②13番目の呪われ姫はときめきの過剰摂取をご希望です。
こちらの短編は現在投稿している、
『結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜』
の前作にあたる短編になってます。
併せて読んで頂けると嬉しいです。
この国の13番目の王女様、ベロニカ・スタンフォードは呪われている。
理由は彼女が王の子として13番目に生まれて来たからだ。
『天寿の命』
寿命以外では死ねなくなる呪い。
その呪いが発揮されるのは13番目の子と決まっている。だから、呪い子を回避するため、本来ならどれほど多くとも12番目までしか子を儲けない王家で、色欲の陛下が禁忌を犯した。
『第13子呪われし姫を殺した者に褒賞を取らす』
その後始末のために出された身勝手なお触れ。この命令のために、ベロニカは生まれた時から今日まで、ずっと命を狙われ続けている。
そんな呪われ姫のベロニカはとても真面目な顔をして、自分の目の前に座る青年に話しかける。
「知っていますか、伯爵。世の中には"キュン死に"なるものが存在するそうです。私、ぜひそれを試してみたいです」
「はぁ?」
一国の姫に対して、眉を顰め何言ってんだコイツとばかりに無礼な声をあげたのは、キース・ストラル伯爵。
『伯爵家以上の貴族は最低一回、どんな手段を使っても構わないから、呪われ姫の暗殺を企てろ』
という傍迷惑な陛下からの命令で、この離宮に忍び込み、うっかりこの呪われ姫に気に入られ"暗殺依頼"をされた不幸な青年である。
「姫、本当に死ぬ気あります?」
「ええ、もちろん! いつでも私は全力で伯爵に殺されたいと思ってます」
と、ベロニカはとてもいい返事で殺される気満々だとアピールする。
彼女曰く、呪い子と後ろ指をさされ、命を狙われ続ける生活に疲れたとの事だが、元気過ぎる姫に疑念が拭えない今日この頃。
「だから伯爵が持って来た毒だってちゃんと飲んだでしょう?」
得意げに伯爵が持参した小瓶を振って見せるベロニカは、
「でも、死ねないんですよねぇ。何せ、私呪われているもので」
と、どこか他人事のようにそう言った。
「ふふっ、でも私が直に毒を持つと砂糖水に変わるのですね! いつもは食事に毒を混ぜられた暗殺だったので、新発見ですよ」
ちょっと興奮気味にそう話すベロニカは、彼女が自作したというテーブルの上に大きな鍋と鍋いっぱいの薔薇の花びらを置き、
「さっそく薔薇ジャムを作りましょう! 明日からのティータイムが楽しみです」
とご機嫌で鼻歌混じりにジャム作りの準備を始める。
「伯爵も一緒に作ります? 持って帰っても良いですよ?」
砂糖水が手に入ったのがよほど嬉しいのだろう。猫のような彼女の金色の瞳は、とても楽しそうな色に染まっていた。
「姫って、本当逞しいですよね」
ベロニカは一国の姫だというのに、呪い子に割く予算はないとばかりに侍女も護衛もいないボロい離宮に住んでいる。
だが、この逞し過ぎる呪われ姫は、そんな状況などどこ吹く風とばかりに自給自足、時には王宮から諸々くすねて慎ましくも楽しく暮らしているようだった。
そんなベロニカの様子を見ながら、
「俺、明日から姫のことシロップ生産機って呼んでもいいですか?」
と、伯爵は冗談混じりにそう尋ねる。
ベロニカはテキパキと動かしていた手を止めて、そんな伯爵をまじまじと見返した。
「わぁー私、渾名で呼ばれるなんて初めてです。ぜひ! なんならどうぞ今からお呼びくださいっ!!」
失礼が過ぎたかと伯爵が謝るより前に、前のめり気味に食いつかれた。
呪われ姫ベロニカは、国中から暗殺者を仕向けられる存在だ。愛称はおろか彼女を名前で呼ぶ者すらいない。
「……すみません、今のは俺が悪かったです。姫」
「……呼んでくれないんですか」
「そんな呼ばれたいんですか!? 生産機って」
