第一章 無価値
彼女は芸術だった。
「おい、あそこの業務終わったか?」
「はい、先ほど。」
「よし、そしたらそっちの・・・。」
ホテル・エスペランサ。
俺はそこの従業員だった。なんてことはない、普通のホテルマン。お客様におもてなしをし、そのひと時を提供する。その仕事にやりがいがなかったわけじゃないし、親に勧められて始めた仕事ということもあった。誇りを感じていないわけじゃなかった。
なのに、どうしてか最近心が入らない。
「お前さ、大丈夫か?」
「はい?」
「最近のお前なんか心配になるんだよな。心ここにあらずってかさ。」
仕事の合間、同僚が声をかけてくる。
その心配もどことなく上の空で聞いていた。
誰の言葉も誰の何かも何も入ってこない。
「あんまりなら、有休貰えよ。」
「ありがとう。」
軽く会話を済ませて、それぞれの持ち場についていく。
俺の人生は無価値だ。
最近そう思うことが多い。この先何と出会ってもきっと心動かされることもなく、孤独に、静かに絶望し、そうやって俺は終わっていくのだ。そう思っていた。
それから俺も次の業務に行こうとしたところで、先輩に声をかけられる。
「お前、明日の茶道の・・・茶会の担当だったろ。」
「あ、はい。そうです。」
「俺も担当になってさ。茶室の荷物チェック頼まれてんだよ。一緒に来てくんね?」
「いいですよ。行きましょう。」
ホテル・エスペランサには茶室があり、お稽古や茶会、結婚式など様々な場面で使われる。
明日は数十人のホテルマンが対応に当たる予定で、俺もその一人だった。
「こんなところで茶会するなんてよっぽど有名どころなのか、それとも茶道自体が金持ちの道楽なのかわからんね。だって一日でウン百万だぞ、ここの使用料。」
「明日はお客様ですよ先輩。」
「おっとあぶない。この道具あったか?」
「はい、ありました。」
俺も茶道なんて興味なかったから、最低限必要な業務だけをこなす。
どうせ、明日だけのお客様だ。
そう思って、茶室の鍵をかけた。
そのまま業務終わりにホテルの最上階にあるバーに同僚と寄っていた。
「カルフォルニア・レモネードを。」
「相変わらずそれ好きだな、お前。」
「これくらいしか飲めないんだよ。」
飲みなれた味をそのまま流し込む。
明日もきっと何も起きない。
俺の人生は一体何なんだろうか。