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偽りの王  作者: ゆなり
109/122

百八

 ここへきたのは、私(二若(ふたわか))が偽者と知っていて、がけから落ちて死んだように見せかけ国へ舞い戻っていると考えているからではないのか? だが、知っていたのならいつから?

 思わず考え込んでしまっていたため、三姫(さんひめ)に声をかけられて我に返った。

一姫(いちひめ)?」

「ああ……私が三姫として会うしかなかろう」

「ええ」

「アレしかないだろうな」

「アレね……。明日の朝に持ってくるわ」

 私たちの口にしている『アレ』とは、軽い毒薬の事だ。

 そうそう使うことはないが、私や『一姫』をよく見知っている相手に『三姫』として会うときに使う。

 擬似的に病弱な様子を演出するためで、毒物で本物の病人に見せかけるためだ。

 顔が同じ別人と思ってもらうための苦肉の策。

 今回は対象が私を良く知る佑茜(ゆうせん)で、勘の鋭くしかも何を考えているか予測できない人だから、『三姫』が『二若』と同一人物と気付かれないように、念には念を入れる必要がある。

「すぐに用意してくれ」

「なぜ?」

 三姫は困惑気に聞き返してきた。

 その反応はある意味当然だろう。

 私とて好き好んで毒で長く苦しみたくはない。『三姫』として顔を合わせる際は当然として、いつ何時気が向いたからとやって来ないとも限らないのだから、今から用意しておくべきだ。

「一応、念の為だ。今まで何度か口にしたと思うが、あの皇子を己の常識に当てはめて考えてはならない。どれほど非常識であろうと、不合理な行動であろうと、皇子が良しと考え合理的だと判断すれば一切の躊躇はしない。だから明日三姫に会うと約束を取り付けたからといって、今ここへ乱入してこないとは限らないんだ」

「そんな、まさか」

「私は冗談なぞ言ってはいない。酒に酔った勢いだとか、酌をさせるため突撃をするとか、そういったことを悪びれずにしでかすのがあの皇子だ。己の評判には一切頓着しないし、手っ取り早い手段だ。私はそれを絶対に選択しないとは言わないぞ」

多少大げさな表現だったかもしれないが、掛け値なしの真実だ。

「……判ったわ。すぐに用意します」

 渋々と三姫は頷いた。


 ―――――


 いつ来ても大丈夫なように用意していたが、佑茜は姿を現さなかった。

 服毒は無駄だったかもしれないが、私は後悔していない。

 備えが無駄になるよりも、備えを怠り最悪の事態を招く方がよほど問題だ。

 毒の影響で熱が出て頭がボンヤリしていた。

 佑茜が何を考えているのか、他にも色々と考えねばならない件が幾つもあるのに、熱で頭が上手く働かず考えが纏まらない。

 私にとって佑茜は昔からよく判らない。あれほど態度と内に秘める感情が一致しない者もめったにいない。

 私を疑っている素振りは見せても、感情の色は全く違っていた。しっかり色を見極めようとしても、まるで私が色を見ていると気づいているかのようにコロコロと移り変わる。

 今よりもっと色がハッキリと目に出来ていた時は、その常に移り変わる色に混乱させられ、今は佑茜の感情と一致しない態度に幻惑させられ、いつまで経っても理解しきれない人だ。

 態度と感情が殆ど一致しなくても、いつも一致していないわけではない。一致しない事が多いだけ。態度が嘘とも言い切れず、かといって正しいとも言い切れず。

 佑茜の考える事は理解できない。けれど佑茜が私を切り捨てる事はないと、そう確信もしている。自分でも矛盾していると思うが、それが私の偽らざる想いだ。

 それでも玉祥(ぎょくしょう)と私を裏切り害したり、困難な状況で見殺しにしたり、致命的な痛手を与える事はないと知っている。どれほど傍若無人に振舞おうと、それに振り回されても、振り回すという領域を飛び越えた事はないのだ。

 ……ああ、そうか。私は、佑茜をどこかで信じているのだ。二若と三姫と同じくらいに、もしかしたらそれ以上に、信じて、信じたいと願っているのだ。

 玉祥と佑茜の二人とは、私は誰よりも長く共に過ごした。騙しているという後ろめたさと罪悪感に、私は二人と向き合うのではなく逃げる事を無意識に選択していた。女で偽者だと打ち明けて、蔑まれるのが、態度が急変してしまうのが怖かったのだろう。

 それにしても、随分と感傷的になっているようだ。考えねばならないことを後回しにして何を考えているのだろうか。

 頭は痛いし、気分が悪くてムカムカするし、どうせおかしな事ばかり考えるのなら、無理に起きていて苦しむよりも、さっさと寝入ってしまった方がよい。

 眠ってしまえと思えど、身体の訴える不調に中々眠れない。

 うつらうつらと夢うつつにたゆたっていた。

 単に目覚めている夢を見ていただけで、自身は眠りに入っていたのかもしれない。

 夢と現実が曖昧となり、眠っているのか起きているのかも判らなくなっていた。

 目が覚めると随分と身体がスッキリとしていた。夜の内に毒は殆ど抜けたようだ。

 元々それ程長く影響のでるものではないので、回復しているのは予想通りだった。

 朝食の後でもう一度飲まねばならないだろう。それを考えると憂鬱だったが、あまり気にならないくらい機嫌が良かった。

「なんだか機嫌が良いのね」

 私の様子を見て三姫が不思議そうに口にした。

「父上の夢を見た。熱を出すと、夜に忍んできてくれただろう?」

 私の言葉に、三姫がクスリと笑みを浮かべた。

「そうだったわね。それで後で見つかって、お父様ったら皆に怒られていたんだったわね」

「ああ。久しぶりに頭をなでてくれた感触を思い出して、とても懐かしかったよ」

「一姫はお父様に頭をなでていただくのが好きだったものね」

「三姫は父上の膝の上がお気に入りだったな。それで二若とはどちらが座るか、しょっちゅう喧嘩になっていた」

「わたくし達が喧嘩している隙に、一姫はお父様を独り占めにしていたのよね」

 三姫は口を尖らせ拗ねたように言った。

「いいじゃないか。いつも二若と三姫で父上の両足を占拠していたのだから、少しぐらい私が甘えたって構わないだろう?」

 拗ねた様子を拭い去り、三姫はクスクスと笑い声を上げた。

「懐かしいわ」

 しみじみとした呟きだった。

 三姫に手伝ってもらいながら、私は『三姫』の衣装に着替えていた。

 寝巻きに変わりはないが、人に見られても恥ずかしくない、少し上等な華やかなものだ。

 普段なら一人で着替えられるが、毒が完全には抜け切っておらず、怪我の影響も少ないながら残っていて、足元が覚束なかったために手を借りたのだ。

 身支度を終えて再び毒を煽った。

 寝具の中で見られることはないが、手足にはまだ傷が残っている。肌が見えないように特に気を配った。

 辛うじて無事だった右手を出すかもしれないが、後は一切外へ出すつもりはない。右手も手首より上はまだ傷が残っているのだ。

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