第九章 俺と先生と、ときどき盗聴
俺はあれから住み込みで先生の元で稽古をつけてもらうことになった。
その傍ら俺はスマホを操作する。
「今日も盗聴か、犯罪者。」
「今日は盗撮ですね。」
「その行為さえなければロマンチックなラブストーリーなのに。」
「黙っててくださる先生も先生ですよね。」
「愛の前に犯罪は無力なのだよ、青年。」
暴論とも呼べる理論を展開しながら、先生は花瓶にさしてあるススキを抜いた。
秋も終わり、もうすぐ3度目の冬がやってくる。
定期的にここには卒業生が来て、小さな茶会を開いている。誰も彼も恋に破れたり、恋が叶ったり、茶道と同時に愛に生きている人が多かった。中には俺と同じく好いた人を見守る・・・要はストーカーもいた。そしてなぜかそういった人は恋が叶っている。先生に言わせれば、「愛だよ、青年。」とのことだった。センセは俺をあんたと呼んだが、先生は俺を青年と呼んだ。不思議とそれは居心地が良くて、俺はそんな先生の元で愛を積み上げながら技術を磨いた。愛なのさ、傍観者。誰に言うでもなく俺は幸せな日々を送っていたのだ。
スマホの中で彼女が映る。今日は初心者に簡単な稽古をつけているようだ。
「可愛いなあ。」
そう言うと彼女が視線を動かす。カメラ越しにこちらをじぃっと向いてから、何事も無かったように稽古に戻っていった。ドキッとする。バレることはないと思うがバレないという保証もない。ヒヤッとした俺に先生はカッカッカッと笑って俺の頭を撫でた。
「恋せよ青年。だがあまり愛を間違えるな。」
「・・・はい。」
週に一度、彼女と出会った喫煙所に足を運ぶ。
彼女はいない。いない時間を見計らっていくからだ。俺はそこで深呼吸をする。タバコをふかす。そして、現在地追跡アプリで彼女の居場所を眺める。この時間なら近所のカフェーに居るだろう。
スマホの画面を切り替える。外カメラを通して彼女の周りが見える。そこには普段いない男がいた。
イヤフォンを耳に入れ音声を聞き取る。
彼女は普段このカフェーに一人で行くのに。男なんて、男なんて!
『ですから、私はお付き合いなど考えておりませんのです。』
どうやら交際にまつわる話をしているらしい。想像するに男の方が彼女に言い寄っているといった図であろう。
『貴女の様なお美しい方が何故?』
『待ち人がいるのです。』
『待ち人?』
呼吸を忘れるように、彼女の言葉の続きを待った。俺も知らないその存在。男は少し苛つくように彼女に問い詰めた。
『誰ですか、そんな貴女を待たせるような男!』
『そうですねぇ。』
彼女は焦らない。その代わり目をキッと細めた。それは彼女が見限ったときにする仕草。
『香合にタバコを仕込むような男でしょうか。少なくとも貴方のような✕✕✕が✕✕✕で✕✕✕しているような男じゃない。』
恐ろしい暴言に相手の男もたじろぐ。俺も少しビビる。でも同時にホッとした。彼女は俺を待っていてくれている。それが何より嬉しかった。
『何か思うところがあればお教室に来なくて結構。貴方に教えることはございません。』
『ふ、ふざけやがって・・・!』
『そう言えば貴方。うちの他の女生徒に手を出しているようですね。あらこんなところに証拠写真が。』
『な。』
男が絶句する。俺も絶句する。
『これ以上お教室の運営に影響をきたすようであれば然るべき処置が下りることをお忘れなきよう。』
男は3度後ずさると、慌ててカフェーを出ていった。
彼女は写真を仕舞い、冷めたコーヒーに口をつけるとそっとスマホをなでながら言った。
「早く迎えに来てくれればいいのに。」