めざめたもの
私の家の近所には神社があります。
といっても、神主がいない小さな神社です。
私の両親によると、数百年前にこの辺に大きな神社があったそうですが、なぜかその神社が壊されて、それで私の祖父母の代になってその遺構が発見されて、神社の存在そのものを近所の方々がそれはもうありがたがり、土地の関係で小型化する形で、遺構の発見された場所に再建された神社だそうです。
そして現在、この神社は。
近所の人達が協力して運営し……さらには、近所の人達の会合などに利用される場となっています。
そして私はこの神社――仮にK神社と呼びますが、そのK神社が苦手です。
両親に連れられて、この神社に何度かやってきた事があるのですが。
その度に私は……神社の敷地内に入った瞬間から……何と言えばいいのでしょうか…………とにかく、嫌な気持ちになるからです。
私の将来の事――両親を始めとする大人がやっている神社関連の事を私が覚え、受け継ぎ、私の子供にそれを継承しなければいけない……その、延々と続いていく宿命に対する忌避感もあるかもしれません。
ただでさえ将来、いろんな忙しい事をしなければいけないのに、さらにご近所の付き合いに加え神社の世話までもしなければいけない。
そしてそんな中で私は……将来、何かなりたい職業が見つかった時に、その夢を追えるだけの余裕があるのか…………それを想像するだけで自分の将来に不安しかない、というのもあるかもしれません。
だけど、私にはどうも………これは直感ですけど、それだけとは思えません。
ちょっと、オカルトな話になりますが。
私の魂が神社そのものを忌避しているような……そんな気がします。
『おい芽依子、聞いて驚くな? お前が嫌ってるK神社についての文献が、なんと俺のいる大学の図書館にあったのだぜ!』
そんな私のもとに、ある日、一本の電話が来ました。
都会の大学へと進学した、私の兄の誠一からの電話です。
そしてその電話に出た瞬間……正確には、K神社という名前が出た瞬間に、私は嫌な気持ちになりました。
どうやら私のK神社嫌いはさらに悪化していたみたいです。
「え? なぜそっちに神社の文献があったんですか?」
これ以上嫌な気持ちになりたくないので、フルネームで言わないようにしながら私は訊ねました。
「神社は確か、こっちにかつてあった物ですよね? もしかして神社を訪れた人の日記とかがあったのですか?」
『いいや。それがな、そもそもこの文献の存在は……俺が入ったサークルの先輩が教えてくれたものなんだが』
ちょっと話が長くなりそうな予感がしました。
友人と遊びに行く予定がこの後あるんですが……すぐに終わるといいなぁと時計を見ながら思いました。
『その先輩ってのが、神社仏閣マニアでな。それでお前のK神社嫌いについての話を、サークルの飲み会の時にしたのだぜ』
…………さてはその先輩、女性ですね。
兄の口調が少々明るくなったから間違いありません。
『それで先輩、なんて言ったと思う?』
「いえ、分かりませんけど……なんて言ったのですか?」
『どうも先輩が言うにはだな、神社仏閣が壊されるのにはいくつか理由があるそうなんだが……その中の一つに〝そもそも存在すべきではなかった〟パターンもあるみたいだぜ』
「…………ぇ?」
あまりにも意味不明な答えでした。
思わずアホな声が出ちゃいましたが、どういう事でしょう。
『風水的に、そこにあっちゃいけないとか……そんな理由だったかなぁ。それで、先輩がそんな理由で壊された神社についての文献をこっちの図書館で見つけたって言うんで、試しに探してみたら本当にあって。そしてさらに! ウチの近所の神社の名前もそこに書いてあったのだぜ!』
「…………そ、そうなんですか」
まさか、曰く付きの神社だったとは思いませんでした。
『そっちに今度戻る時、お前にも見せてやるぜ』
