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010 駅弁フェア


 新幹線車内



「お呼びでしょうか?って本当に妖精さんですね」



 パーサーの女性は、11号車にある車内販売の準備室ではなく、ちょうど近くにいてくれたようであった。



「妖精さんですよ~。今から私がお弁当とかを取り出すから、

 貴女は車販のワゴンに積めるだけ積んでちょうだい」


「わかりました」



 妖精さんは左腕の腕章を見せつけるかのようにしながら、パーサーのお姉さんに命令口調で要請した。

 妖精さんは無駄に偉そうなのである。


 パーサーの女性は妖精さんを見て多少は驚いたようであったが、直ぐに自分の仕事を思い出し、妖精さんの要請を了承した。プロである。

 ちなみに、腕章に書いてある助役代理とは妖精さんの自称であって、なんの権限も有してはなかった。



「まず最初に、グリーン車のお客さんには、こっちのお弁当ね」



 そう言って値段が多少お高いであろう、高級そうな駅弁を取り出す妖精さんであった。



「グリーン車のお客様用ですか?」


「上客の乗客には、サービスしないとね! ぷぷっ」



 上客の乗客と自分で言いつつ自分でウケて笑う妖精さんに、車掌のオジサンとパーサーのお姉さんの二人は、妖精さんのオヤジギャグにどう反応すれば良いのか困り、微妙な顔をしていた。

