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偽りの王  作者: ゆなり
102/122

百一

 誰も居ないことに安堵しながら床板を戻して、納戸にしまってある長持ちを引っ張り出して、幾つかの着替えを取り出した。

 上の方は女物ばかりだが、一番下には男物が密かに仕舞われているのだ。そこから私の分と二若(ふたわか)の分を取り出して、長持ちは再び納戸の中へ仕舞った。

 取り出した着物を手に振り返れば、二若は興味深そうに部屋の中を見渡していた。

「それほどめずらしいか?」

 私の声に二若が振り返った。

「ここが三姫(さんひめ)の部屋なんだなと思ったもんだから」

「ここは『三姫の部屋』といっても、名目だけだ。三姫がここで寝起きをしているわけではない」

「そうなんだけど、王女らしい華やかな部屋が少しだけ意外だったから」

「……そうか? 普通だろう?」

 私は周りを見回して首を捻った。

 寝台こそ寝心地の良い、高価なものを使っているが、ほかは帝都でよく見た品ばかりだ。色合いは女性好みの明るいものだが、違いといえばそれくらいだろう。

「まあ、そうだな。普通の王女や皇女の部屋だ。二人の使う部屋だから、もっと殺風景なのを想像していた」

「帝都にある私の部屋のようにか」

「そう。三姫が使っている『一姫(いちひめ)の部屋』もそんな感じだし、『三姫の部屋』も似たようなものかと思っていた」

 フムフムと頷きながら、私はとても気になっていた。

「お前、なぜ私や三姫の生活している部屋を知っている?」

「え……」

 二若はしまったと、眉根を寄せた。

 その反応でほぼわかってしまった。

 私の部屋をあの騒動の前からよく知っていたのではないか?

 それは三姫が生活する部屋もだ。度々宮殿や王城に侵入をしていた証ではなかろうか。なんて危険な真似をしているのかという説教は後にするとして、コッソリと部屋の中を覗いていただろうという事に文句を……言っても反省はしないだろうな。

 無駄な事はやめた方が良い。

 私はため息をついて、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「とりあえず、着替えておけ」

 手にしていた衣装を二若へ差し出した。

「へいへい」

 衣装を受け取った二若は、その場で躊躇なく服を脱ぎ捨てて着替え始めた。

 もうちょっと人の目というものを気にしてほしいものだ。姉弟でも着替えを見られるのは恥ずかしい。私は衝立の向こう側へ回り、そこで着替えた。

 新しい清潔な衣装に着替えると、気分がサッパリとした。本当なら風呂に入り旅のほこりを洗い流したいところだが、それは贅沢と言うものだ。

 そうこうする内に、日が沈みかけ暗くなってきた。

 窓から差し込む僅かな明かりの中、燭台に火を灯した。

 ここには『療養中の三姫』がいることになっているため、灯りを見られても問題はない。私達二人の影さえ窓の外に出てしまわないよう気をつけていればよいのだ。

 窓から距離をとって座り込んでいたら、密やかな足音と共に女が入ってきた。薄暗くてハッキリと判別できないが、間違いなく三姫である。彼女の独特な足運びとその足音を私が聞き間違えるはずがない。

「ただいま」

「っ、お帰りなさい」

 私と同じ声が返ってきた。

 穏やかで動揺した様子はない。

「無事でよかった。心配したのよ」

耀(よう)達から私の事を聞いたか?」

「ええ。四・五日前だったからしら。(れい)が報告してくれたわ」

 馬で街道沿いに来たのなら、妥当な日数だろう。むしろ早いくらいだ。

 こちらは徒歩でしかも寝込んだりしていたことを考えると、二若の選んだ道程はそれだけ近道をしたのだろう。

「一姫の事だから、何か理由があって身を隠したのだろうと思ったわ。けど伶達にまで伏せるのはおかしいでしょう? しかも一姫から連絡もなかったし、何があったのかと不安だったのよ」

