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恋路は空の果てより遠く

作者: 猫小判

 僕は愛されている。本当に愛されている。あぁ、愛されている。嬉しくて涙が止まらない。止まらないなぁ。

 昼休みの学校の屋上のベンチで、僕は二人の女の子にアグレッシヴに攻められていた。


「ほらほら、みっくん! 遠慮しないで、ねっ」


一人は、僕をみっくんと呼び可愛いウサギがあしらわれているお弁当箱をずずい、と満面の笑みで差し出して来る少女は梁川瀬衣良やなかわセーラ


「あぁ、うん。遠慮はしてないんだよ、遠慮は」


僕は笑みを張り付けて後ずさる。額から冷たい汗が流れていく。死の予感。ちらりとセーラの向こうに視線を向ける。………ばっちり合った。

 ぎんっ!

 とでも光りそうな、むしろレーザーでも発射しそうな刺さるような視線。


「ミツ、あなたそんなちんちくりんとの間接キスが嬉しいの? 頬が弛んでるわよ」


確かにセーラは身長が低く、幼児体型であるがそんな言い方は無いだろうと思う。


「ふんっ、あんたみたいにデカくて可愛げの無い女にされるよりは嬉しいと思うけどな〜」

「……ふぅん? ケンカ、売ってるの?」

「ミナっていっつも暴力で解決しようとするのねっ! これだからデカイ女は」

「……」


ミナ、と呼ばれた目つきが鋭く背の高いもう一人の少女、須磨美菜子すまみなこはレーザーのような視線を僕から外し、セーラにポイントする。セーラは、きゃーなんていう感じのかわいい悲鳴を上げながら僕の二の腕にしがみつく。ミナの殺意が、ぶわっと膨れ上がった。

