第三章 水色、黄色、それから緑色
「同じものを。」
「おいおい、そんなに飲んで大丈夫か?」
茶会が終わり、その日の業務が終わり、いつも通りバーで同僚と飲んでいた。レモネードの香りが鼻から抜けて心地いい。ほろ酔い気分になりながら、もっと酔ってしまいたいと思った。
彼女は芸術だった。
あんなに美しい姿を見て忘れろという方が無理なもんだ。
この世界にまだこんな心を動かされるものがあるなんて。俺はカリフォルニア・レモネードを飲み干しながら、首を左右に振った。
「お前、今日仕事中怒られたんだっけ?」
「茶室でつい足を止めちまったんだよ。」
「茶道なんてそんな魅入るもんか?」
「あぁ、すげえ綺麗だった。若手らしいんだけどさ・・・。」
彼女について話をする。同僚はフンフンと聞いたあと、んー?と首を傾げた。
「あの、さぁ。」
言いづらそうに同僚が目線を泳がせる。なんだよと言って続きを催促した。
「それって、一目惚れ・・・恋じゃないの・・・?」
ガラガラと自分の中の何かが崩れ落ちる。
そして、カチリとハマる。
「そう言われてみれば、そうかもなあ。」
その時はそこで終わっていた。
それから3年後。
彼女は3年前と同じように、いや、それ以上に位を上げたらしく茶室の利用時間が終わる頃に大勢の前で言葉を語る事があった。俺は変わらずホテルマンとして裏方業務に務めた。
あのとき以来、彼女と言葉をかわすことはない。きっと彼女からしたら俺は日常のひとコマでしかない。
何も変わらない、なにもない。俺の人生はやっぱり・・・。
本当に?
3年間彼女を忘れたことはなかった。
毎年陰ながら見る事ができて、裏方として携われて、それだけで良かった。
本当に?
ホテルマンとして働いて稼ぎも十分に貯まった。
有給だとか転職だとかしたとしても問題はなかった。もし今思ってることをするならかなりのギャンブルになる。それでも良かった。
本当に。
今年の茶会が終わりを迎える。
それを水屋の影から見守る。
スッと一礼して彼女が顔を上げた。
一瞬。微笑む。
彼女は何もなかったように、声をかけられた相手の方に意識を向けた。
それを見て俺は高鳴る心臓を抑えられなかった。
俺の人生は無価値なんかじゃない。俺はこのために今まで生きてきたんだと強く確信する。
なんて素敵な恋だろう。
俺はそのまま有給を取りに、足取り軽やかにバックヤードへ向かった。