「…………分かりました。ありがとうございます、兄さん」
それから私達は、他愛もない会話をいくつかして。
私が家を出なければいけないギリギリになってから電話を切りました。
その会話が、兄との最後の会話になるとは知らずに。
※
数日後。
兄は交通事故に遭い意識不明の状態になりました。
そして、私に見せてくれるハズだった本は……自動車と共に燃えました。
※
「今度は鈴原さんのお家?」
そして、数日後。
私たち家族が悲しみに暮れつつ。
兄の入院している病院に行こうとした時でした。
近所に住んでいるけれど、K神社を運営するグループには入っていない人達が、私達を見ながらヒソヒソと何かを言っているのが聞こえました。
ご近所付き合いをしていれば、何人かこういう人を見かけはするけれど、とても失礼な事をしている人であるのに変わりはない……そんな人達です。
私たち家族は、顔をしかめはするけど……相手にしませんでした。
今は、目を覚まさない兄のもとに行かなければいけません。だから私達はそんな人達を無視して、自動車に乗りました。
「先週は尾道さん、その前は小島さんだったかしら」
「何にせよ、この流れ……K神社が再建された時から続いてなぁい?」
「やっぱりK神社って、何かあるんじゃないかしら」
その人達が、そんな噂をしているのに気づかずに。
※
兄はいまだに目を覚ましませんでした。
呼吸もバイタルも、正常だというのに……今にも目を覚ますかもしれない普通の状態に見えるのに…………目覚める気配がありませんでした。
でも、生きているだけで私たち家族は満足でした。
だから私達は、兄の着替えを自動車に積み込むなどをして……病院を後にする事にしました。
「まさか、誠一がこのタイミングで事故に巻き込まれるとはな」
「そうね。明日の祭り……誠一抜きで回さなければいけないだなんて」
祭り。
両親が言うそれはK神社で催される祭り――わざわざこの辺りの地域を担当する神主さんまで呼んで催す収穫祭の事です。
さらにいえばそれは、この地域にかろうじて残っていた、K神社についての文献に記されていた情報を基に、なんとか現代に再現したモノでもあります。
そしてその、祭りの日。
兄は里帰りをしてまで……神に奉納する舞を踊る事になっていました。
といっても踊るのは兄一人ではなく。
兄を含めた、兄と同年代の男女五人組です。
「そうだ、芽依子。お前誠一の代わりに踊らないか?」
「え、何言ってるのですか?」
突然の事に、私は困惑しました。
私は今まで、K神社に近づくどころかその行事には絶対に出ないようにしていたのに……そんな私に、行事に参加しろと言うのでしょうか。
「そうだわ、それがいいわ。収穫祭のあの踊りは五人の若者じゃなきゃダメだもんね。そしてこの地域に、誠一と他の四人を除いた若者は芽依子しかいないわ」
「お、お母さん、私、出たくないです」
私は本気で嫌でした。
祭りで踊る。それを想像しただけで気分が悪くなる。
汗が出始めて、ほんの少し呼吸が増えた気がして……さらには軽い眩暈もする。
そして、そんな私を十数年も見てきているハズなのに…………その両親は私に、なんと突然血走った目を向けてきました。
「いい加減にしろ芽依子!」
「いつまで誠一に頼るつもりなの!?」
「いつかはお前も祭りに参加しなければいけないというのに、お前にはこの地域に住んでいるという自覚がないのか!?」
「というかそれ以前にあなたがいなくちゃ祭りが成立しないと、さっきから言っているのに、今さら何を言ってるのよ!」
「ていうか我が家の子供だけ祭りに不参加だなんて……近所の人達に何を言われるか…………お前は考えた事があるのか、バカ野郎!」
それは、今まで私に見せた事がない……とてつもない恐怖を感じる顔でした。
