やくそく
地を覆う大きな傘
中心に塔が一本建ち、それが機械の塊を支えている。
当然、真下にある集落には陽があたらず、機械の隙間から漏れる「雨」に苛まれている。
人々は疑わない。
それが当たり前だったから。
何てことはない。
ただの「掟」なのだから。
●○●○
かつては集落だったこの街はまた集落に戻ったかのように廃れてしまった。すべてはあの塔が完成したのが原因だ。
俺はなんとか雨風を凌ぐことができる程度の家屋の中から外を眺めていた。サラサラと屋根から流れる、
灰。
あの傘から滴り落ちる屑がこの街を覆い、荒廃させた。母さんと父さんはこの灰が原因で病気にかかり、息を引き取った。まだ10歳になったばかりの俺の頭では何が起きたのか理解しきれなかった。
カランッ
金属音。傘から落ちてきた小さなボルト。俺は慌てて窓から身を離した。
これから、あの灰が降る。憎いあの屑が。
「直哉・・どうしたの・・また雨?」
「ああ、嫌になるよな」
奥のもの影から華凛が顔をだした。同い年の女の子で仲は悪くなかった。コイツの母親もあの灰が原因で亡くなった。つまり境遇は同じ様なものだ。
今、この街には俺たち以外に人はいないだろう。仮にいたとしても、絶対に幸せではないだろうな。
「ママ・・・・」
華凛の目に微かに涙が見えた。幼なじみで昔からの付き合いだが、こんなにしょげている華凛は初めて見る。
「華凛・・・・」
(ビクッ)「な・・何よ・・泣いてない・・泣いてないからっ」
「・・・・はは」
「なっ何よ」
まったく、こんなときぐらい甘えてみれば可愛げがあるのに、と言葉にはしない。
「俺、青い空が見えた。いつかにお前と読んだ絵本に描いてあった青い空が、本物の空が見たい」
「アタシも・・見たい。青空」
曇天の空は俺たちを嘲笑っているかのように灰を降らせ始めた。
「大人になったら、一緒に空を見ないか?」
俺たちは降り注ぐ雨をただじっと見ていた。
●○●○
「そうだったの・・・・」
私は今、彼と傘の麓にいる。主幹の真下。風が吹かなければ被害はないらしい。しかし、『被害』って何なのだろう。
「うん、だから心配なんだ。・・君は華凛のことを知ってた、君の助けがいるんだ」
傘の麓まで連れてきておいて、
私は階段に腰掛けながら思った。目の前には大きな扉。おそらく入り口だろう。幅の厚そうな扉は私たちを待ち構えているように見えた。
「確認するけど、中に華凛はいるんだよね?」
「・・うん・・いる」
私が図書館で読んだライトノベル『終焉の傘』。何も修正が加えられていないなら、彼女は檻のなかに監禁されているはず。でも内部にはおそらく多くの拷問用具、私だって死にたくない。
パシッ
彼が私の手を掴んだ。力強く掴んだ。
「大丈夫。僕がいざというときは君を全力で助ける」
「・・・・」
(かああ)
顔が痒くなってきた。なんだろう、この感覚。嬉しい?恥ずかしい?なんだろう。私の中に小さな勇気が湧き始めたような気がした。
「・・掟」
「え・・」
「掟・・あるんでしょ」
ひとつ、この集落の生まれの人間は死ぬまで傘の恩恵を受けなければならない。
ふたつ、傘の内部には決して侵入してはいけない。
私が読んだライトノベルの内容がこうだ。つまり、彼が私を連れていくという行為は『掟』に反する。私はそれを言い訳にしていた。
「はは・・君はなんでも知ってるんだな。いいかい。掟っていうのはあくまで戒めの範囲のものなんだ。でも今は俺を縛る長や法律なんてない」
「・・・・」
「こんな掟・・どうかしてるよ」
彼の声ははっきりとしていて迷いがないように聞こえた。ライトノベルで読んだとおり彼の決意は堅いようだ。彼はゆっくりと扉に向かって歩いていった。
「・・わかったわ」
私は小さな声を言った。その声に応えて彼が扉に手をかけた。扉はゆっくりと開き、入るものを拒もうとしない。鍵なんてあってもなくても同じなのだろう。
その扉の向こうの・・・・