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帷翡翠 1

 宝探しゲームに参加する気など毛頭なかった。しかし、いろいろな事に疲れたのだ。ゲーム当選の知らせも身に覚えがなく、なにこれ、とあの男の秘書に聞くと、最近機嫌悪いので気分転換でもしてきてください、と答えになってない答えをもらいほぼ強制的に集合場所に連れていかれた。

 無人島は綺麗な島だと聞いていたので、もういいや、確かにゆっくりしたいとそれなりに準備をして到着した。誰とも話さず誰ともかかわらず、宝など探さずゆっくり過ごそうと考えた。


何故人と関わりたくないのか。それは、翡翠は生まれつき持っているものがあるからだ。


 相手の本質を見抜くという特殊能力、とでも言えばいいのか。何も相手の考えていることがわかるわけではない。そういう超能力の類ではないと思う。ただ、漠然と“わかる”のだ。相手が善人なのか屑なのか、表裏がないのか内心を絶対に明かさない奴なのか。会うと「ああ、こういう奴か」とわかってしまう。

 そんな能力があれば当然人間不信にもなる。誰だって嘘つきで、汚くて、本当に反吐が出る。近寄るのも嫌だった。話してみてわかるときもあれば見ただけで分かるときもある。本当に誰とも関わりたくなかった。


 昔からあの男、呼びたくもないが父親とは折り合いが悪くほとんど会った事もない。最後に会ったのは数年前、会話をしたのはいつだったか。大企業と呼ばれる会社のCEOでワンマン経営で会社を取り仕切ってきた。今時珍しい世襲が色濃く残っている典型的な一族会社で、この会社も祖父の時代に立ち上げ急成長をしたらしい。働く人達を奴隷か何かだと思っているようだ、気に入らなければすぐに首を切る。無論、この能力を伝えたことはない。食えない秘書は、何か察しているようだが。


 島について初日、とりあえず昼食と間食になりそうなものだけもらって適当にプラプラと森の中を歩く。双眼鏡を持ってきたのはバードウォッチングでもしようと思ったのだ。動物は、植物は嘘をつかないし真実の姿しかない。とても癒されるのだ。

 周囲ではさっそく宝探しを息巻いている連中が多く、欲望の渦のようなものを感じ取り気分が悪くて人から離れた。人酔いしそうだ。


「あの」


 ふいに後ろから声をかけられ振り返る。子供の声だったので警戒することなく対応した。子供は、特に小学低学年ほどまでなら表裏もない真実の姿で相手と対話をするので唯一気を遣わなくていい相手でもある。これが成長していくとどんどん翡翠の大嫌いなタイプになっていくのだ。

 話しかけてきた少年はこの宝探しにまつわる噂を聞いているようだ。あの男の秘書が「超古代文明があるって噂の島ですよ」と言っていたのを思い出し、それと告げるとなるほど、と相槌を打ってくれる。


 優しい子だな、と思った。何故ならこの子、今の話を“知っている”はずなのだ。翡翠にはそれがわかった。それ知ってる、他にないの、ということなく教えてくれたことに感謝をしている。幼い事を差し引いても、この少年自身がとても純真なのだろう。

 子供一人で行動させるのは少し気が引けたが、それでもやはり他人と一緒に過ごしたくはなかった。あの少年は大丈夫だろうが、翡翠は誰かと仲良くなる気はない。どうせ5日間過ぎたら二度と会う事もないのだ。少年と別れて再び翡翠は一人で行動した。


 夜になり、浜辺では運営会社がキャンプスペースを設けているのでそこから少し離れた所で就寝した。さすがに森の中に女一人でグースカ寝れるほど図太くはない。見れば協力し合って宝を見つけようとしている連中ができていた。無論、全員腹の中は宝の横取りやいかに出し抜くかを考えている連中ばかりだ。反吐が出る。中には純粋に宝探しを楽しんでいる者や、いかにも気が弱そうな男などもいる。ああいうのは搾取されて終わりだろうな、と思い借りたブランケットをかぶって寝た。



深夜、翡翠は飛び上がって目が覚めた。

今、夢を見た。巨大な化け物に追われる男の夢だ。自分はそれを客観的に眺めていただけだが、バケモノがくるりと振り返り確かにしゃべった。


“ワタシノナカニ、ハイッテクルナ”


巨大な蜘蛛の足のようなものに弾き飛ばされ目が覚めた。思わずケガをしていないか体を確かめる。当然ケガなどしていないが、後味が悪い。


(あんな変な夢見たことない。なにこれ、この島のせい?)


底冷えするような声だった。しかも、男を追っていたのにこちらを認識したのだ。ただの夢、で片づけるには不気味すぎる。


(入って来るな、か。好きで見た夢じゃないっつーに)


 物心ついた時から不可思議な経験をしてきたのでちょっとおかしな夢をみたくらいでは動じない。次、同じ夢見たら化け物だろうがなんだろうがぶっ飛ばす。そんな気持ちで再び眠りに入る。


 夜明け前に目が覚めた。夢は見なかったようだ、ぐっすり眠れた。辺りを見れば、ちらほら起きだしている人もいる。昨日は人を避けながら散策をして終わったので、今日はちゃんとバードウォッチングしよう、と身支度を整えて朝ごはんをもらいに行った。

