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偽りの王  作者: ゆなり
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百十三

 時は遡り、前夜の事だ。

 佑茜(ゆうせん)が『三姫(さんひめ)』の部屋に忍び込んでいた丁度その時、二若(ふたわか)は三姫に呼び出されていた。それも余り友好的とは言いがたい雰囲気でだ。

「なんて呼び出し方だ」

 二若はブツブツとこぼした。

 それもそのはず。三姫が二若を呼び出した手段というのが、『二若への憤懣を内心であげ連ねてそれを読み取らせる』というもの。二若の悪意を聞き取る能力を逆手に取った、悪趣味な方法だった。

 突如として悪意に満ち満ちた罵詈雑言交じりの呼び出しをぶつけられて、不満を覚えない人間はそうはいないだろう。

「他に貴方を呼び出す良い手段がありませんでしたもの」

 表面上はにこやかながら、三姫の目は全く笑っていなかった。

「で、何の用だ?」

 二若は気を取り直して訊ねた。

「貴方に見せたいものがあるのよ」

 そういって三姫は奥に向かって顎をしゃくった。

 二人がいるのは、地下牢の入り口。明かりは全くなく、奥は真っ暗になっていた。手にした燭台に灯された蝋燭の明かりだけが光源で、二人の影が通路に長く伸びた。

 地下牢内部に看守は居らず、外に見張りが立っているのみだ。三姫の護衛も扉の外で待っている。二若と三姫は二人だけで奥へと進んだ。

 地下牢は全て独房で、特別な囚人しか入れられないことになっている。特に王族殺しや国家反逆罪などを犯した者が入れられる。近年は『二若』や『一姫(いちひめ)』を狙った者が時折入れられるぐらいであまり使われておらず、人気が全くない。奥の突き当りには各種拷問器具も残っているが、すでに放置されて久しかった。

 半ば忘れられた施設だが、独房のひとつに人が入れられていた。使用されているのはそこだけのようだ。

 二若はその独房まで来て、中に入っている者を目にして驚きをあらわにした。彼の見知った相手――香麗が入っていたのだ。

 香麗は蝋燭の火にまぶしげに目を細めて通路に立つ二人を見ている。

「香麗……」

 二若のその言葉に、香麗は八としたように顔を上げた。

「イチ? イチなの? あたし、あたしはただイチを追って来ただけで、悪いことなんて……」

「ちょっと黙ってろ! なんでこいつがこんなとこ、」

 二若は香麗の言葉をさえぎり、三姫に向き直り抗議の声を上げ、そして口をつぐんだ。

 三姫が服の下に隠し持っていた剣を、二若に向かって勢いよく振り下ろしてきたからだ。

 それを二若は際どい所で避ける。二撃三撃と続くが、彼にとってはどうということのない攻撃だった。

「避けるのではありません! このわたくし自ら成敗してくれます!」

「ちょっと待て! 落ち着け!!」

「お黙りなさい! お父様や一姫に死んでわびなさい!」

 三姫は本気の殺意を持って相対していた。

 彼女には香麗を逃がすという選択肢は存在していない。

 一姫や二若の話を聞いていて、香麗がどういった人物か薄々理解していた。己を『双葉(ふたば)』と呼び、『イチ』の名を知る。それだけで十分察せられたのだ。そして『イチ』の正体が青稜(せいりょう)の王族と知られてしまったことも意味する。これは重大な問題だった。

 三姫は、『口止めなど生ぬるい。秘密を知る全ての者を抹殺する必要がある』と、そう判断していたのだ。

 その手始めとして、三姫は二若をその犠牲になる者達へのけじめとして、真っ先に抹殺することを決意したのだ。

 だからその殺意(悪意)を誤魔化すため、罵詈雑言の呼び出しを掛けたのだし、刺す時の強烈な殺意は二若が香麗に気と取られている中で誤魔化した。自らの手で始末することを考えたのは、ここに暗殺用の人員をつれていたら、二若はもっと警戒していたし油断なんてしなかったことが予想できたからだ。二若は三姫だけだからこそ、油断を見せたのだ。