そして、そんな顔で両親は……私を、これまたいきなり……唾を飛ばす勢いで、怒鳴りつけてきました。
まさか、今まで私がK神社に関わらなかったせいで……二人は不満をためていたのでしょうか。それも、これからの近所の目という……これからも私達がこの地域で生きる事が前提の事柄までをも引き合いに出すまで。
とてもそうとしか思えない、あまりにも突然の怒りでした。
私は、とても理不尽に思えました。
なぜ私から、行動の自由を奪おうとするのか……本当に、目の前にいるのが両親なのかどうか……それすら疑いました。
だけど、私は。
それ以上に両親が怖くて……。
「…………わ、分かり……ました……」
その圧に負け、了承してしまいました。
正直に言えば、私はその場から逃げ出したかったです。
ですが私には無理でした。いつかは、兄のように遠くに行きたかった……ですが私はまだ中学生。一人暮らしやバイトをするには…………制約が多すぎる歳です。
だから今はただ……耐えるしかありませんでした。
たとえ、再び。
不快な気分を味わう事になるとしても。
※
「芽依子ちゃんは、私達に合わせて踊ってくれればいいから」
「まぁそこまで速い動きじゃないし、大丈夫っしょ」
祭り当日。その会場の控室で。
私は、私以外の、祭りの踊りの参加者――私が、K神社にあまり近づかなかったせいで見覚えのない、私より少し年上な人達からそう言われました。
「は、はぃ」
対する私は、いまだに不快な感じ……臓物が暴れてるような不快感を覚えながら返事をしました。というか、この不快な感じ……歳を重ねるごとに、少しずつ強くなってる……ような気がします。
いったいなぜなのか。
私には分かりませんが……とにかく私は、嫌な気持ちです。
ですが、いつか家出する……それまではこの地域にいるために。
私は、頑張らなくてはいけません。
「おい、そろそろ時間だぞ」
「早く配置についてね」
会場の方をチラ見していた、他の踊り担当の人達が言いました。
そして、その人達の言葉を合図に……私達は社の中央へと出ました。
※
社の広間。
その中心で、私は踊ります。
周囲には、当初は兄と踊るハズだった人達。
私が、どう踊ればいいのか分かりやすいように……必ず誰かが私の前に出てくれました。
しかし、私は。
その踊りに……集中できませんでした。
神社の中に、いるだけで。
臓物が暴れるような……血が逆流するような……さらには、背筋に、まるで氷が触れたかのような…………悪寒がします。
踊る際の、ステップの音……だけじゃない。
太鼓や、笛の音、それに……私の両親を含めた、この神社を運営するグループが唱和する、お経や祝詞とは違う言葉…………この神社について書かれている、この地域の文献に記されてたモノまでが聞こえてくるせいなのでしょうか。
ハタから見ると、聞くと、カルト集団を連想してしまう…………そんな光景の、ど真ん中にいるせいでしょうか。
もう、どれだけ踊ったのでしょうか。
私はもう、何かを意識できないほど不快な気持ちになりました。
だけど、ここで失敗したら。
両親に何を言われるか、分かりません。
だから、私は…………今だけは、両親の人形を演じてでも……この場を切り抜けなければ――。
次の瞬間。
私の意識が薄れ――。
※
鈴原誠一くんが事故に遭った日。
彼に文献の存在を教えた先輩である私は……彼が交通事故に遭ったのが偶然だとは到底思えなかった。
だから私は、事故現場、そして意識不明になっている誠一くんのもとへ、彼への謝罪も兼ね調査に向かったんだけど……いつだったか、私よりも先に彼への見舞いを済ませた、彼の家族と思われる人達とすれ違い…………彼の家族の方への興味が改めて湧いた。
以前彼から、両親は祭りへの参加を強制するような性格をしてると聞いていた。
反対に自分の妹は、K神社に近づくのすら嫌なようで……仕方なく自分が防波堤になる事で、妹にこれ以上不快な思いをさせないようにしてきたとも。
