017 ペロペロ
東京 秋葉原 某ショップ
「うん、日本人の業が深いということがよく分かった」
ショーケースに陳列しているフィギアや、店内にあるその他諸々の商品を見て、妖精さんは腕を組みながら納得したように頷いた。
「はは、此処ってオタクの店ですから」
ダラダラと冷や汗を流しながら、愛想笑いで言い訳をする店員の青年Bであった。
オマケで店員Cも、コクコクと無言で頷いていた。
そして店員Cは、おもむろに棒付きのキャンディを妖精さんに差し出した。
その棒付きのキャンディは、チュッパなんとかというらしかった。
「くれるの?」
目を輝かせて期待するような妖精さんの問いに、またもや店員Cはコクコクと無言で頷いて肯定した。
妖精さんへの賄賂もとい餌付けである。
店員Cは妖精さんのライブ配信を視聴していたから、妖精さんがキャンディを受け取ってくれると確信していたのである。
「わーい! お兄さんいい人だね。ありがとー!」
妖精さんにとって食べ物をくれる人は、みんな良い人に分類されるのであるが、そのことを自覚していない妖精さんであった。
妖精さんは大した出来事でない物事は忘れやすいのである。
思い入れのある特定の人間以外は、良い人、悪い人、普通の人。その程度の分類で、妖精さんは人間を覚えているのだから。
そして、オレンジ味の棒付きキャンディを宙に浮かせ、その周りを飛んで美味しそうにペロペロとキャンディ舐めながら、そういえばと、妖精さんはふと思い出した。
「これってさぁ、ハァハァしながらペロペロするの?」
M字開脚された妖精さんのフィギアを指差しつつ、コテンと首を傾げた妖精さんは、店員の青年Bに疑問を投げ掛けるのだった。
どうやら、ペロペロつながりで思い出したらしかった。
ちなみに、店員Cはさっきからスマホで、キャンディをペロペロしている妖精さんを撮影していた。
「い、いえ、そんな高度なことは、しないと思います。たぶん、きっと……」
イマイチ自信なさそうに、やや目を逸らしながら店員Bは否定した。
しかし世の中には、あらゆる角度からフィギアを見て眺めて鑑賞するだけでは満足できない、レベルの高い猛者というのが必ずや一定数いるはずである。
なにを隠そう、店員Bもまた高レベルの猛者であったのだから。
「ふーん…… まあそういうことにしておいてあげるから、その代わり一割」
疑いの眼差しを向けつつ、妖精さんは手のひらを上に向けた右手を差し出した。
「え? い、一割とは?」
「売り上げの一割を寄越せっていってるのよ」
どうやら、無一文の妖精さんはお小遣いが欲しかったみたいであった。
そう、妖精さんはお買い物をしたかったのだ。
そして、自分のフィギアを作られること、それ自体には問題がなかったらしい。
普段の妖精さんは、自分の気に入ったモノ欲しいモノがあれば、人に断りもなく勝手に持っていってしまうのであったが、前世で人間であった頃の買い物をするという行為を思い出したようだった。
そして、買い物をするためには、お金が必要であった。
お金が必要であれば、リテア世界から持ち込んだ金貨を換金すればよいのだが、どうやら妖精さんは換金するという発想にたどり着けなかったみたいであった。
では、今までどうやって妖精さんが食事をしていたかというと、人が食べている食事を横からつまみ食いをしたり、レストラン等の厨房に入り込んでご相伴にあずかっていたのである。
人はそれを盗み食いというのだが、妖精さんに罪の意識はなかった。
それに、妖精さんは魔法を使って厨房を綺麗にしたり、つまみ食いを貰った人に深刻な病気があれば、その病を軽減させたりとか、ちゃんとお礼はしていたのであった。
妖精さんの価値観では、それで問題ないと判断されていたのである。
ちなみに、政府からの要請であった災害救助等の依頼は、残念ながらもまだ頼まれてなかったことが、妖精さんが無一文の理由だった。
もっとも、妖精さんが出動するような大規模な災害が発生してないということは、人間にとっては幸運なことなのであったが。
話がそれた。
「えーと、それを判断する権限が僕にはありませんので……」
店員Bは眉を下げ困ったような顔をしてみせた。
残念なことに大学生でアルバイトの店員Bでは、妖精さんの要求に対して回答する答えも決定を下す権限も持ち合わせてはなかった。
「でも誰がどう見ても、コレって私をモデルにしているよね?」
「ええ、はい、まあ、その、そうですね……」
どこからどう見ても、妖精さんをモデルにしていることは一目瞭然であるからして、店員Bに言い逃れはできなかった。
「肖像権の侵害でござる!」
「妖精さんって肖像権のこと知ってたんだ……」
両腕を上下に振り上げて、プンプンと怒ったポーズをしてみせる妖精さんに対して、場違いな感想を漏らす店員Cであった。
「私のフィギアを作るのは別に構わないけど、銭は寄越せ」
妖精さんは自己顕示欲と承認欲求が強いから、自分をモデルにしたフィギアを見つけた時には、少し嬉しくもあったのだ。
「あ、フィギアのモデルになるのは大丈夫だったんですね」
「うん、私がモデルになるのは許可するから、さっさと寄越す」
そう言いながら妖精さんは、ひらひらと右手を振った。
ここにきて、お金があれば自由に好きなモノが買えるという、お金の価値を思い出した妖精さんは、お金が欲しくて堪らなくなったらしい。
そう、リテア世界では人間の街にでも行かない限りは、お金なんて使わなかったから、すっかりお金の価値を忘れかけていたのであった。
まあ、だからこそ、妖精さんは自身の亜空間収納に、数万枚もの金貨を使いもせずに溜め込んでいたのであったが。
「よ、妖精さんは住所不定で連絡も付かなかったので、やむを得ず本人様の同意なしということになりまして……」
「店長を呼んだほうが、話が早いと思うよ」
「そ、そうだったな」
店員Cが店長という単語の助け船を出すと、妖精さんのゼニ寄越せ攻勢の圧力に、あたふたとしていた店員Bは助かったとばかりに相槌を打った。
「それじゃあ、店長さんとお話すればいいんだね?」
「そうですね。案内するから、妖精さんも付いてきて下さい」
「りょーかーい!」
こうして妖精さんと店員の一行は、バックヤードにある店長室へと向かった。
話が進まなくて終わらなかった…