 ……怖い。

 実的被害は無いが、精神的被害は甚大だ。こいつら、いつも僕の周りでばかり喧嘩しやがる。そのうち胃に穴でも開くんじゃなかろーか。

 僕は仕方なく仲裁のために口を開く。


「ミナ、落ち着いて、ね? セーラはいつもいつもミナを煽らないで」

「でも」

「えー、みっくんはどうしていつもミナをかばうのー」


ミナの視線の圧力はすぐに沈静化するが、二人は不満げな表情を見せた。セーラのはどうせポーズだから無視して、僕はミナのご機嫌取りに全力を尽くす。


「それにね、セーラはああ言ってるけど、ミナは美人だよ。うん、今まで僕が会った誰よりも」

「えっ……」


ミナは僕から隠れるように背を向け、両手を頬に当てている。多分、顔は真っ赤だ。これでミナの戦意は喪失。


「みっくんはさー、いつもそうやってミナばっかり褒めるよねー」


セーラは口先を尖らせて抗議してくる。僕はその小さい頭の上に手を置いた。


「はいはい。セーラはカワイイねー」

「うれしー。それがホンネだったらねー」


セーラはくすぐったそうに目を細めながら、残念そうな声を上げた。ただ、その表情はニコニコと嬉しそうで、機嫌は直ったらしい。


 キーンコーンカーンコーン……


 と、ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムの音がした。僕はベンチから立ち上がる。


「さて、セーラ。そろそろ教室に戻ろうか」

「えぇー、まだお弁当残ってるのにー」


セーラはぶーぶー、と文句を垂れながらもテキパキと弁当を片付ける。変わり身が早い。


「ほら、ミナ。そろそろ教室戻るよ?」

「……」


ミナの顔はまだ紅いままであり、視線は遠くを見ている。完全に上の空。

 僕は仕方なく立ち上がってミナの正面に立ち、その可愛い頭を軽く小突いた。


「ふぁっ!?」


ミナはびくっ、と体を縮めて視線を周囲に走らせ、やがてばつが悪そうに僕を見た。


「……また上の空だった?」

「うん、ちょっと遠くを見てたね」


ミナはまた顔を朱に染めて俯き、急に立ち上がって屋上から飛び出していった。僕はミナの奇行には慣れっこなので気に留めることでもない。


「ほら、セーラも早く」

「終わりましたよーだ」


セーラはちろりと赤い舌を可愛らしく出して、たたた、と軽快に屋上を駆け、階下に消えた。全く、騒がしい娘たちだ。僕は背筋をうーんと伸ばす。


「さて、僕も教室に戻ろうか、な?」


と、足を上げて、下ろした。


「あ、あははは……」


ばつの悪そうな表情で、微妙な笑いをこぼしながら給水塔の陰から少女が顔を出した。


「さ、ささ、齋藤、さん……」


僕の舌は面白いくらいにもつれる。全く口も体も言うことを聞きそうになかった。完全にパニックだ。どうしてサキちゃんがここに……?

 齋藤咲奈さいとうさきなちゃんは、僕の隣の席のクラスメートだ。少し薄い色のボブカット、低い鼻、奥二重の瞼と目立たない容姿の彼女。派手な人気を持っているセーラやミナ程ではないけれど、素朴な可愛らしさを持つ彼女の隠れファンは多い。ちなみに僕も彼女の隠れファンの一人です。

 彼女はカニ歩き気味に昇降口へ向かいながら、引きつった笑みを更に引きつらせた。


「仲、いいんだね」

「う、うん……まぁ」


バカぁぁぁぁぁっ! 僕の馬鹿っ! どうして日和ったんだ! ここはしっかり否定しなきゃならない所なのに!