 こんな手段でもとらなければ、二若には確実に逃げられる。例え軍で包囲しようとも、包囲される前に逃げてしまうだろう。不意を付くしか、三姫が二若を殺すことはできない。だけど一番の好機である最初の不意打ちが防がれてしまった以上、三姫に二若を殺す手段はないも等しかった。

 三姫はそれを理解していたが、だからといって手心を加える気はなかった。

 彼女は二若を己の中から切り捨てたも同然だ。相手から許されることはないだろうし、彼女自身が己を許すこともない。

 命を狙った以上、相手に殺される覚悟もまた、彼女は済ませていた。もし自分が殺された場合に備えて、一姫へ事情を説明する手紙も残してある。彼女にとって、これは殺るか殺られるかの、二択であった。


 二若はそんな三姫の必死の攻撃に、相手が何を考えていたか大体察した。そして苦笑した。

 彼は三姫が思うように彼女を恨んでなんかいなかった。王族として、国を守ることを第一に考えるのなら、香麗や二若を殺そうとする選択は納得できなくもなかったからだ。己の情よりも、政を選ばざるを得ないその悲しみを、そしてそれが三姫の生き方なのだと、彼は正確に慮っていた。

 三姫を倒すだけならば、二若にとっては簡単にできる。だけど彼には三姫に手を上げるという選択はなかった。かといって殺されてやるつもりもない。

 斬撃をかわしながら、彼は機をうかがっていた。安全に取り押さえる、その機会を。

 彼は人を殺すのは得意でも、取り押さえるのはあまり慣れていない。うっかり手が滑って怪我をさせてしまわないか、それが気がかりでならなかった。だからこそ余計に慎重になっていた。

 これが一姫ならば、多少力が入ってしまっても軽く避けてくれる。一姫の防御に特化した技術だからこそ、彼女には安心して手が出せるのだけど、三姫は護身術を少し出る域の腕しかない。一姫のように小器用に避けることはできない。余計に慎重にならざるを得なかった。

 狭い通路内で逃げ場も少なく、それを生かして三姫は二若を追い詰めるかのように刃を振るう。

 武器を何も持たない二若は軽く避けてはいるが、反撃の手段がほとんどない。攻撃後にできる三姫の隙を狙い、懐に入って打撃を与えるというのが最も手っ取り早い。だが、そうなると一撃で相手を行動不能にせねばならない。三姫に危害を加えたくない二若にはなかなか取れない選択だ。彼がやると、頚椎を折ったり、内臓を破裂させたりと、急所狙いのきわめて危険な攻撃が多いためだ。彼にとって当身というのは苦手で、しかもこれほど激しく動かれていては、成功させる自信はなかったのだ。

 そうなると、剣を持つ手を押さえてしまうというのが次点で有力だが、三姫は武器を奪われる危険は避けようとしていて手を取り押さえるというのは難易度が高い。

 さてどうするかと、最小限の動きでかわしながら二若が考えていたら、三姫が急に体勢を崩した。

 つんのめる様にして上体が大きくかしぎ、三姫の剣を手にしている腕が明後日の方に振り上げられた。

 二若は好機と見て一気に間合いをつめ、がら空きとなった懐に入り、できるだけ三姫の体に負担を掛けないよう加減して当身して、気絶させた。

 最後はあっけない幕切れとなったが……三姫の背後、格子の向こう側に香麗が立っているのに気が付いた。

 香麗は格子の間から腕を出し、三姫の衣装を掴んでいた。どうやら三姫が急に体勢を崩したのは、香麗がその動きを妨げたためのようだ。

 倒れかけた三姫の体を受け止め、香麗になんともいえない目を向けた。

 怪我をさせずに取り押さえることができたのは、二若にとっても喜ばしい。だが、もし香麗が武器を持っていたら? そうしたら香麗は迷わず三姫にそれを向けていたのではないだろうか。二若にとってそれは容認できない事態だ。

 三姫の言い分ではないが、香麗をどうするべきか、二若は迷った。殺すべきか、逃がすべきか……

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