 そういう時は、愛想笑いでもしておけばいいと思うよ。


 そんな二人に構うことなく、妖精さんは岡持ちの扉を上へと持ち上げた。



「最初はコレ!」



 じゃじゃーん!という魔法の無駄使いの演出である効果音を付けて、妖精さんが岡持ち(亜空間収納)から取り出した弁当はというと──



「釜めし? これって横川のヤツですよね?」



 横川名物である、峠の釜めしであった。



「ああ、横川のだろうな」


「東京駅に置いてあったよ?」



 そう言いつつ妖精さんは、峠の釜めしを次々と取り出してはパーサーのお姉さんに手渡していった。その数は二十数個。

 釜めしを渡し終え、妖精さんは次の弁当を取り出しに掛かった。



「お次はコレ!」



 じゃじゃーん!という効果音にプラスして、集中線のエフェクトまで使い出した妖精さんであった。

 まったくもって、魔法の無駄使いである。


 そして、岡持ち(亜空間収納)から取り出した弁当はというと──



「上牛たん弁当? 妖精さん、これって仙台駅のじゃないの?」


「牛たんだから、たぶん仙台の駅弁なんだろうなぁ」


「これも東京駅に置いてあったよ?」



 何かおかしかったのだろうか? と、妖精さんは首を傾げながらも、岡持ちに偽装した収納魔法の亜空間から次々と弁当を取り出していった。



「よ、妖精さん、もうワゴンは満杯で載せられません」


「配る弁当の数も数だし、グリーン車のデッキに仮置きするしかないかな?」


「そうするしか方法はなさそうですね」



 それじゃあと言って、妖精さんは亜空間からブルーシートを取り出しデッキに敷いた。

 妖精さんも、たまには気配りというモノができるのである。



「車掌、お呼びでしょうか?って妖精さんだ!」



 そうこうしているうちに、パーサーの女性がもう一人やってきた。

 生の妖精さんを見ると大抵の人が、妖精さん呼びをするのは、もう様式美と言えるのかも知れない。



「ああ、助かった~。三枝さん、このワゴンに載ってるお弁当、グリーン車のお客様から優先で配ってくれる?」


「グリーン車のお客様からですね? わかりました」



 どうやら、最初に手伝ってくれていた女性の方が先輩だったらしい。

 先輩パーサーは、妖精さんが弁当を取り出す魔法に興味津々の様子で、弁当を配る仕事を後輩に押し付けることにしたみたいであった。


 そんなやり取りがあった間にも妖精さんは、「お次はコレ!」と言いつつ、デッキに敷いたブルーシートの上に、次々と弁当を取り出しては置いていく。

 三枝と呼ばれた後輩パーサーは、妖精さんの魔法を名残惜しそうに見やりつつも、自分の仕事をするため隣の車両へと移動していった。


 先輩と違って三枝さんは、プロであった。

 もっとも、田村先輩ズルいとかの声も漏れ聞こえてきたりもしていたのだけれど、そこは聞こえなかったフリをしてあげるのが、大人の対応というモノであろう。


 そして、くだんの田村先輩と呼ばれた、もう一人のお姉さんはというと、妖精さんが取り出す駅弁に夢中であった。



「三陸海鮮丼? 盛岡か八戸駅辺りの駅弁かな?」


「それも東のだぞ……」



 車掌さんは、なぜ東さんの駅弁が…とか呟いていた。



「それも東京駅に置いてあったよ?」



 ナニかおかしかったのだろうか? と、妖精さんは更に首を傾げた。



「津軽ひとくち懐石弁当…… 青森ですよね?」


「ああ、たぶん新青森駅の駅弁だろうな」



 どうやら車掌さんは、深く考えるのを止めてしまったようである。

 そう、駅弁に罪はないのだから。



「そっちも東京駅にあったんだよ?」



 ナニかがおかしいのだろうか? と、妖精さんは更に深く首を傾げた。



「こっちは、加賀百万石幕の内って西さんのですね……」


「北陸新幹線、金沢駅だな……」


「全部、東京駅に置いてあったよ?」



 ついには、妖精さんの首は90度の真横にまで傾いてしまった。

 いくら妖精さんが可愛い容姿をしているといっても、顔が90度傾いているのを実際に対面で見たら、普通にキモイと思う。



「妖精さん、ウチ、東海道なんだけどなぁ」



 パーサーのお姉さんが呆れ気味に言った。



「お客さんにはサプライズになるから、きっと喜んでくれると思うよ!」


「そ、そうかも知れないわね……」



 パーサーのお姉さんは、若干頬を引きつらせながらも、妖精さんの言に渋々同意したのであった。



「東さんが駅弁フェアでもやっていたのかな?」


「まさか、このお盆の繁忙期にですか?」



 妖精さんのある噂が一瞬、頭をよぎった車掌のオジサンであったが、深く考えるのは止めておいた。

 そう、駅弁には罪はないのだから。



「車掌さんも、よかったら来々軒の上中華弁当をどうぞ」



 そう言って中華弁当を車掌のオジサンに手渡そうとする妖精さんであった。

 最初に妖精さんが来々軒と名のったのは、どうやら偶然ではなかったらしい。



「いや、私は乗務中ですので遠慮しておきます」


「へー、車掌さんは真面目なんだね」


「まだ仕事中ですので」



 私も見習わなければと、ウンウン頷いている妖精さんであったが、明日になればきっと忘れているはずである。

 なにせ、妖精さんは気まぐれなのだから。



「それもそっか。でも、お腹減ったでしょ?」


「ええ、それは、まあ……」


「空腹だと正しい判断も出来ないし、ご飯はちゃんと食べなきゃダメだよ?

 それに今日の乗務は、普段と違って数時間もオーバーしているのだから、今回はノーカンだよ」



 車掌室で隠れて食べる分には、乗客も文句の付けようがないしね、とか付け加えていた。



「それでしたら、サンドイッチとコーヒーで」



 妖精さんの押しに負けて、遠慮気味にサンドイッチを希望した車掌さんであった。

 どうやら、空腹には勝てなかったらしい。


 ついでに、もう一人の車掌と運転士、パーサーの分のサンドイッチとおにぎり、飲み物を取り置きしておいた。

 気配りのできる妖精さんなのであった。






※※※※※※




「これで、全車両に配るのは終わったかな?」


「配り終えましたね……」


「妖精さん、ありがとうございました。助かりました!」


「私も頼まれてやったことだし、気にしなくてもいいよ」



 そんなこんなで、なんとか弁当を配り終えた妖精さんと新幹線の乗務員の間には、奇妙な連帯感が漂っていた。

 非常事態における吊り橋効果みたいなモノである。






「さて、次の新幹線はドコに止まっているのかな?」



 やや小降りになった雨の中、ありがとうと手を振る車掌のオジサンに、バイバイと手を振り返しつつ、妖精さんは次の配達先の新幹線を探しに、高度を上げて飛び去っていくのであった。






※※※※※※




 東京駅 東北・上越・北陸新幹線ホーム下 関係者待機所



「あれ? 次の列車に載せる予定の弁当ってドコだっけ?」


「そっちに置いてませんでしたか?」


「いや、無かったから聞いたんだけど?」


「えー、それってヤバくないですか?」


「うん、ちょっとヤバいかも知れない……」


「ちょっとどころじゃなくて、マジでヤバいですって!」


「わ、私が怒られるのかな……?」


「先輩だけじゃなくて、あたしも連帯責任で怒られそうですよー」




 後日、当事者の社長がもう一方の当事者である社長のもとを訪れて、平謝りをしたとかしなかったとか?

「まあ、妖精さんのすることですから」

 そう、笑って謝罪を受け入れたとの話があったとかなかったとか……


 ──妖精さんの罪は重い。



妖精さん

「お? こんな所にお弁当があるやん! ほな、貰っていこか~♪」


妖精さんに罪の意識はなかった……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 災害から助けるために災害を起こす妖精w
[一言] 弁当配達の依頼なのに配達する弁当を用意してなかった東海が悪いのかな?
[一言] まあ、それで救われた人がいるからいいのか
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