 僕の口は何か見えない鎖でがんじがらめで、思い通りに動かせない。

 サキちゃんは眉をハの字に歪める。


「ごめんね、覗く気は無かったんだけど……。ごめんねっ!」

「あっ、齋藤、さん……!」


サキちゃんは僕が制止する間もなく、階下へと消えていった。


「はぁぁぁ〜〜」


僕はがっくりと肩を落とした。あれじゃ、完全に勘違いしてるよ……。すぐ授業なのに、顔合わせ辛いなぁ……。


「サボる、か」


僕はベンチの上に寝転んだ。空の中では気持ちよさそうにトンビが滑るように浮かんでいる。


「ふぁぁ……、寝よ」


トンビから視線を外して目を瞑る。それほど疲れていないのに、すぐに睡魔が僕を襲い、意識は深い夢の中へと落ちていった。




 キーンコーンカーンコーン……


 チャイムの音でちょうど目を覚ました僕は、固まった筋肉に顔をしかめながら立ち上がり、ぐっと伸びをした。


「うーん、よく寝たなァ」


太陽は柔らかいオレンジの光で街を照らし、校庭では顔をオレンジに染められたジャージ姿の生徒たちが列を成して走っていた。

 なんだか今まで寝ていた僕がこの世で最もダメなヤツに思えて、ゆるゆると首を振る。


「帰ろ……」


僕は小さくため息をつき、ちらりと校門の方に目をやる。と、校門に寄りかかるセーラー服が見えた。頭は茶色のボブカット。

 僕は一も二もなく屋上を飛び出した。


 僕は弾む息を整えながら、携帯に目を落としているボブカットの女の子の元へと向かう。どうやら上の空のようで、僕が近くまで近付いても一向に気づく様子がなかった。

 僕は弾む心臓を押さえつけるように胸をぎゅっとつかむ。


「さ、齋藤さん」

「ひゃい!?」


彼女は声をかけられたのがよほど予想外だったのか、ビクンと肩を窄めた。サキちゃんはキョロキョロ辺りを見回して僕を認め、ふぅ、とため息をついた。


「なんだ、キミかぁ」

「う、うん。こんなところでどうしたの?」


胸を刃物で貫かれたような痛みを感じたが、なんとか平静を保って訪ねる。


「うん。わたし、キミを待ってたんだ」

「えっ!?」


限界まで活動を弱めていた心臓が急に活発にビートを刻み出す。血圧を測ったら一発で入院を勧められるだろう。

 僕は知らず、ごくりと唾を飲み込んだ。


「ど、どうして?」

「うん、間違ってるかもしれないけど……」


サキちゃんは一度言葉を切って、右手で靡いてもいない髪を押さえる。それがサキちゃんの緊張した時の癖だというのに気付いたのは最近だ。僕もつられて緊張する。


「あ、あのね……。5、6時間目、サボったでしょ? それって、わたしと気まずくなったせいかなって……。だったら謝りたいなって」

「そ、そんなことないよ。ちょっとサボりたい気分だったんだ」


僕は照れすぎて視線を泳がせる。


「うそ」


サキちゃんは拗ねるような、不満そうな声を上げる。スルドい。


「嘘じゃないって」

「ほんとに……?」


今度は不安そうな声。ちらりとサキちゃんの表情を盗み見る。沈んだ顔。

 その表情は卑怯だ。そんな顔されたら、本当のことを言わないわけにはいかないじゃないか。


「……そうだよ。気まずくてさ、屋上で昼寝してたんだ」

「そっか、ごめんね」


サキちゃんは謝っているのに嬉しそうだ。まるで、僕と気まずくなったことを喜んでいるかのように。


「僕は齋藤さんが勘違いしてるんじゃないなら何も言うことはないよ」

「うん、ごめんね。ミツルくんがそういう人じゃないって知ってるのにね」


サキちゃんは、あはは、と照れ笑いをした。そこで、言葉が途切れる。

 サキちゃんは帰るでもなく、所在なさげに学校の方に視線をさまよわせている。僕は幾度か躊躇って口を開いては閉じ、ようやく声をひねり出した。


「い、一緒に帰らない?」

「うんっ! 一緒に……」


 どーーーん!


 僕はサキちゃんの惚れ惚れするような笑顔を見る前に、腹の激痛と共に吹き飛ばされた。


「ぐほぁ!?」


どさっと崩れた僕の腹にぶつかってきたそれがグリグリと頭で腹を攻撃する。し、死ぬ……。


「みっくん! 一緒にかえろ!」

「痛いっ! 痛いよっ!?」


激痛を訴えたところで、セーラのグリグリ攻撃は止まるところを知らない。僕が意識を朦朧とさせ始めた頃、急に苦痛から解放された。


「うにゃ?」

「ミツが痛がっているでしょ」


上から降ってくるミナの声。どうやらミナがセーラを退かしてくれたらしい。助かった。そして嬉しくないことに、いつもの三人組が揃ってしまった。


「あ、の……。わたし、帰るね!」


サキちゃんは苦しそうな表情でそれだけ言って、走って行ってしまった。あぁ、またいつものパターンだ。僕はがくりとうなだれる。


「さぁミツ、帰りましょう」


ミナが僕に手を差し出してくる。


「早くかえろーよー」


セーラはミナに首根っこを掴まれたままだが、いつも通り元気よく暴れている。僕はうなだれたまま、ミナの手をとった。


「じゃ、帰ろう……」


立ち上がった僕の目に映るのは、セーラとミナと僕たちの家がある住宅街への長い長い上り坂。

 僕の恋路は遠いのだった。

久しぶりの投稿です。ラブコメ小説の書き方を忘れたくらいに久しぶりです。以後、お見知りおきいただけたら嬉しいなぁ。


感想待ってます。

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[一言] はい、じゃあ皆一仕事終えて疲れている作者様に敬礼! お疲れ様でした! 評価するのは嫌いじゃない、むしろ大好きなのですが感想がいいということでこちらにしました。ちゃっかり評価してますが…
[一言] 拝読させて頂きました。これからという時に終ってしまうので、なんだか消化不良な感じになってしまいました。せっかくの個性あるキャラクターなので、もっとよんでみたかったです。 栄養にさせていただき…
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