023 お断りします
サブタイに悩む…
その日、妖精さんは機嫌が悪かった。その理由は以下の通りである。
「えー、面倒くさいから却下、お断りします」
テーブルの上に置かれた、お皿に載せられているカットされた色とりどりのフルーツに舌鼓を打ちながら、妖精さんは毅然とした言葉を発した。
しかし、その表情は毅然とした態度ではなく、だらしなく頬を緩めた顔をしていたのだから、締まらなかったのだが。
もっとも、妖精さんは食べ物にホイホイと釣られて、この場に来たことを半分後悔していた。
「そこを曲げて、なんとかお願いできないでしょうか?」
「私はフルーツを食べるのに忙しいんだけどなぁ」
「そのフルーツを全部食べてからでも構いませんので」
妖精さんに平身低頭でお願いしているのは、内閣危機管理室のトップである管理監であった。
このオジサンの前職は警視総監という警察のドンで、警察官僚の偉い人だったのである。
「救助に向かうはずのヘリコプターが悪天候で飛べないから?」
「その通りです」
「自然災害や被害者に過失のない事故とかだったら、私が助けてあげることもやぶさかではないけど、今回の場合はまったく違うよね?」
「し、しかし、現実問題として、助けを求める声が上がっているのですぞ!」
妖精さんの言葉に管理監のオジサンは渋面を作りながら反論した。
「助けを求める声なんて、日々世界中のあちこちから上がっているよ。
いちいちその声に耳を傾けていられる程、私も暇じゃあないんだよね」
にべもない反応を示しながら、妖精さんは暇ではないと宣った。
しかし、妖精さんは暇を持て余しているのだから、嘘である。
ただ単に、妖精さんは面倒くさかったのだ。
それと、種族的に肝心な所での嘘は吐けない妖精さんであったが、言い訳程度の嘘であれば妖精さんでも吐けるのであった。
「話の論点を逸らすのは止めて頂きたいですな」
「そもそもの話、冬の槍ヶ岳に登山するだなんて死にに行くようなモノでしょ?」
話を本筋に戻した妖精さんは、やや呆れたような表情をしながら肩を竦めてみせた。
「冬山登山というモノがありまして……」
どうやら、妖精さんに救助を要請した今回の件は、冬山での遭難だったらしい。
山岳救助というのは本来であれば、県警の山岳救助隊や消防とかが動く事案なのである。
しかし、妖精さんに救助の要請があったのは、槍ヶ岳で遭難した登山者からのSOSが、巡り巡って妖精さんにまで話が回ってきたからだった。
そして、本来であれば内閣の危機管理室が動くような案件でもない。
「他人様の迷惑も顧みずに、無謀なことをする人たちもいるもんだなぁってニュースで見て知ってるよ」
ちょっとマヌケで可愛らしいアホな行為は、するのも見るのも大好きな妖精さんであったが、バカな行為というのは嫌いなのであった。
そして妖精さんから見れば、今回の無謀な冬山登山は、バカな行いに該当するらしかった。
「無謀だったのかも知れませんが、今回の件も一応は事故ですので」
「保険会社も保険金を支払わないような案件は、自殺しに行くのと同義ですよ」
「そう言われてみれば確かに、まあ……」
妖精さんの辛辣な言葉に、その通りなのかも知れませんとは、言葉が続かなかった管理監のオジサンであった。
そして、今回の件で妖精さんに動いてもらうことは、無理かなとも思い始めていた。
「思うんだけどさ」
「なんでしょうか?」
「登山をする人間に対して、ちょっと世間は甘いんじゃないの?」
妖精さんは厳しめの言葉を管理監に投げ掛けるのだった。
そして最後に、それが日本だけなのか、日本に限らないのかまでは知らないけど。そう付け加えた。
「つまり、自己責任とおっしゃりたいのでしょうか?」
「うん、いい歳した大人が冬の槍ヶ岳に登ったら、最悪の場合どうなるのかなんて理解しているはずでしょ?」
「それは妖精さんがおっしゃるとおりなのですが……」