妹想いの良いお兄さんのようだった。
それはともかく、私は意識不明な彼に謝罪をした後。
彼のご家族が住んでいる地域について……K神社を運営するグループに所属していない人達から情報を集めた。
これまた彼によれば。
K神社を運営するグループは、彼の両親と同じく祭りを……誇りに思っているのか、それぞれの親族を無理やり参加させんとする性格をしているそうで。
そして誠一くんはそんな人達も苦手に思っているからだ。
下手に彼らにいろいろと訊けば、私も面倒臭い事に巻き込まれそうだと、聞いた瞬間すぐに直感した。
なんというか、一部カルト宗教の信徒に似ていたから、だと思う。
この国の宗教の自由なんてお構いなしに、別の神や仏を信じている人さえも引き込もうとしたり……自分の子供にも考え方を押しつけたりする…………あのカルト宗教の信徒に。
そして、誠一くんがそんな宗教に関わっているとなると……さすがに大学の先輩としては止めなきゃいけないと思い。
だからこそ私は、誠一くんの両親へと、私が嗅ぎ回っている事を告げ口しないであろう第三者グループから、いろいろ聞いたんだけど……その過程でなんだか不可思議な噂を耳にした。
とある住民曰く、この地域ではひと月につき一人、この地域に住む人の内の誰かが必ず病院に運ばれると。
そしてその流れは……K神社が再建されてから始まっていると。
もしかするとK神社が、何か見えない力を起こしているんじゃないかと。
にわかには信じられない内容だった。
もしかして、ファラオの呪いの真相みたいなオチがあるんじゃないかとさえ思う話ではある……けど私は一応調べようと思った。
「それなら、すぐに神社に行ったらどうだ? 確か今日、連中は祭りしてるぞ」
そして、第三者グループのとある男性にそう言われ……私は初めて、その事実を知った。なるほど。誠一くんがわざわざ里帰りをするワケだ。むしろ里帰りをしなければ妹さんが不憫な事に――。
そして、そこまで考えて。
私はその誠一くんが事故に遭った事を思い出し。
なんだか嫌な予感がして、私はすぐ第三者グループの人に礼を言って、神社へと一応向かおうとして――。
サイレンを聞いた。
消防車のサイレンだ。
すぐに音がした方向を確認した。
嫌な予感がした直後だからとにかくすぐに。
――案の定、神社がある方向に音は向かっていた。
※
私が神社に着くと、火がごうごうと燃えていた。
消防隊による放水作業は、とっくに始まっていた。
そして、神社の前の道路には。
消防隊員だけでなく野次馬――私が調査をしに伺った方を含めた第三者グループの方々が集まっていた。
でも、それ以外には誰もいない。
神社で祭りをしていたであろう人達の姿が………その場にはない。
※
火は、数時間で消し止められた。
社はほとんど焼けていて、原型をとどめていない。
焦げ臭いニオイや。
肉が焼けるニオイもする。
規制線の外から見ただけでも。
多くの丸焦げの遺体が社内にあった。
まさか、誠一くんの妹さんも亡くなってしまったのか。
血の気が引いた。
そして、この事実を誠一くんにどう伝えるべきかも悩み始めて…………視界の隅に不自然なモノがあった。
それは、マイフォン。
しかも、K神社の前のゴミ捨て場に放り込まれた……最新の型だ。
ここで、そんなモノに目を向ける私はおかしいかもしれない。
一瞬、私はそう思ったけど……直後、私は、そのゴミ捨て場の背後の塀の、さらに背後に……社の窓らしきモノがあったのを見て。
そして、そのマイフォンが……一部変色しているのを見て。
私はしゃがんで、そのマイフォンをすぐに持ち上げて操作した。
私の想像通りならば。
このマイフォンは……神社の運営グループの誰かのモノではないだろうか。