しゅんっとなってしまったベロニカに、何だかとっても良心が痛み出した伯爵は、大きくため息をつき、
「俺みたいな人間が、本来一国の姫とこんな頻繁に会う事などありませんし、ましてや渾名で呼ぶなどありえません。王家に慰謝料請求されても払えるわけもないので勘弁してください」
と素直に頭を下げた。
「そう、ですね。私は、伯爵の人の良さにつけ込んで殺してくださいと頼んでいるだけの人間ですものね。友達というわけでもないのに、名前や渾名で呼んで欲しいなど、欲張りすぎですね」
気になさらないで、と死にたがりの呪われ姫はそう言って寂しそうに微笑む。
そんなベロニカを見てさらに良心がいたんだ伯爵は、彼女から目を逸らして、
「生産機、はないですが、その……失礼でなければ、たまにお名前をお呼びするくらいなら……」
と譲歩の姿勢を見せた。
「なるほど! これがいわゆる"ツンデレ"という奴なのですね!! 懐かない猫が自分だけにすり寄ってきた時の優越感にも似た感情! これが"キュン死に"への第一歩ですね!!」
そんな伯爵を見たベロニカはぐっと拳を握り締めそう叫ぶ。
「違う! 断じて違う!! 誰がツンデレだ、このトンデモ姫がぁっ!!」
言葉の定義からして違う!! っと、伯爵は姫に全力でツッコミを入れた。
ジャムを煮ている間に、姫が淹れてくれた自家製ハーブティーを頂く。
「で、何で"キュン死に"? しかももうそれほぼほぼ死語。今は"萌え死ぬ"とか"萌え尽きる"とかいうらしいですが、いずれにしても本当に死なないから」
ベロニカのペースにすっかり巻き込まれ、取り繕うのが面倒になった伯爵は普段通りの口調に戻す。
「伯爵詳しいですね。でも巷では、トキメキ過剰摂取は天に召される、もしくは萌えが足りないと萎れると小耳に挟んだのですが……」
伯爵のぞんざいな態度なんて全く気にしないベロニカは、首を傾げてそう尋ねる。
「うん、それ物の例えだから」
「ですが、心的負荷は有効なのではないかと思うのですよ! ほら、私物理的な攻撃ダメそうですし」
確かにベロニカには呪いの効果で物理攻撃が効かない。
銃殺を企てれば銃から出てくるのは何故か弾丸ではなく万国旗だし、撲殺を企てれば殴りかかろうとしたハンマーはハリセンに早変わり。
そして本日持って来た毒は砂糖水になると言う不思議現象が起きるのだ。
「というわけで伯爵、私トキメキ過剰摂取で心停止やってみたいです!!」
はいはい! とベロニカはとても元気よく暗殺される事を希望した。
「…………で、俺にどうしろと」
しらーっと冷めた表情の伯爵の前にベロニカはドサドサっと沢山の本を置く。
「図書館から話題のロマンス小説を借りて来ました! コレやってみてください」
ワクワクっと楽しそうを全面に押し出したベロニカは小説のページを指差して、
「このシーンとか、キュンしかないって言ってました!」
調べておきましたとドヤ顔で語る。
「誰が言ってたんですか、それ」
「え? お姉さまのお茶会に来てた令嬢たちですよ。あとは、宮仕の侍女とか!」
「へぇ、姫社交とかされるんですね」
ボロボロの離宮を見る限り、てっきり王家総出で冷遇しているのかと思っていたと伯爵は意外そうに口にするが、
「いいえ? お菓子とシルバーちょろまかすのに忍び込みました。暗殺命令出ている姫なんて呼ぶわけないじゃないですか」
と笑い飛ばされた。
隠密行動得意なんですと胸を張って自慢されても正直コメントに困る。
「で、姫はコレ読んでどう思ったんです?」
代わりに差し出された本に視線を落とした伯爵はベロニカに尋ねる。
「えっと、奇特な方もいらっしゃるんだなって」
どうしてこんな返しになったのか私には理解できなくて。素敵な感性ですね、なんて微笑むベロニカを見ながらパタンと本を閉じてそっと置いた伯爵は、
「それが全ての答えだよ!!」
できるかぁーーっと全力でツッコむ。
