015 妖精さんと総理との会談
東京 首相官邸
美味しいを連呼しながらスイーツを食べていた、妖精さんの手が一旦落ち着いたのを見計らった総理は、妖精さんに声を掛けた。
「先日、録画でですけど、妖精さんがライブ配信をした動画を私も拝見しました」
「ということは、質問の続きかな?」
「話が早くて助かります」
「私が答えられる範囲の質問だったら、なんでも答えるよ」
そう言いつつも妖精さんは、むしゃむしゃとバームクーヘンを食べていた。
この妖精さんの胃袋は、まるで底なしである。
ちなみに、このバームクーヘンもゼクスパンのバームクーヘンであった。
こちらは、神戸に在る本店からのお取り寄せである。
「では、お言葉に甘えて。妖精さんの前世が日本人で、日本で亡くなってから、
リテアという異世界に転生して、そのリテアからやって来たというのは本当でしょうか?」
「本当だよ。まあ、信じる信じないはそっちの自由だけど、
基本的に妖精って種族的な特徴なのか、嘘を吐けない種族なんだよね」
もっとも、冗談的な嘘や黙っていることはできるけど。
妖精さんは、そう最後に付け加えた。
「なるほど、なんとなく妖精にはそんなイメージもありますね。
それでは、妖精さんが日本にやって来たのは里帰りということですね?」
「そうだね。リテアには漫画やアニメにインターネットとかもなかったからね」
リテアで過ごした数百年の時を思い出しているのか、妖精さんはどこか遠い目をしていた。
バームクーヘンのカスを口元に付けたままなので、なんとも締まらない格好ではあったが。
「つまり、現代の地球の文明が恋しくなったから日本に戻ってきたと?」
「まあ、懐かしさ半分、文明が恋しかったのが半分なのかな?」
最後に、上手く言葉にできないや。
そう言って妖精さんは、コテンと首を傾げながら答えた。
ちなみに妖精さんの手には、バームクーヘンが握られたままである。
「なんとなくですけど、妖精さんの気持ちは分かりました。
それで、日本にはどれぐらい滞在する予定にしているのでしょうか?」
「うーん、飽きるまでかなぁ? いつかはリテアに帰るけどね」
総理に、どれぐらいの予定で日本にいるのか聞かれた妖精さんであったが、実のところ何も考えてなかったので、自分が飽きるまでと適当な返事をしておくのだった。
しかし、妖精は長命種である。その時間間隔は地球の人類よりも遥かに長い。
つまり、妖精さんの言うところの、いつかとは、10年先や20年先なのか?
もしくは、それ以上先の未来の可能性が高いのであった。
「そうですか。では、もし我が国に災害等で困った事態が発生した場合などに、
妖精さんのお力を借りることは可能でしょうか?」
「うーん、妖精は気まぐれだから、絶対に助けるとかそこまでは断言できないよ?」
腕を組んで首を捻って考えながら、曖昧な答えを返す妖精さんだった。
そして、妖精さんが手に持っていたバームクーヘンは、いつの間にやらなくなっていたのである。
答えは、妖精さんの底なしの胃袋の中であった。
「ええ、我々の自助努力が大前提ではありますが、気まぐれでもよろしいので、
妖精さんの気が向いた時に、お願いしたいと思いまして」
それにしても、この総理大臣のオッサン、いやに腰が低い。
それだけ、自助努力とは言いつつもいざという時には、妖精さんの魔法の力に期待しているということなのかも知れない。
「まあ、気が向いた時だけでいいなら、気まぐれで力を貸してもいいよ」
「万が一の時には、是非お願いします」
そう言って総理は妖精さんに頭を下げた。
一国の総理大臣が頭を下げるなど、普段ではなかなか見られない光景であった。
まあ、この場には妖精さんと自分の関係者以外いなかったのも、腰を低くし頭を下げてお願いすることができた要因であろう。
外国とのやり取りでは、おいそれと頭を下げることなど出来はしないのだから。
「でも、私に頼り過ぎると、きっと人間は堕落してダメになると思うよ?」
「ええ、それは確かに妖精さんの仰るとおりですね」