後世へと、このK神社にまつわる映像を残すために撮影をしていた……名の知らない、運営グループの誰かの。
そして、もしもそうであれば。
社内で何があったのかが記録されているのではないか。
そして、どういうワケだか社から外へ出られなくなり……死ぬ前に窓からこれを投げ捨てたのではないか。
そう思ったからだ。
ロックは……かかってなかった。
どうやらロックの設定とかを面倒だと感じていた人のらしい。
不用心だと思った。
だけど今はありがた…………映像を、発見した。
※
五人の男女が舞を踊る。
電灯のない畳敷きの社の中で。
窓から差し込む日の光、そしてロウソクの炎くらいしか明かりのない……密室の中で。
社の中にいるのは、その男女――誠一くんの妹さんと思われる、背が低い少女を含めた者達だけではない。
この地域の担当の神主や。
誠一くんと妹さんの両親を含めた複数の信徒もいる。
神主は、パイプ椅子に座り。
信徒達は、座布団に座り……それぞれ何かを唱えていた。
祝詞の類か、と思ったけど。
その割にはなんだか聞き取れない言葉だった。
私はこの地域にある方の、K神社の文献をまだ読んでいないけど……その文献に書かれていた、この地域における祝詞の一種なのか。
いろいろと考えてはみた。
しかし私のまだ未熟な知識では判別できない。
そして、そんな事を思っていたその時だった。
画面の中央部分で踊っていた少女……誠一くんの妹さんが突然倒れた。
まさかの急展開だった。
でもすぐに私は、誠一くんから聞いた、妹さんのK神社嫌いなところからして、こういう事もありえるんじゃないかと考え直し――。
『ぅぎゃあああああああああッッッッ!?!?!?』
――さらなる急展開が起きたため、私はさらに困惑した。
悲鳴が聞こえたその直後。
カメラはその声の主――神主へと向けられ。
私は思わず「ひっ」と悲鳴を上げた。
なんとカメラには。
神主の首の右側が……まるで、大型の肉食獣に食いちぎられたかのように大きく欠け、その断面から、大量の血を噴出させてる様子が映ってた。
次の瞬間。
社内は大パニックになった。
神主……すでに肉塊となった、彼以上に大きな悲鳴が響き渡る。
誠一くんの妹さん以外の、動ける運営グループのみんなが壁の方へとすぐに殺到した。このマイフォンの持ち主もさすがに逃げた。画面を激しく揺らしながら。
何が起こったのかは分からないが、とにかく逃げなければいけない事が発生したのだと、みんなさすがに理解したのだ。
『ッ!? 芽依子!』
『芽依子! 早く起きなさい!』
そして、そんな中で。
みんな壁の方へ殺到する中で。
誠一くんと妹さんのご両親が。
ようやく娘さんを置き去りにした事に気づく。
娘さんに、嫌な事を強制するような両親だけど。
さすがに娘さんの身を心配するくらいの心はあるようだった。
『………………ぃ……ぇ……る…………ぁぁ……』
そして、妹さん――芽依子さんに。
再びカメラが向けられた……その瞬間。
両親の絶叫が消えた。
そして、他の人達の悲鳴も。
消えた。
そして、そのワケを……私は目撃した。
芽依子さんが。
生体力学を無視した動きで。
まるで傀儡人形のように。
浮き上がるようにその場に立った。
そして、その顔は。
もはやヒトのそれとは言えなかった。
血のように朱い眼。
浮き上がった多くの血管。
口の周りを濡らしてる朱い液体。
そして、まるで肉食動物のようにとがった。
いくつもの大きな乱杭歯が並んでいる…………口の中。
もはや、彼女を。
同じ人間とは思えなかった。
『…………めぇ……ぁめ……ぇ……るぅぁあぁ…………』
そんな、彼女が。
再び……声を出す。
なぜかは、分からないけど。
うなり声の、ようにも聞こえるけど。
なんとなく……もう目は覚めてる……そう言っているように聞こえる声を。
『……ぃ……ひっ……』
震える声を、マイフォンは拾う。