「すまなかった」

 私の言葉に三姫はクスリと笑いを洩らした。

「流石に、今度こそ駄目かと半ば覚悟したわ。呆然として何も手につかなくなったのだけど、老将軍が茫然自失をさせてくれなかったの」

「またあれか?」

 三姫の言葉に頬を緩め、私はある台詞を口にした。

「「絶対に生きてお戻りになられます」」

 私と三姫の声が重なった。

 困惑する二若に説明をした。

「老将軍はいつでもそういって私達を励まし支え続けてくれたのだ。お前が国を出た時も、三姫が危険な目にあった時も、私が皆と連絡を取れなくなった時も、生存がどれほど絶望的な状況であっても、彼だけは一度も己の見解を変えなかった」

「それが何だと?」

「人はね、常に希望だけを見据えるなんて出来ないのだよ。己の心を守るために、最悪の可能性を考えて衝撃に備える。そして最悪である可能性が高ければ高いほど、希望を見失ってしまうものだ。絶望しかなく希望が見えなくなれば、困難に立ち向かう気力も失ってしまう」

「わたくし達が様々な困難を乗り越えてこられたのは、老将軍の言葉が大きな支えとなり、前を向き続ける力となったからなのよ」

「へえ……」

 私と三姫の説明に、二若は気のない返事であった。

 こればかりは私達と同じ立場(残される側)になってみなければ、本当の意味では理解できないだろう。

「だけど、本当に何があったの? あんな中途半端に用意してあって、連絡も何もないだなんて、貴女らしくない不手際だわ」

「私にとっても想定外だったのだ」

 私は事実をありのまま語った。

 垣間見た未来の映像から、二若に助けられここへ至るまでのあらましを全て。

 全てを聞き終わり、三姫はホウッと吐息をついた。

「そう。二若が急に姿を見せて一姫と帰ってきたというから、わたくし驚きのあまりもう少しで机をひっくり返すところだったのよ」

 二若は三姫が一人のところを狙って姿を見せたのだろう。

 ということは、三姫が一人で居るというのは、大概が書類と格闘中であることが多い。集中している時に声などかけられては、弾みで書き損じてしまったり、場合によっては反射的に攻撃してしまうかもしれない。少なくとも私ならばそうだ。

 人目を避けるためとは判るが、二若もまずいときに声をかけたものだ。

「それにしても早かったな。ここへ顔を出すには、もっと時間がかかるかと思った」

「老将軍が早く会いに行けと、仕事を代わってくださったの」

「そうか」

 三姫が敬虞(けいぐ)老将軍に話すのは、私にも理解できた。

 敬虞老将軍には、昔からずっと公私問わず支えられてきた。

 二若が失踪した時は、その生存を誰も信じていなかったのに、彼だけは絶対に生きていると、必ず私達二人の前へ戻ってくると、力強く励ましてくれた。それを心から信じられたわけではなかったが、その励ましがあったから、私達は何とか生活を立て直す事ができたのだ。

 耀達従者を私に付けてくれた事も、彼が己を捨てて尽くしてくれた事も、私達の大きな支えであった。己が利益を追求するだけで信じるに値しない家臣ばかりの中で、私と三姫は人間不信になりかけたりもしたが、彼の存在に人を信じる尊さを学んだ。信じるに値する、尊敬するに値する人だ。

 彼の口癖は、私達三人それぞれの子供を抱くまでは、引退しないというものだ。

 おかしいだろう? この私が誰かに嫁いで、そして子を産むというのだ。そんな夢のような未来が、まるであたかも確定された事実であるかのように語る。

 これが亡くなった父王の言葉であったら、私は無条件でそれを信じただろう。父王は私と同じ様に、未来を垣間見る事ができたのだ。

 父王と違って敬虞老将軍の場合は何の根拠も無い言葉だが、それを耳にする度に、私はもしかしたらと希望を抱いた。もしかしたら、二若の代わりに偽りの王として生きるのではなく、普通の娘のように家庭を持てるのかもしれないと、殆どありえない未来を夢見た。

 どう考えても希望など見出せない状況で、私達が、いや私が、絶望せずに来られたのは、彼のその言葉あってのものだ。

 敬虞老将軍にからめて父王のことを思い出し、懐にある存在を思い出し、切り出した。

「実は三姫に謝らねばならない事がある」

 私の言葉に三姫は居住まいを正した。

 懐の中に仕舞っていた、髪飾りの残骸を取り出して、机の上に置いた。

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