百十二
「……なんでそういう話になるのですか」
真祥から驚きの声が上がった。
佑茜は真祥を無表情に見やる。
二人は蒔恵の王城内に用意された客室にいた。
「紘菖様を迎えに来られたのでしょう? それなのに、どうして姫君を連れ帰ると言う話になるのですか」
真祥は佑茜を問いただした。
「黙れ」
佑茜は煩わしげに言う。
「二若を追っているといった覚えはない」
「そうですけど、それなら何のためにここまで来られたのですか。探し物があると犬を使ってまで追跡していたじゃないですか。その探し物と姫君を連れ帰ることがどうして結びつくんです」
「そんなもの、ただの物のついでだ」
あっさりと言い切る佑茜に真祥はため息を付いた。
「なら、お探しのものはあったのですか」
「まだだ」
佑茜は否定した。
「俺にそれを探せとは言わないんですね」
真祥は探るように言った。
どういった気まぐれだと言った雰囲気だが、真祥の目は佑茜をジッと観察している。
「きさまには他に命じているものがある」
言葉だけだと真祥の負担を考慮してのものにも聞こえる。
しかし本当の所は、お前に任せられないもしくは任せたくないと言う意味であった。
紘菖や稼祥にすら明かさない後暗い情報をかなり深いところまで見せられていると真祥は自負しているが、それでも彼は根本的に佑茜から信用されていないのだ。
今回の件も、佑茜は真祥にあまり関わらせたくないと考えているようだった。それでも手が足りなくて仕方なく手伝わせている、そんな様子であった。
気を取り直して真祥は口を開いた。
「それで俺は姫君を都へお連れし、お世話をすればよいのですね」
「手続きなり道中の手配をしてやれ。それ以外は放っておけばいい」
「そんなぞんざいな。宜しいのですか?」
「構わん。……お前は人の心配をしている余裕があるのか? 王女が帝都へ移動できるようになるまで時間がかかる。その間無駄に遊ばせておくつもりはないからな」
冷淡なその言葉に真祥はウゲッと顔を顰めた。
「都と蒔恵を行き来しろって言うんですか!?」
「当たり前だ」
佑茜は轟然と言い放った。
帝都から蒔恵までどれほど馬を飛ばしても、往復するには何日も掛かる。
用事を済ませるために蒔恵へ往復なんてしていたら、今の任されている仕事をこなす時間など殆ど取れるはずがない。それこそ寝る間も惜しんで仕事しても、到底追いつかないだろう。馬を飛ばして移動するだけでも体力の限界に挑戦する事になるはずだ。真祥は先に待ち受けている試練に思いをはせて燃え尽きそうになった。
「とにかく、王女の事はきさまに任せた」
それだけ言って佑茜は部屋から出て行こうとした。
「どこへ行くんです!?」
真祥がギョッとして訊ねると、佑茜は煩わしげに振り返る。
「なんだ」
言外に口を挟むなと言った様子で、普段なら真祥も直ぐに引き下がるところだった。だが、今回ばかりはそうはいかなかったのだ。
「また姫君の部屋に忍び込むつもりじゃないですね!?」
そう、昨夜佑茜は離れにある王女の部屋に忍び込んでいた。
真祥はその間、警備の目を引きつけ佑茜が忍び込む手助けをしていたため、彼がそこで何を見たのかどんなやり取りがあったのか知らない。忍び込んでいた時間は僅か出合ったが、真祥は全く生きた心地がしなかった。
佑茜が見つかっても罪に問われるとはあまり考えられないが、真祥はそうはいかない。下手をすればその場で切り捨てられてもおかしくなかった。
「安心しろ。あそこに用はない」
それだけいって佑茜は今度こそ部屋から出ていった。