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偽りの王  作者: ゆなり
107/122

百六

 香麗はその感触にギクリとして足を止めた。そして恐る恐る目線を前から下へとずらし、目だけで首筋にある物の正体を確認した。

 彼女の首筋に触れるもの――それは一本の剣であった。背後から無言で突きつけられている。

 ゴクリと香麗はつばを飲み込んだ。

 全く人の気配なんて感じていなかった。剣を突きつけられている今現在ですらも、背後に立っているであろう人物の気配をつかめずにいた。

 そろそろとゆっくり肩の高さまで両手を上げて、抵抗をするつもりはないと相手に知らせる。

「そのままゆっくりこちらへ向け。怪しい動きをすれば即座に切り捨てる」

 低い声に促されて、香麗はゆっくりと身体後と振り返った。

 首筋にある刃は微動だにせず、常に彼女の動きに合わせて頚動脈へ狙いを定め続けていた。

 彼女の背後にいた男は警備兵のような身形をしていた。

 ような――というのも、警備兵のような武人の出で立ちであったが、通り過ぎる間に見た警備兵の衣装とはどことなく違うように感じたからだ。

 男は二十台半ばから後半で、油断なく香麗を見つめている。

「きさまの目的は何だ」

「あの、あたし……迷ってしまって、その……」

「迷う? ほぼ真っ直ぐここまで来ておいて、迷っていたと?」

 香麗は大きく目を見開いた。

「知って……!」

 首筋に突きつけられていた切っ先がグッと更に押し付けられた。

 今にも皮膚を突き破りそうなほどだ。

 香麗は震えて顎を挙げ、首をのけぞらせた。

「何をしに、来た」

 男は嘘や誤魔化しを許さないといった雰囲気だった。

 息を呑むだけで皮膚が切れてしまいそうで、息すら上手く据えない。

 喉を極力震えさせないように、そろそろと声を絞り出した。

「ひ、人を、探して、ました」

「人?」

「イ、イチを……」

 香麗は正直に話していた。

 すると男の眼差しが険しくなった。

「いち……? 姫様を呼び捨てにするとは……! 姫様に何の用だ」

「違っ、……王女、殿下、ではなくて、別の人で……」

 焦りながら香麗はそう弁明した。彼女はイチを指したのであって、一姫という名の王女を呼ばわったつもりはなかった。

 そこまで言って、更に焦りを覚えた。堅如はイチは正当な王族ではないかもしれないと、そう仄めかしていた。イチの名を出す事が、イチにとってはまずい状況を招く可能性もある。

 どうしたら……と、香麗は臍をかんだ。

「仲間は? お前一人ではなかろう」

「あたし、一人、です」

「姫の命を狙ってきたのか」

「そんな、事、しません」

 淡々と尋問が続く。

 香麗は出来る限りに正直に答えたが、相手の望む答えとはなっていない事は感じていた。苛立ってもおかしくないが、男は全く感情を窺わせなかった。

 目の前の相手に集中していた香麗は、他に人がいるなんて全く気付けなかった。

「他に仲間がいないか、念入りに探せ」

 香麗からわずかに視線がずれて、男はそう告げた。

 ザッと背後で幾つかの足音が離れていくのを耳にして、この男以外にも兵がいたのだと知った。

 離れていった兵達を確認したのか、男の視線が再び香麗の元へ戻った。

 香麗に突きつけられた切っ先は、ぶれる事なく喉元を狙い続けている。

 彼女は男衆らが手にしている剣を何度か触った事がある。決して軽いといえる代物ではない。それを同じ姿勢で維持し続ける事ができる。苦にした様子もない。

 とても自分が逃げ出せるような相手ではないと、香麗は悟った。

 これからどうなるのかと、冷や汗をたらしながら男を凝視していた。

 男は香麗に突きつけていた切っ先を下げて、残った手を伸ばし彼女の腕を掴み捻り上げ拘束した。

 彼女は一切の抵抗をせず、なされるがままになっていた。わずかでも抗う素振りを見せたら、その瞬間に切り捨てられるだろうと見て取れたためだ。

 このまま縄をうたれて、牢に放り込まれるのだろうか。それとも拷問部屋に連行されるのか?

 恐ろしい想像に震えた。

 その時、がやがやと人がやってくる気配があった。

 目線を上げ窺うと、建物の渡り廊下の辺りに華やかな一団がいた。

 一人の女性と、お付の人間に、文官らしき者達。

 男もそちらに気をとられているのか、香麗を拘束する力が弱くなっていた。

 己を地面に押し付けている男を見上げれば、周りを警戒してか全く別の方を見ていた。

 なんで――と不思議に思い、一団を見て、一団の中心にいる女性の姿を見て、理解した。

 その女性は、双葉であった。

 相応しい場で相応しい衣装を纏い、そこに君臨していた。

 男は彼女に香麗以外に危険なものはないか、それを確認しているのだ。他に仲間がいるかもしれないから、どこからか新手が現れるかもしれないと、それを警戒している。

 香麗は己が助かるには、今しかないと直感した。

 双葉に自分は怪しい人間ではないと、そう認めてもらう以外に、この場を切り抜ける事はできない。

 己を拘束している男の腕を振り解き突き飛ばして、香麗は一団の方へと駆けた。

「きさま!」

 背後で殺気が膨れ上がり、ここで立ち止まっては命がないと、必死になって声を張り上げた。

「双葉さん! 双葉さ……いえ、一姫様!」

 一団の人間が香麗に気付き、警戒をあらわにした。

 中には腰元の剣に手をやり、臨戦態勢を取るものもいる。

 だが双葉――一姫だけは冷静に、周りの者を押し留めた。

 今まさに香麗を叩ききろうとしていた男も一姫に従い剣を治めて、それでも彼女を取り押さえようと手を伸ばした。

 香麗はあと少しで届くというところで、男に捕まり地面うつ伏せで押し付けられた。

「一ひ、……様」

 香麗がせめて話しだけでもと顔を上げて声を上げるが、男が彼女の頭を押えて地面に押し付けたため、言葉を発する事ができなくなってしまった。

「何事だ!?」

 一団の中の誰かがそう声を上げた。

「侵入者です。拘束し尋問中、僅かに目を放した隙に逃げられました」

 男が淡々と報告を口にする。

「何をやって……!」

「お前達は、先に行っていなさい」

 非難の声を遮り、双葉は凛として命じた。

「ですが……」

「聞こえませんでしたか? 先に行きなさい」

 有無を言わさぬその台詞に、双葉を取り巻いていた者達はぞろぞろと離れていった。

 十分足音が離れるのを確認してか、長く沈黙が降りた。

 人気がなくなり静まり返ると、ようやく双葉が口を開いた。

「この者だけですか? 他に仲間は」

「仲間の存在は確認できておりません。しかしイチという怪しい名を口にしておりました」

「イチ……な。その者、地下へ放り込んでおくよう。他に誰一人近寄らせてはなりませぬ」

「はっ!」

「まっ、双……葉さ……」

 頭を地面に押し付ける力が弱まり香麗は必死になって見上げたが、双葉はもう彼女を見ていなかった。

 静々と殆ど足音さえさせずに去っていくところであった。

 見捨てられたのだ。

 香麗の胸中には大きな絶望が去来していた。

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