009 ちわーす、来々軒でーす!
あめあめふれふれかあさんがって歌、北原白秋が作詞だったのね。
北原白秋1942年没、著作権は1992年に消滅。
日本のとある場所
季節は夏、お盆のシーズンである。
新幹線は故郷へ帰省する人や観光地へ行く人達で、都市部の通勤ラッシュ並みに定員を超える乗車率で大混雑していた。
しかし、そこに運悪く台風による大雨が直撃して、各地の雨量計と河川の水位が基準値を超えてしまい、新幹線はストップしてしまった。
あるトンネルの出口付近の切通では、土砂崩れが発生。崩れた土砂が線路にまで流れ込んでしまっていた。
もっとも、土砂の流入以前に新幹線は運行を停止していたおかげで、事故が未然に防げたのは不幸中の幸いであろう。
本来であれば、台風それ自体の規模は小さく、新幹線の運行に支障はないと判断されていた。
ちなみに、天気予報で台風の規模が大きければ、台風の進路上の新幹線は事前に運休を決定する。
しかし、台風の南からの湿った空気に大陸からの空気がぶつかり、日本列島の上空で線状降水帯が発生。今回の大雨を降らす原因となった。
さらに、変電所に落雷まで落ちてしまい、送電設備が破壊されるというオマケまで付いてきてしまったのだった。
これが、運行中の新幹線がストップした理由である。
当然、ダイヤは大混乱の極みであった。
そして、新幹線はもう既に、5時間以上も線路上に停止したまま、そこから1メートルたりとてピクリとも動いてはなかった。
そんな土砂降りの大雨の中、宙を漂う怪しげな物体が一つ。
その怪しげな物体は、お椀を逆さにひっくり返したような半球状な、大きめの傘のような透明の膜を宙に展開して、自分の身が雨に濡れるのを守っていた。
「あめあめふれふれ、かあさんが~♪ じゃのめっでおむっかえうっれしいな♪
ぴっちぴっち~ちゃぷちゃぷ~♪ らんらんらんっ♪」
そう、地球人類史上初の、みんなのアイドルこと、妖精さんであった。
おそらく妖精さんは、この詩を歌いたかったが為に、わざわざ傘のような形をした防御膜を展開したのであろう。
なにせ妖精さんは、完全な球体状の防御膜も簡単に展開できるのだから。
「うーん、線路上に停車している新幹線は8本とか言っていたけど……
お? アレが最初の1本目の新幹線みたいだね」
そう呟きながら、妖精さんは高度を落としていった。
16両編成の新幹線の真ん中辺り、グリーン車にある車掌室の窓をコンコンと叩く音がした。
その音に気付いた車掌は、訝しみながらもさっと窓を開けた。
新幹線車両というのは、運転席の乗務員用ドアの窓とグリーン車にある車掌室の窓のみ、開閉ができるのだ。
妖精さんは、その開け放たれた窓から進入して、開口一番。
「ちわーす、来々軒でーす!」
「よ、妖精さん?」
来々軒と宣った妖精さんは、出前に使う岡持ちのようなミニチュアの物体を持っていた。
妖精さんは芸が細かいのである。
しかし、その格好はといえば、妖精さんの出現に驚いた車掌さんのそれと似たような制服を着こなしている。
オマケで左の二の腕には、助役代理と書かれた腕章もしていた。
妖精さんは無駄に芸が細かいのである。
赤の帯の中に一本の金の横帯が入った格好良い制帽も、ちゃんと被っている妖精さんであった。
でも、その帽子は基本的に男性用である。
妖精さんは少女である。リテア世界の妖精は女性のみの種族なのだ。
「新幹線指令所だっけ? そこからのヘルプを受けて、お弁当とか持ってきました」
「そうでしたか。いや、助かりました」
まったく大雨の中、国土交通省とNRも人使いが荒いよとか、ぶつくさと呟ていた妖精さんであったが、車掌のオジサンは苦笑いをして誤魔化しておいた。
妖精さんが差し入れを持って来てくれたことで、乗客の空腹が満たされるのであれば、車内に缶詰状態にされている乗客の文句も減るのだから、車掌としては助かったのだ。
人間、空腹時にはイライラが募って他者への攻撃性が増すのである。
つまり、新幹線が止まって、乗客の対応に追われていた車掌のオジサンは、妖精さんの出現により救われたのであった。