「遠足で高尾山や筑波山を登っている小学生じゃないんだからさ」
どうやら妖精さんは、いい歳した大人に対して過保護がすぎると言いたかったみたいであった。
そして、登山という単語で、妖精さんは前世での出来事を思い出し、その記憶によって若干ながら私怨も含まれているようだった。
そう、妖精さんは前世の記憶で、登山客には良い思い出がなかったのである。
妖精さんは前世において、仕事でクタクタに疲れて家路に帰る電車内で、ハイキング帰りの高齢者に席を譲れと恫喝されたことがあったのだ。
高齢者が健康のためにハイキングをして、その帰りの電車内で疲れたからといって、妖精さんが座っていた優先席でもない席を譲れとか、本末転倒な話である。
まったくもって理不尽極まりない高齢者の横暴であった。
そんなこんなで、基本的に忘れっぽい妖精さんであったが、前世で嫌なことをされた記憶はちゃんと覚えているらしかった。
つまり、妖精さんはそこそこ執念深い性格をしているのだった。
「今回の件が、なんで私にまで回ってきたのかは知らないけど、もしかして登山者の中にお偉いさんでもいたのかな?」
「コメントは差し控えさせて頂きます」
妖精さんの言葉に、管理監のオジサンの心拍数が若干上がった。
しかし、そこは腐ってもエリート。キャリア官僚のトップまで上り詰めたオジサンである、澄ました表情で取り繕ってみせるのだった。
もっとも、相手の魂と心が見える妖精さんには無意味なことであったが。
だからこそ妖精さんは、こんな言葉を続けた。
「命の価値は平等ではないけど、貴賤を問わず死は誰にでも平等に訪れるんだよ」
「…………。」
管理監は小さく頷くだけで、言葉を返すことはなかった。
そして、管理監のオジサンは、別のことを考えていた。
妖精さんは少し頭が足りないとか報告書に書いたヤツは誰だ! 全然違うではないか!
とか、胸の内で罵っていたのだった。
「妖精さん救助要請の覚書、第一条の一項を、暗記して諳んじてみることをお勧めします」
知的なことを言っているような気がする妖精さんであったが、当の本人は覚書の中身を覚えていなかったりする。
そう、妖精さんは記憶フォルダから、該当する項目を引き出しただけなのであった。
そして、必要があれば記憶フォルダを見れば問題ないから、妖精さん自身は忘れっぽいのである。
これは、アドレス帳に登録してあるから大丈夫と、電話番号や住所にメールアドレスとかを覚えていないのと似ているのかも知れない。
また、機械が便利になると人間は馬鹿になると言えるのかも知れなかった。
「妖精さんが災害とかをニュースで見てヤバいと思ったら動く、でしたか……」
「そう、それ。つまり、今回の件はソレに該当しないんですよね」
「わかりました。これ以上は無理そうなので、今回は諦めます」
そう言って管理監のオジサンは肩を落とした。
そして、妖精さんを動かせなかったことを総理にどう報告しようかと思い悩み、胃がキリキリと痛むのであった……
「こんな自殺志願者を助けるのに労力を割くよりも、毎年交通事故で数千人は死んでいるんだから、それらを減らす対策とかに労力を割けばいいのに」
「耳が痛いお言葉ですね……」
管理監のオジサンは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、妖精さんの言葉を渋々と肯定するのであった。
「それと、妖精の私に頼りすぎると人間は堕落してダメになるって、ちゃんと総理には伝えたのになぁ……」
下にまでは私の言葉がちゃんと伝わってなかったのかな?
そう付け加えて、妖精さんは首を傾げた。
「なんだか面倒くさくなってきたから、そろそろ一度リテアにでも戻ろっかな?」
エルも寂しがっていることだろうし、私もエルに会いたくなったなぁと妖精さんは呟き、その場から転移の魔法で消え去ったのだった。
ネタ切れです… またネタが思い付いたら書きます。