 スタッフは寝ていないのだろうか、食事を支給している人は夕べも同じ人だった。若いスタッフの男が好きなのもってって、といろいろと準備している。コンビニ弁当、プロテインバー、賞味期限が長い非常食などいろいろ揃っていた。目玉焼きやフライドポテトなど、その場で簡単にできるものはスタッフが簡易キッチンで調理までしている。翡翠は小食なのであまりいらないな、と思い栄養補助食品と飲み物だけもらってその場を後にする。


「それだけでいいの?」


突然声をかけられ、振り返るとスタッフの男が小さく笑いながら聞いてきた。


「別に、お腹空いてないし」

「今はそうでも後で無茶苦茶お腹すくかもよ?」


 わけのわからないことを言われ、怪訝な表情をしながらそのまま歩き出す。今の男、どんな奴なのかまったくわからなかった。

 こういうことはたまにある、裏表がない人だったり後先を考えずその場だけをノリで生きていたり何も考えていない奴だったり。そいういった者はあくまで「本質がない」という種類だが、今の男のように「まったくわからない」類の人間はいる。あの男の秘書もその類だ。

 人間性がわかると苛々するのに、わからないと薄気味悪いなと思ってしまう。本当に身勝手だ、自分は。


 人にばかり気を取られていたので昨日はじっくり動植物を観察できなかったな、と改めて森の中で植物や動物、昆虫を見てみる。時々トレジャーハンターたちが宝を探したのだろう、土が掘り返したままだったり物をどかしたり壊したりした跡がある。自分たちの欲望の為に荒らしまくってそのままか、と呆れを通り越して憐れにさえ思う。


(金が欲しいなら自分で会社立ち上げて働けよ、効率悪い方法してないで)


 見つけた時の喜びや見つけるまでのわくわくを楽しんでいるのだろうか。全く理解できない。金が欲しいなら雇われる側の人間ではなく経営する側の人間になればいいだけだ。高度経済成長期でもあるまいし、今時副業だっていくらでも稼げる手段はある。いかに自分が無理なく、身の丈に合ったスキルで稼げるかを知って実践すればいいだけなのに。

 翡翠は実は投資をやっていて、十代ながらそれなりに資産もある。どの会社が今伸びそうなのかを分析しそれなりにうまくいっている。能力とは別に、時代の流れと企業成長を見極める観察力が優れているのだ。未成年でお金を得る手段は限られているので、投資に関して翡翠は本気で勉強して実践してきた。


 それにしても、と辺りを見渡す。植物といい、昆虫といい、見たことがないものばかりだ。現実から逃げたい気持ちで来たのでスマホなどはおいてきてしまったから調べられないが、およそ日本の植物とは思えない物が生えていたりする。よく見れば虫も植物もどこかで見たような見た目なのだが微妙に違うのだ。この島独自の進化だろうか?学者が喜びそうな生態系だ、何故ニュースにならないのだろうと思う。


 双眼鏡で鳥がいないか探していると、石が複雑に重なり合った妙なモニュメントのようなものを見つける。近寄ってみれば、自分より少し大きい程度の大きさなので2メートルはないようだ。自然にできた形ではないが、人の手で作り上げたにしても妙だ。石と石はそう、まるで粘土をこねたように奇妙に絡み合って積みあがっている。

 立体的に捉えてみれば、組み立てるのが不可能な造りだ。知恵の輪のようにお互いがお互いを閉じ込めるような、どこも組み立てられない複雑な組み合わさり方をしているのがわかる。一つの石をそういう風に削りだしたか、石が蔓のようにしなやかに絡み合わない限り不可能である。


「……どうなってんの、これ」


 思わずつぶやく。この島、生き物といいこの石といい、おかしなことだらけだ。わくわくなどしない、むしろ猜疑心のような気持ちが生まれてくる。


なんなのだ、この島は。


そっと石に触れる。すると、ボゴン、と妙な音がして触れていた部分の石が急に消えた。


「わ!?」


 少し体重をかけていたせいで前に倒れこむ。転ばずに済んだが、大股で2~3歩中に入ってしまう。はっとして周囲を見れば、そこは正方形でできた部屋だった。大理石のようなもので四方を囲まれている。そう、壁に囲まれていて出入り口がない。閉じ込められたのだ。

 しかもこの部屋、明かりがないのに明るい。外から明かりが入ってきている様子もないのに、部屋全体が輝いているかのように全体を見渡すことができる。

 部屋の中央に何か、台座の上に箱のようなものがあるが翡翠が注目したのはそちらではない。天井と壁だ。何故なら、びっしりと何か書いてあるのだ。

それは日本語ではない。文字ですらないような、一言で説明できない造形の物。絵のような、文字のような、そんなものだ。ヴォイニッチ手稿に似ているかもしれない。

日本語ではない。そのはずなのに。


「なんで……」


 翡翠が呆然と声を上げた。読める、わかる、理解できる。翡翠は確かにここに描かれているものすべて“わかる”のだ。今まで人にしかわからなかった能力がこれにも適用されるということだろうか。

書いてあるのは壮大な物語だ。最初は何をいっているのかわからない部分があったが、読み進めるとみるみる翡翠の顔色が悪くなる。


「事実、書?」


 確かにそう書いてある。預言書、ではない。“事実書”。ここに描かれているのは、過去と現在、そしてこの先に起こる「事実」だ。間違いなく起きることが細かく描かれている。文明の変化、戦争、誰がどんな功績を残すか、震災からパンデミック、そして。


「今、これを読んだ3か月後に、人は、全員……」


消えて、なくなる。


……今、読んだ。

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