第七章 最高の仲間
それから数日。
「どうだった1ヶ月の休暇は。」
上司の前に俺は立っていた。足の長い絨毯が靴底の裏でうごめいて居心地が悪い。
ホテル・エスペランサは一流のホテルだ。そこの従業員も一流でなければいけない。
そして俺は、その一流を外れた。
「大変有意義でした。俺の人生を変えるほどに。」
「ほう?」
上司がデスクからようやく顔を上げる。その顔には面白がる様子がうかがえた。
グッと絨毯を踏みしめ、真っ直ぐ見据える。
その先にあるのは上司の顔ではない。彼女の隣にいる未来だ。
「俺は、ホテル・エスペランサを辞めます。」
「辞める?また急にどうして?」
試されている。そう思った。
その脅しに屈することなく俺は思いを並べる。
「俺は茶道の師範代になります。」
「茶道?なんでまた。」
「俺の人生に必要なのはこれだと思ったからです。」
「そんなことでこの一流の職を手放すというのか。茶道なんて娯楽だろう?」
「娯楽じゃなく本気でやっている方々がいます。俺はそうなりたい。」
「そんなムキになってどうする。そんなことに。」
「そんなことだからです。」
「くだらないな。業務に戻りなさい。」
だめだ、怒ってはだめだ。だけど。
「俺にとって彼女は人生そのものなんだ!!」
俺の本心は大人しくしてくれなかった。
叫び終わって項垂れていると、クククと笑い声が聞こえた。
「なあんだ、お前。そんな本心抱えてたのか!ククク、おっもしろ!」
「え・・・?」
「退職は早いほうがいいか?契約書は少し時間かかるぞ。退職後のあてはあるのか?困ってることはないか?」
「な、なんで・・・。」
「なんでってやりたいことあるやつ止めたって仕方ないだろう?そこまで本気なら快く送り出してやるのが一流ってもんだ。いつも言ってるだろう?心から一流であれって。このホテルはそういうところさ。お前の仲間もちゃんと言えば同じように返してくれるはずさ。」
「・・・ありがとうございます。」
上司は立ち上がって俺の肩を2度叩くと、業務に戻りなさいと言った。俺は熱くなる目頭を押さえながら再度ありがとうございますと答えた。
「カルフォルニア・レモネードを3つ。」
「で?仕事辞めるって?まあ上司のあの人がいいって言うなら同僚の俺らがなんか言うのも野暮ってもんだよな。」
「ああ、どんな夢でも叶えたいって思ったならそうするべきだ。」
同僚2人が話を聞きつけ、送別会と称した飲み会を開いてくれた。彼らにも感謝しかない。追いつめていた自分をいつだって心配し共に戦ってくれた。彼らが一緒じゃなきゃうまくいかなかった業務はいくつもある。彼女のお茶会もその一つだ。
「いいなあ、夢があるやつは。」
「ホテル・エスペランサはそういう人たちのための場所だ。」
「それもそうだなあ。」
「お前らがいてくれて本当によかったよ。」
心からの感謝を述べる。両隣に腰かけていた2人から肩を組まれる。悪い気はしなかった。
「お前さあ、ほんとそういうとこ!絶対成功しろよな!!」
「みんな応援するからよ!茶室も準備して待ってるぜ!!」
「ああ!ありがとう!!」
「ホテル・エスペランサにー!」
「「「乾杯!!!」」」