013 総理と秘書官の会話
なんとか間に合った…
東京 首相官邸
「総理、羽田空港で目撃された例の妖精のような未確認生命体が現れました!」
総理大臣の秘書官と思しき中年の男性が、興奮気味に首相へと報告した。
「では、フェイクニュースの類いとかではなかったと?」
未確認生命体などという眉唾なモノは、まず最初に人間が悪戯で世間を騒がして喜んでいるとか、その他諸々を疑ってかかるのが常識である。
そう、地球外生命体が地球の人類に接触を図ったなど、過去から現在まで公式には存在しないのだから。
もっとも、アメリカ合衆国が宇宙人と接触した事実を隠している可能性は否定できないが。
「まだ、その可能性も捨てきれませんが、未確認生命体本人がライブ配信で視聴者の質問に答えてました」
「は? その妖精みたいな未確認生命体は日本語が話せるのか?」
総理と呼ばれた初老の男性は思わず、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしてしまった。
さすがに、未確認生命体が日本語で意思の疎通ができるなど、想像の範疇を超えていたのだろう。
「はい、動画を録画して保存しておきました。
35分と、そんなに長くありませんので、総理も是非ご覧ください」
「そうか、その様子だと直ぐに我が国へ悪影響を及ぼすような、直接的な害がある訳ではなさそうだな」
「直ぐ防衛出動が必要とか、そんなことはございません」
一国を預かる総理大臣という椅子に座る人間は、国家と国民の安全を第一に考えて行動するのである。
だから、未確認生命体の行動が日本に及ぼす影響を、まず最初に気にしたのだ。
そして、秘書官からの報告により、日本語で意思の疎通ができるのであれば、ひとまずは安全であろうと判断したのであった。
また未確認生命体が、おとぎ話やファンタジーに出てくるような妖精の姿をしていたというのも、安心感をもたらすのに貢献していた。
怪獣やハリウッド映画に敵として出てくる宇宙人の姿をしていたのであれば、こうは行かなかったであろう。
可愛いは普遍的な正義である。
「今日は会食の予定はなかったな?」
「予定は入ってません」
「では、夕食後にでも見させてもらおうか」
「了解しました」
総理大臣は夕食後を楽しみに思いながら、残りの執務に取り掛かった。
総理大臣という役職は、おそらく日本で指折りの多忙さを極める職業なのである。
※※※※※※
そして夕食後、妖精さんがライブ配信した動画をアーカイブで視聴し終わったのち、総理大臣はおもむろに切り出した。
「なあ、みんな順応しすぎじゃないのか?」
動画を見ての、やや呆れた感想である。
「日本人はサブカルチャーに親和性が高すぎますので」
「はぁ~、日本は今日も平和ですってヤツなのかねぇ」
ため息を一つ吐いて、こぼれてきたのは自嘲めいた言葉だった。
「日本は平和ということで、良い事じゃありませんか。平和でないと文化は育まれませんよ」
「平和ボケだと思わないでもないがね」
「一般国民は平和ボケでも構わないのでは?
下手にナショナリズムやナントカ主義に目覚めると、収拾がつかなくなりそうですし」
中年の総理秘書官の言葉には、苦いものが含まれているような感じがした。
おそらくは、戦前の軍国主義や戦後の左翼のはちゃけ具合いが頭によぎったのであろう。
「まあ、政治家と官僚がしっかりしていれば、大丈夫ではあるのかな?」
「そうですね。その為の官僚であります」
秘書官の言葉を逆説的に捉えるのであれば、副音声で政治家は頼りないとも聞こえてくるような気がしないでもない。
まあ、霞が関の官僚という生き物は、永田町に対して面従腹背が仕事の一部、日常茶飯事ではある。
そう、省庁の利益と政治家の我田引水、選挙区の利益が一致することの方が少ないのだ。
それを調整するのが、官僚の仕事の一つなのだから。
「それにしても、ドーンか?」
「ドーン! であります」
「危険ではないのかね?」
動画の中で妖精さんの発言にあったドーン! それがナニを意味するのか? そこまでの判断は付かなかったが、戦闘による破壊行為だとは理解できた。
「妖精さんが危険な存在であれば、とっくの昔にドーン!とやっているでしょう」
「それもそうだったな」
「それに、妖精さんの前世は日本人です」
「本人の言を信じるのであれば、だがね」
まず、物事を疑ってかかる。これが政治家として必要な資質である。
「飛行機のエンジン火災を消したり、住宅地に落ちそうになった部品を空中で回収したりしていますので、悪い妖精ではないと信じたいですね」
「国民の生命と財産を預かる身としては、相手を完全に信じ切るまで、そこまでは出来ない相談なのだよ」
大臣や政治家というのは、つくづく因果な商売なのだと思い知らされる総理であった。
「最悪を想定して行動すべし、ですね?」
「そうだ。悲観的に準備し、楽観的に対処せよだよ」
「昔に活躍した大先輩にあたる方の金言です」
どうやら、この秘書官は警察官僚の出身だったみたいだ。
「ましてや、相手は魔法という地球人類には、未知の現象まで使いこなしているのだからね」
「それは確かに、そうでしたね。いや、少々浮かれていたようです」
「まあ、この動画を見る限りにおいて、妖精さんに害はなさそうではあるがね」
さすがに、あの妖精さんの言動が演技とまでは思えなかった、一般的な良心を持つ総理であった。
誤解なきように言うと、当然ながら妖精さんは素の状態でアレである。
「それよりも、この妖精さんとコンタクトを取ることは可能か?」
「四方八方手を尽くして、妖精さんと連絡が付くようにします」
「頼んだよ」
そう言って総理は、ソファーへともたれ掛かった。
妖精さんが出てこなかったw