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偽りの王  作者: ゆなり
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 第五皇子が皇帝より賜っている宮の名は紅扇宮(こうせんきゅう)。私はそこに裏口より侵入した。

 いかにも外に用事があってたった今帰ってきたところです、そんな振りをしている。ちょうど裏手は竹林となっていて、その更に向こうは下働きらの詰め所やら塵の捨て場所などがある区域だ。そこから王宮外に搬出されるし、食料なども運び込まれる。そんな外部から割合近い場所にあるというのが第五皇子の宮だ。

 第五皇子はあまりにも何もしないがために、そこに追いやられたのだった。克敏(こくびん)皇子が母の身分の低さを理由にわざわざ外縁部の宮を望んだのとは真逆の理由だ。

 王宮に詰める貴族にとって、第五皇子が皇帝より冷遇されているのは周知の事実。

 むしろ自業自得だと私などは思うのだが、第五皇子の僻みや妬みは頭の痛い事に弟皇子の佑茜(ゆうせん)に向かう。

 とはいえ、下働きらにしてみれば第五皇子の宮ほど利便性の高い宮はなく、かなり人気があるのだがそれはまた別の話。

 竹林をわざわざ遠回りして道を通ってくるよりも、中を突っ切っていった方が早い。宮の周りの庭園を掃き清めていた園丁も、竹林から出てきた私の姿を見咎める事はなかった。軽く会釈して通り過ぎる。別の宮だったらもうちょっと侵入が難しいのだが、ここほど楽な場所はないとほくそ笑んだ。

 裏口から入ると直に厨で、忙しげに召使と下女が立ち働いていた。朝餉の準備中だ。私は下女に扮する事が出来ても、料理は全く出来ない。手伝えといわれる前にさっさとそこを通り過ぎた。

 手ごろな掃除道具を拝借して、屋敷内を観察しつつ掃除を始めた。手桶に浸した雑巾を絞って床を拭き、棚の上や置物を叩きで埃を払ってから綺麗な布で丁寧に磨いていく。そんな姿はいたるところに見受けられて、誰一人として私を不信な目で見るものはいなかった。

 今よりも幼く下女に扮する事が出来なかった頃は、童の格好をしていろんなところに忍び込んだ。

 童とは2種類あって、貴族の子弟が皇子皇女方の遊び相手として連れてこられる場合と、下女や召使の見習いとして下働きをする場合がある。本来の私が前者に当たり、佑茜(ゆうせん)のお供に選ばれて以来早10年、童から側付、側付から武官と成長してきたのだ。そして忍び込んでいるときは後者の姿で、その童姿での潜入時に、潜入先の下女や召使達から掃除のイロハを仕込まれたものだった。

 下働き童なのだから、掃除が出来て当たり前。潜入しているだけだからそんな技術は不要だ、とは口が裂けても言えない。結果私は鬼教官となった下女や召使達から泣きながらそれを身につけさせられた。

 現在、その時の技術が役に立っているので、人生って何が起こるかわからないなとしみじみ思う。あの時の怖い下女と召使達よ、当時はとてつもなく辛かったが、今はものすごく感謝している。

 宮の中の人間観察をしながらも、身を入れて掃除に励んでいた。下女達も召使達も、私の存在を不審に思っている節はない。私は掃除をしながら、少しづつ宮の奥と向かう。

 内通の証拠品、そんな物騒なものを保管しておきそうな場所など限られている。適当にあたりをつけながらそれらしい部屋の中をのぞいていく。いくつ目かの部屋で、とうとうそれを見つけた。

 国許にあったときのままの入れ物で、おそらくその中に入っていると思われた。

 私はそれを手に取りそっと開けた。中には燻し銀で出来た極印と、黄ばんだ書状。間違いがなかった。

 ミシリと床が軋む音を拾った。誰かがこの部屋の方へ向かっている。私は手早くそれを片付けて、部屋の掃除をする。

 通り過ぎるかと思われた足音は部屋の前で止まる。

 カラリと扉が開かれた時には、私は床を拭いていた。

 耳がよくて良かったと安堵した。

 だが、

「ここで何をしている」

 低く問われた。

 ギクリとしたが、不思議そうな様子を装っていった。

「掃除をしております」

 訳:見てわかりませんか?

「この部屋は立ち入り禁止と申し伝えてあったはず。何をしていた」

 チッと内心で舌打ちをした。

 なんて用心深いんだ。

「申し訳ありません。別室の方と勘違いをいたしておりました」

 床に伏して申し開きをした。

 目線だけ男に向けるが、床と男の足先が僅かに見えるばかり。

 だがそれで十分だった。不信の色は私に向けられていない。まだ疑われていないという事だ。

 私は男の反応を待った。

「……もうよい。さっさと出てゆけ」

 忌々しげな様子ながら、男はそういった。

「ありがとうございます」

 今一度頭を下げて、掃除道具を手早く片付ける。

 男の目はジッと私の一挙手一投足を観察していた。

 入り口は一つだけ。そこをふさぐようにして男が立っているため、節目がちにして横を通り過ぎようとした。

 だが急に腕が伸びてきて私の手首を掴んだ。

 男の目は私の手に注がれていた。

 サァッとその身を不信の色が纏っていく。気が付かれた。ギュッと握られている手首に力が篭る。

「お前……」

 みなまで言わせず、私は手にしていた掃除道具を男に向かってぶちまけた。

 不意を突かれた男の手が緩み、私はそれを振り切って駆け出した。

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