。

 気遣わしげに三姫を見つめている遵石は、彼女が自分の声に反応したことを確認して、再び口を開いた。

「お加減はいかがですか? 若様から急に倒れられたとお聞きいたしましたが」

二若(ふたわか)が、わたくしが倒れたと? 他には何か言っていませんでしたか?」

「特には、なにも」

「そう……」

 どうやら二若は、三姫が己を殺そうとしたことを話していないらしい。それどころか、気絶させた三姫を気遣う余裕ぶりだ。

 二若に三姫を害する意思がないことを示している。

「地下に閉じ込めてある者はまだあそこに居りますか?」

「はい。姫様の許可なく解放はいたしません」

 遵石は即答した。

「一度、確認してください」

「ですが……」

「お願いします」

 三姫が重ねてお願いすると、遵石はその願いをかなえるべく立ち上がった。

 しばらくして戻ってきた遵石は厳しい表情を浮かべていた。

 その表情を察して三姫は問いかけた。

「居なかったのですね?」

「はい。城の内外を兵に命じて捜索中ですが……申し訳ありません。私の失態です」

「これは二若の仕業です。気にしないようにとはいえませんが、あまり気に病みすぎないよう」

「若様の? それでは捜索は中止すべきなのですね」

「いいえ。このままで。あの娘はなんとしても捕らえねばなりません。それと……城外の捜索は不要です。まだ城外へ出てはいません」

 三姫には香麗の嘆きがかすかに聞こえていた。

 己が生み出した嘆きゆえに、ほとんどの力は無くなっているがまだ聞き取れていた。

 その声は程近い場所から発せられている。

 距離があればすでに耳へ届かなくなっているためだ。だから離れていてもせいぜい城内の端まで。まだどこかに潜んでいると、確信を持って断言した。

「若様の命に背かれても良いのですね?」

 遵石は硬い表情で念押しをした。

「ええ。構わないわ」

「わかりました。兵達に城への出入りを厳重にするよう、猫の子一匹見逃すなと申し伝えてまいります」

 そう言って遵石は再び出て行った。

 遵石が戻ってくるまでの間、三姫は対応を色々と考えていた。

 しばらくして戻ってきた彼は、真剣な表情で問いかけた。

「姫様、何があったかお話し願えますか。なぜ若様を……いえ、あの若様は、本当に若様なのですか」

 確信めいたその言葉に三姫は、二度、三度と瞬いた。

「失礼ながら、姫様がこの部屋に残されていた手紙を読ませていただきました」

 その言葉に三姫は合点がいった。

 手紙とは『三姫』に遺した、いわば遺書でもある。

 その『三姫』の夫である遵石が気になり目を通してしまうのは十分考えられる事態だった。それでも良いと三姫は考えていた。遵石が読んでも隠さねばならない秘密はわからないよう、そてでいて一姫ならば十分伝わるようにしたためてある。

「わたくしが二若の命を狙ったことを知っているのですね」

「帝都よりお戻りになられてから、若様はまるで人が変わってしまったかのようです。行方知れずとなられている間に、別人に取って代わられたのではありますまいか」

 遵石の言葉に、三姫はかすかに笑みを浮かべた。

 彼は三姫の遺書によって『一姫』が二若を襲ったこと、おそらくその返り討ちにあったことぐらいは察しただろうが、それ以上のことがわからず動くに動けなかったのだ。そして『二若』へ抱いた遵石の不審もあり、普段の『一姫』ならしない『二若』への反逆を示唆する命もすぐさま従ったのだ。

「それほど今の二若は『二若』らしくないかしら?」

「はい」

 遵石は迷いなく頷いた。

「残念。あの『二若』は、紛れもなく本物よ」

「ですが……」

 我慢できずに、三姫はクスクスと笑い声を上げた。

「貴方が知る普段の『二若』こそ、ニセモノです」

 遵石は大きく目を見開いた。

「そしてわたくしも、本当の『一姫』ではありません。ふふっ、わたくしは三姫なのですよ」

 三姫はこの暴露にどのような非難が返ってくるかと、身構えた。

 しかし……

「では! 離れにいらっしゃるのは、どなたなのですか! いえ、一姫様は何処にいらっしゃるのです!!」

 遵石の言葉はただ王女達を想う言葉だった。非難などなにもない。

「貴方の良く知る『二若』。彼が一姫なのですよ。そしてあの離れには普段誰も居ません」

「三姫様のお姿を私は幾度となくこの目にしております! 姫様とご一緒しておられる姿も、若様とご一緒しておられる姿もです!」

 そんな馬鹿なと、遵石は声を上げた。

「あの『三姫』は、わたくしと一姫が必要に応じて演じてきた姿。現に、わたくし達三人が揃っていることはないでしょう?」

「ならば若様は、本物の若様はどちらにおられたのですか」

「二若は国を出奔して、ずっと市井で暮らしていました。わたくし達の知らないところで、誰の力も借りず生きてきたのです」

 三姫の説明に遵石は絶句した。

「理解してもらえたようですね」

「では……姫様は、一姫様は今どちらに!? 帝都にいらした『若様』が一姫様で、そこから帰っていらしたのが本物の若様なのだとしたら、若様の立場を務めていらした一姫様はどうなさったのですか!」

 どのような罵倒がくるだろうかと覚悟していたのに、遵石の台詞は全く違うものだった。彼は一心に身を案じていた。

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