ワケが分からない事態が起きているけれど。
目の前にいる“何か”を刺激しないため……必死に声を出さないようにする誰かの声を。
『…………ぇ……ぉ…………こせ……』
かつて芽衣子さんであった“何者か”が。
かつて神主さんであったモノから流れ出て作られた血だまりを。
ヒタ
ヒタ
ヒタ
ヒタ
と歩きながら……また声を出す。
私には……よこせと言っているように聞こえる声を。
何をよこせというのか。
かつて芽衣子さんであった“何者か”の正体もそうだけど。
まるで、分からない。
だけど私は、これだけは想像できる。
目の前の“何者か”は、K神社再建と同時にあった何者か……いや違う。K神社が壊されるキッカケとなった存在ではないかと。
さらには近所で噂されていた……再建と同じ時期から起きてるという……ひと月に一人、必ずこの地域の誰かが病院送りになってしまう謎の現象の、原因だったりするのではないかと。
そしてそれが、踊る中でトランス状態になった芽衣子さんを依代として選び……実体を持ってしまったんじゃないかと。
『…………ぇを……よこせぇッッッッ!!!!!!』
画面の中の“何者か”が絶叫する。
もはや芽衣子さんではない“何者か”の声で。
そして、次の瞬間。
画面は再び大きく揺れた。
運営グループの悲鳴が狂騒曲を奏で。
阿鼻叫喚の地獄が社内において顕現し……いったい何が起こっているのか、正確に分からなくなる。
だけど、一瞬。
ロウソクが床に倒れた場面が映り。
これが火事の原因だろうと……納得して。
ついには、なぜか外へと出ようとしない……いや、もしかすると“何者か”が外に出られないよう、ドアを封じたのか……。
とにかく、外へと出られず、社内で逃げ続ける人達に叩かれたりしたのか、それとも、心霊現象が起こったためか……画面が乱れ……………………映像は、そこで消えた。
※
信じられない映像だった。
疑似ドキュメンタリー映画の特殊技術が使われた……そう言われた方がまだ理解できるような映像だった。
だけど、目の前の光景が。
このマイフォンで撮影された全てが事実であると物語っていた。
運び出される丸焦げの遺体。
そのどれもが……どこかが欠けていた。
“喰われた”
そうとしか思えない。
喰われて、そして……全員喰らうまで閉じ込められて。
その間に。
火事で丸焦げになったのだ。
とそこで……私の脳内で一つの仮説が浮かんだ。
もしや芽衣子さんであった“何者か”は……贄を求めていたのではと。
そしてだからこそ。
みんな喰われたのではないかと。
※
その翌日。
私は誠一くんが眠る病室にいた。
ちなみに、例のマイフォンは……まだ持ってる。
警察に渡すべきなのか、というか、渡して問題ないモノなのかどうか迷って……誠一くんの意見が聞きたくて…………それに、ご家族が、火事に巻き込まれたと、伝えなきゃ…………いけないから。
目覚めるかどうか分からないクセに……私はここにいる。
だけど、ずっと黙っているのに耐えきれなくて。
私は、すぐに自分のマイフォンを手にして……TVを見た。
『えー、昨日起きた○▽市のK神社の火災についてですが――』
昨日の火事の事をやっていた。
私は反射的に、画面を注視して…………血の気が引いた。
判明した被害者の名前の中に。
芽依子さんの名前がなかった。
まさか、彼女は……あの現場から姿を消したのか。
だとしたら、彼女は……いや、それ以前に…………本当に彼女なのか?
そうじゃ、ないとしたら。
まだアレは……“何者か”は――。
グジュッ
すると、その時……病室内で変な音がした。
私は、反射的に音のした方を見た。
とてつもなく、嫌な予感がしたから。
そして、私は。
誠一くんの首の皮膚が、少しずつ裂けていくのを見て――。
何なんでしょうねぇ。
神社建てたせいで活性化して出てこれるようになった“何か”かなー?