妖精さんの苦言に、至極当然もっともな話だと、うんうんと頷く総理であった。
その後、どういった状況で妖精さんが動いてくれるのか等、諸々の話を詰めた。
そして、私が災害とかをニュースで見てヤバいと思ったら動いてあげる。これが妖精さんの答えだった。
総理は現時点で、妖精さんから及第点以上の回答を引き出せたことで、それで良しとしたのであった。
妖精さんとの実務的な話が纏まったあと、総理は残された僅かな時間を使って、妖精さんの故郷であるリテアの話を聞いてみることにした。
これを聞かずして、妖精さんとの会談を終わらすのはもったいない。そんな思いが総理の胸の内にあったのだ。
未知との遭遇、異世界はロマンである。
「妖精さんの故郷であるリテアという異世界は、どんな感じのところなのでしょう?」
「リテア? 日本人に分かりやすく説明すると、いわゆるラノベのテンプレと似たような世界だよ」
「ほう、ラノベのテンプレ? それはつまり、剣と魔法のファンタジーでしょうか?」
異世界でラノベのテンプレときて、間髪入れずに剣と魔法のファンタジーと口から出てくるのは、おそらく総理はラノベやweb小説を読んだことがあるのだろう。
「そうだね、剣と魔法のファンタジーで正解かな」
「もしかして、冒険者ギルドもあるのですか?」
この総理大臣、やけに食いつきが良い。
ちなみに、リテア世界にはちゃんと冒険者ギルドがあったりもする。
正確には、冒険者互助組合という名称であったが、この場では些細なことだろう。
「ふ~ん、オジサンって結構詳しいですね。もしかして、そっち方面もかなりいけるクチ?」
「え、ええ、まあ、嗜み程度に多少は知ってます」
ニヤリと笑みを浮かべた妖精さんの表情を見て、総理は背筋に嫌な汗を掻くのを自覚した。
もしかしたら、がっついてしまったのだろうか? と。
「ふーん…… もしかして、若い頃に小説とか書いてました?」
「しょ、しょんなの書いてましぇん!」
1メートル程の距離を置いて自分と同じ目線の高さで、宙にホバリングしながら疑問を呈する妖精さんに対して、総理は全力で否定するのであった。
特定の期間だけ発病する疾患、その病に侵されていた時期に書いたアレは、封印した呪われし過去なのだから。
「カミカミで言われてもなぁ」
「か、噛んでなど……」
「ふふっ、わかりますよ」
妖精さんは、ニチャァと粘着質な嫌らしい笑みを浮かべて、総理の眼を覗き込んだ。
その笑顔は妖精にあるまじき、ある種の悍ましい笑みだったのは言うまでもない。
その二人の距離はいつの間にやら、数十センチ程度にまで縮まっていた。
「な、なんで……」
総理は一瞬で血の気が失せ、青ざめた顔で酸欠状態のナニかのように、酸素を求めるよう口をパクパクとさせた。
「内容はありきたりな、異世界で俺TUEEEでハーレムあたりでしょうか?」
「ひゅっ!」
総理大臣が若かりし頃、中高生の文学青年時代に書いたweb小説の黒歴史を、グサグサと容赦なくエグる妖精さんであった。
そう、一国の総理といえども、そういう年頃の時期というのはあったのだ。
そしてどうやら、勢い空気を吸い込み過ぎてしまったのか、思わず変な声を出してしまった総理大臣だったのである。
「うんうん、若気の至りというヤツですよね?」
「ひゃ、ひゃい……」
そんな総理の肩を、妖精さんはポンポンと優しく叩いて、ウンウンと頷き共感を示してあげるのだった。
ちなみに、総理が青年時代に書いたweb小説は、残念ながら書籍化されるようなこともなく、ネットの海を漂い、やがて忘れ去られる存在となったらしい。
まあ、そこそこの人気はあったみたいではあったが。
こうして、妖精さんと日本の総理大臣との会談は、無事平和裏に終わった。
約一名、青春時代の黒歴史を思い出し、精神を削られたようであったが、それは些細な問題であろう。
ちなみに、総理の動悸が乱れていたので、可哀想に思ったのか妖精さんが、精神を安定させる魔法を総理に使ってあげることにした。
妖精さんは元隠れオタクに優しかった。
でもそれって世間では、マッチポンプとか言うらしいですよ?