019 ひーん!
こっちでミスプリが登場!
The Old Gray Mare 19世紀中頃のアメリカの民謡
北海道 日高地方
その日、気まぐれな妖精さんは北海道へと遊びにやってきていた。
しかし、妖精さんは特に何か用事があって北海道に来たとかいうわけではなかった。
ただ単になんとなく気まぐれで、北の方向に飛んで空中散歩を楽しんでいたら、たまたま北海道にたどり着いてしまっただけであった。
ほら、妖精さんってそういう生き物だし。
「The old chestnut mare♪ She ain't what she used to be~♪ Ain't what she used to be~♪」
牧場に放牧されているお馬さんを眺めながら、ご機嫌な様子で妖精さんは歌っていた。
「それにしても、お馬さんって想像していたよりも、ぱっぱかと走らないもんなんだね」
もそもそと牧草ばっかり食べてるじゃん。最後にそんな感想を漏らしていた。
その妖精さんの感想は正鵠を得ている。
お馬さんも走る時には走るが、普段は草を食べたり寝転がっていたり、ボーと遠くを眺めていたりとか、のんびりとした時間を過ごしているのが大半なのだから。
「よし、次の牧場を見に行ってみよー!」
どうやら走ってくれない馬に飽きたのか、妖精さんは別の牧場の馬を見学することにしたらしい。
そして、ふよふよと宙を飛びながら、隣の牧場へと向かって行くのであった。
北海道 日高門別町 日高ニワノ牧場
「ひ~ん(はぁ~、ようやくワイも今年で産む機械から解放されたんやなぁ)」
長かったなぁといった感じで、しみじみと呟いてるサラブレッドは、尾花栃栗毛色の小柄な馬体で四白流星のド派手な牝馬であった。
その馬の名前は、ミストラルプリンセスと呼ばれている、日本だけでなく世界を代表する世界最強の牝馬である。
世界最強牝馬の名に相応しく、その戦績も素晴らしいの一言であった。
なにしろ日本馬として史上初めて、凱旋門賞に優勝した歴史的な名馬が、ミストラルプリンセスなのであった。
「ひひ~ん(12頭も産むとは繫殖牝馬として頑張ったほうなんやろうね)」
ミストラルプリンセスが産んだ産駒は、1頭を除いて全ての産駒が活躍をして重賞ウイナーになっていたのであった。
そのうちGⅠ馬が5頭も誕生し、繫殖牝馬としても大成功を収めたのが、ミストラルプリンセスという名牝である。
「ぶるる(子供たちも1頭を除いて、みんな重賞勝ち馬になれたし、子供たちも馬肉にされることもなく余生をまっとうできるやろうね。まあ、さすがにワイも孫の代までは面倒みきれんけどな。
一番手の掛かった1頭も結局重賞は勝てなかったけど、GⅠ2着が7回とかいうふざけた成績だったし、最強の2勝馬とか呼ばれて愛されているのだから、結果オーライといったところやろうね)」
ミストラルプリンセスが一番思い入れのあった産駒は、どうやらシルバーコレクターの異名を授かるような馬であったらしい。
手の掛かる仔ほど、可愛いということなのかも知れない。
ちなみに、まだデビューしていない産駒が2頭いるのだが、これまでのミストラルプリンセスの産駒成績からすると、ある程度以上の活躍をすることは、ほぼ確定した未来であろう。
「ひーん!(しかし、ワイもこれからは自由や! まあ、数年か長くても10年程度の余生やと思うけど、これからはのんびりとさせてもらいまひょか)」
サラブレッドの寿命は、25歳から30歳程度である。
近年、牧草やエサの品質向上と獣医学の発展により、余生を全うできるサラブレッドは寿命が延びる傾向にあるのだが、それでも長生きしたとしても35歳ぐらいが限度であった。
そう、いくら頑張って長生きをしたとしても、生物とは種によって寿命の限界というのは決まっているのだ。
ひーん!と一鳴き嘶いてから、20歳は過ぎているであろうオバチャンの牝馬は、むしゃむしゃと牧草を食べる作業へと戻っていった。
しかしそこへ、宙を漂いながら接近してくる、得体の知れない物体が一つ。
我らがアイドルの妖精さんであった。
「へ~、キミってお馬さんなのに面白い魂をしているね?」
「ひん?(なんやなんや? このちんまい生き物は? 妖精とかいうヤツか?)」
妖精さんの声に気が付いて、ミストラルプリンセスは牧草を食べるのを中断して、声がするほうへと顔を向けた。
そこには、ふよふよと空中に浮いている怪しげな生き物が漂っていた。
「妖精で正解だけど、ちんまいは余計だよ」
「ぶるぅ?(妖精さんは、ワイの言葉がわかるん?)」
「まあ、私は妖精だからね! 馬の言葉も解るんだよ!」
そう言って、エヘンと胸を張る妖精さんだった。
どうやら、妖精さんは偉ぶりたいお年頃のようであった。
「ひ~ん(妖精ってホンマにおるんやなぁ。ワイ初めて見たわ)」
「私も数百年は生きてるけど、馬に人間の魂が混ざってるなんて初めて見たよ」
微妙に会話が噛み合ってないないように思えるけど、一応嚙み合っているのかも知れない。
「ひひん?(ワイの前世が人間だったとかって分かるん?)」
「まあ、私は妖精だからね! 魂の色まで判るんだよ!」
そう言った妖精さんは、腰に手を当ててエヘンと更に胸を張るのだった。
ふんぞり返った上半身の反りは、イナバウアーも顔負けの反り具合いだ。
どうやら妖精さんは、馬に威張ってマウントを取りたかったようであった。
「ひーん!(マジか! 妖精さんって凄いな!)」
「まあ、私は妖精だからね! 神さまの次ぐらいには凄いよ!」
元人間であった現畜生に褒められて、ご満悦の妖精さんであった。
どうやら、妖精さんは誰かに褒めてもらいたかったみたいだ。
妖精さんは承認欲求に飢えていたらしい。
また、幼児が大人に認めてもらいたいと行動する、欲求の発露に近いモノを感じる。
つまり、妖精さんの精神年齢は幼児並みなのかも知れなかった。
日本語歌詞の、おんまはみんなは著作権が切れてませんでした。
この物語は、妖精さんが特に目的もなく、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、ぶらぶらとして気ままに過ごす、ゆる~いお話である。