はじまりのはじまり
喧騒な街中にある小さな図書館。この図書館は何十年も前からこの街にある歴史あるものらしい。私はこの図書館が好きだ。古くて汚いイメージがある、という理由でほとんど人が寄り付かないのでいつでも静かなのだ。汚い、というのはイメージでそれほど汚れているわけではない。奥のテーブルで日を浴びながら本を読んでいる時間が堪らなく癒される時間だ。私は至って普通の少女。今日も奥のテーブルに腰をかけて、近くの本棚にあった一冊の本を手に取って読んでいる。窓から差し込む日差しが私の周りをゆっくりとあたためてくれる。
「ふあぁぁ~」
私は思わず大きな欠伸をしてしまった。欠伸から出てきた涙を拭いながらまたひとつページをめくる。またひとつ、
「おや、お嬢ちゃん、またここにいたのかい」
「あぁ館長さん、こんにちは」
「はい、こんにちは」
向こうの本棚の奥から館長さんが歩いて来た。大体五十歳くらいに見えるおばあちゃんでこの図書館の制服をピチッと着こなした元気なおばあちゃんだ。
「今日も来てくれてありがとうねえ」
「いえいえ、とんでもない」
私一人しかいないので少しぐらい大きな声でも問題ない。そんな優越感も私は実感していた。
半分ぐらい読み進めた頃だろうか。館長さんがお菓子を持ってきてくれた。小さな、一口サイズのカステラだった。
「ありがとうございます。でも参りましたね。余計眠くなっちゃいます」
ホホホと笑って館長さんはまた奥へ行ってしまった。私はページをめくりながらカステラをひとつ口に運んだ。甘くておいしい。
「ふ・・ふはぁあぁぁ~~」
私はさっきよりおおきな欠伸を館内いっぱいに響かせた。優越感に満ちた静寂が図書館を包んだ気がした。
●〇●〇
゛華凛、もうすぐこの世界は崩壊する。お前だけでも生き延びろ。゛
゛何言ってるのよ、直哉あんたがいない世界で生きたって楽しくないわよ!゛
゛華凛・・・゛
゛悲しくないわ、あんたが居れば・・・゛
「・・・・」
私は特にライトノベルが好きだ。この図書館に来た時には必ず一冊読み切ると決めている。今読んでいるのは神風文庫の「終焉の傘とあんたの彼女」というライトノベルだ。そのクライマックスシーン。華凛こと主人公の彼女は実は世界の崩壊を左右する重大な秘密を知ってしまう。口封じのために華凛を消そうと動き出した機関から生きたのびるため奮闘するドキドキものだ。
FIN
「ふぅ・・・」
読み切ってしまった。想像以上に面白い作品だったな。
私は本をパタンと閉じて棚に戻した。私はつかつかと出口に向かって歩いていこうとしたときだった、
「お嬢ちゃん」
館長さん、どうしたんだろう。
「また、おいでね」
「はい、もちろんですよ」
館長さんが立っているカウンターを通り過ぎて、出入り口の前にきた。またあのうるさい街中を歩かなきゃいけないのか。
ガチャン
館長さんに会釈をしながらドアを開けて外へ、
・・・
私は横を向いたままの体制から正面を向き直し、唖然とした。そこに広がる街は似ていると言われれば似ていなくもない街中、しかし確実に違う。
「あれ・・・あれ・・」
出入り口を間違えたのか。私は確認しようとまた図書館に入ろうと、くるりと半回転した。
「わっ・・・!」
目の前には半壊した扉。しかもあの図書館の扉ではない。一歩下がり、見渡す。ここはどこだ。
半壊した街、不気味なほど灰色な空、そして私の目に飛び込んできた一番の衝撃、
「あれっ・・て・」
この街を覆う、巨大な傘。