乗客の中には、疑問や質問を投げかけるにとどまらず、自分の怒りの感情をぶつけ難癖を付ける、クレーマーのような人間も確実に一定数は存在するのだ。
お客からのクレームを処理する仕事というのは、ガリガリと精神を削られストレスも溜まるのだから、大変な仕事である。
ある程度は聞き流す、馬耳東風のようなスキルでも持っていなければ、そのうち精神を病んでしまうのかも知れない。
ついでに、車掌自分自身もそろそろお腹が空いたなぁと思っていたのであった。
普段であれば、昼食を食べている時間はとうに過ぎているのだからさもありなん。
「車掌さん、この新幹線の乗客って何人ぐらい乗ってますか?」
「そうですね、二千人近くは乗車しているかと思われます」
自由席のデッキだけに収まらず、グリーン車以外の普通車指定席のデッキにも、乗客が立っているということである。
「つまり、デッキや通路にも人が溢れているってこと?」
乗客の人数を聞いて、妖精さんは渋い顔をした。
ちゃんとお弁当を配れるのかな? そう心配になったのである。
「そうなりますね」
「うわー、通勤電車と同じギュウギュウ詰めとか、特急料金を払いたくなくなるよ」
「お盆のシーズンだから仕方ありません」
ちなみに、特急料金というのは、二時間以上遅延した場合には料金の払い戻しが行われたりする。
予定よりも二時間以上も遅れて目的地に到着すれば、それは既に特急とは呼べないということなのであろう。
今回の場合も当然ながら、新幹線料金は払い戻しの対象になる事案であった。
「まあ、それもそっか。それよりも、デッキや通路にまで乗客が溢れていると、車内販売のお姉さんも仕事にならなさそうだね」
「この時期は、グリーン車以外での車内販売は実質的に不可能です」
最後に、1号車から3号車の自由席は特にと、車掌は付け加えた。
「これでは、せっかく持ってきたお弁当を配るのにも難儀しそうですね」
「妖精さんのお力で、なんとかなりませんか?」
車掌のオジサンは思わず他力本願、妖精さんにお願いをしてしまった。
「うーん、この新幹線と同様に線路上で止まっている、あと7本の新幹線にも同じように、お弁当を配りに行かなければならないんだよね」
「やはりというのか、駅間に7本も止まってましたか……」
分刻みで東京駅から順次発車して行く新幹線のダイヤは、首都圏や大阪圏の通勤電車並みに運行本数が多い。かつ新幹線は駅間の距離が20~30kmと長い。
つまり、途中の駅のホームに停車できる数、それ以上の新幹線が線路上を走っているのだから、緊急時にはどうしても駅間の線路上にも停車せざるを得なくなるのだ。
「一両一両、各車両分の弁当や飲み物を纏めて、そっからは乗客の手渡しなら、
そう時間も掛からないだろうし、なんとか行けるかな?」
「分かりました。それで行きましょう」
妖精さんの提案に、車掌は頷いて返事をした。
そして、おもむろに車内放送のマイクを手に取った。
『車掌の牧原です。本日は大雨の影響で新幹線の運行が止まり、乗客の皆様には大変ご迷惑をおかけしております。
ただいま妖精さんから当新幹線へと、お弁当に飲み物、おにぎりにサンドイッチ等の差し入れがありました。
本日、車内は大変混み合っています。妖精さんがご乗車のお客様全員にお弁当をお渡しするのは、大変な作業となりますので──
──頂きますよう、ご協力をお願いします。
──業務連絡、業務連絡。パーサーの方一名、8号車の車掌室まで来て下さい』
「それじゃあ、グリーン車から配り始めるとしますかね」
「お願いします。パーサーを補佐に付けますので使って下さい」
車掌は扉を開けて、業務連絡で呼び出していたパーサーの女性に声を掛けた。
パーサーの女性は、11号車にある車内販売の準備室ではなく、ちょうど近くにいてくれたようだった。
なんとか毎日更新を途切れさせずに済んだけど、明日は微妙です(汗
本当は妖精さんに「走れ超特急」も歌わせたかったけど、作詞者さん存命でした。
2100年ぐらいまで著作権消滅しません。私とっくに死んでますw