「何!? それ誰得? 俺の火傷確じゃねぇか!! アンタただ楽しんでるだけだろ!!」
「ふふ、怒りつつも本を投げないあたりがさすが伯爵です」
「こんな高級品投げられるかっ!! 弁償する金がない」
本は貴重品なんだからなとそっと本を返す伯爵を見ながら、
「ふふ、じゃあ早く私の事殺して褒賞貰えるといいですね。目指せ借金完済!」
そう言ってベロニカは笑った。
「あ、ジャム! そろそろできたかもしれません」
コトコト煮ていたジャムの存在を思い出し、ベロニカはパタパタと作業を再開する。
いい出来ですね、と味見をしたベロニカは満足気に頷く。
「いい匂いですね」
匂いに釣られた伯爵が顔をのぞかせた。
「でしょ? ちょっとお待ち下さいね」
伯爵へのお土産分を用意しようとベロニカは戸棚のドアを開け台に乗り背伸びをしてビンを探す。
あった、っと手を伸ばしたところで、ベロニカの足が滑り、戸棚から鍋だの瓶だのと仕舞って置いたモノが大量に降ってくる。
あっと思ったベロニカは反射的に目を閉じた。
ガシャン、ガシャ、ガシャンと大きな音があたりに響く。
「…………?」
痛みを覚悟したベロニカだったが、降ってきたはずの物がベロニカに当たる事はなく、足も挫いていない。
「……痛った、物の整理くらいしとけよ。全く」
耳元でそんな声が聞こえ驚きながらベロニカは目を開ける。
直ぐそこに伯爵の腕があり、足を滑らせたベロニカがそのまま転倒しないように支え、落下物から守ってくれたのだと知る。
驚き過ぎて何度も目をパチパチさせて固まっているベロニカに、
「一応、落下物全部防いだつもりだけど、どこか痛む? ベロニカ様」
それとも足捻った? といつもと何ら変わらない口調とテンポで伯爵が聞いてくる。
おかしいとベロニカは思う。
みんなが騒ぐロマンス小説では、もっとスマートに庇って相手を気遣い、歯の浮くような言葉をキラキラした笑顔で言っていた。
みんな、そんな空想上のヒーローに黄色い悲鳴をあげながらときめいていたはずなのに。
「何フリーズしてんの、ベロニカ様」
本に書いてあるようなシーンとはかけ離れた無愛想な伯爵に初めて名前を呼ばれて、心音が乱れたなんて。
絶対、おかしい。
そして、ひとつの結論を導き出す。
「はっ! 伯爵、実は遅延性の毒か煮ると砂糖水が元の毒に戻るのかもしれません。心拍数が加速してます!!」
バクバクと乱れる心音と、耳元を染める熱。今までの暗殺されかかった人生で、そんな事は一度もなかった。
「いや、音に驚いただけでは?」
呆れたような顔の伯爵に、興奮気味に語るベロニカ。
「私、このまま毒殺できるかもしれません。なので、今日はここまでで!」
上手く私が死んだらちゃんと褒賞受け取ってくださいねと、ベロニカはお礼を言うのも忘れて早々に疑問符だらけの伯爵を離宮から送り出す。
パタンと戸を閉じたベロニカは、去って行った伯爵の足音を聞きながら、まだ引かない熱を確かめるように両手で頬を押さえる。
「……変な伯爵。殺しを依頼してる相手を庇うだなんて」
放っておいても死なない呪いなのだから、大丈夫。万が一上手くいけば儲けもの。
呪われ姫の自分なんて、そんな存在でしかないのに。
「毒、効いてるんでしょうか? まだバクバクいっています」
初めて乱れた心音を確かめるように微笑んで、キッチンを片付けるために歩き出す。
「ふふ、今日は初めて記念日ですね」
誰かに庇われたのも、母親以外から名前を呼ばれたのも、毒が効いたのも全て初めてで、特別で。
「ああ、今日死ねたらいいのになぁ」
ベロニカは満足気に微笑んで独り言をつぶやいた。
結局この日毒で死ぬ事がなかったベロニカが何度も試した後に伯爵にジャムをお裾分けできたのも、あの時の心音の乱れの意味を解明できず途方にくれたのも、数日後のお話し。
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