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有坂メノウ

 メノウは今とても機嫌が悪い。お腹が空いてだいぶ時間が経っている。何故食事をしないかというと、メノウは美食家だ。中途半端なものは食べたくない。要するに、自分のせいだ。

まったくもう、何でアタシは腹ペコで歩き回ってるんでしょうね!とよくわからない怒りに身を任せずんずんと島の中を歩く。

 メノウはかなり荷物が多い。華奢な少女が背負うには大きすぎる、北アルプスでも越えるんですかと言いたくなるような巨大なリュックを背負っていた。たぶんリュックだけで縦80センチはある。見た目は普通の女子高生なのだが、実はとんでもなく力持ちである。

 あー、もう我慢できん!とポケットから菓子を取り出しポイっと口に放った。甘いがもうちょっと強い甘みが欲しい。これだから安物は、と気晴らしにもならず再びずんずんと進んで行く。すると斜め後ろから声が聞こえた。


「リュックが歩いてる……」


振り返れば、そこにいたのは幼い少年だ。リュックが大きすぎてメノウが見えなかったらしい。メノウの姿を見ると目を丸くして、あ、人だった、とつぶやく。


「あっはっは、私はリュックじゃないぞお?」

「ご、ごめんなさい。リュックに足が生えてるように見えて」


わたわたと慌てる子供。メノウは基本的に子供が好きだ。愛いやつめ、とルンルンで少年に近づく。


「頑張っているかね少年、宝探しは!」

「あ、はい。お菓子とかゲームが入った宝箱を見つけました」


初日の夕方、本部に宝箱を預けていた姿を思い出す。なるほど少年には嬉しい宝だろう。


「お、幸先いいねえ」

「サイサキ?」

「スタートダッシュばっちりだぜってこと」


メノウのちょっとてきとうな説明にも少年はふんふん、と頷いてくれる。それが嬉しくてメノウはにこにこ笑っていたが、突然笑顔を止めて目を見開いた。


「お、おお、おおおおおお!?」


突然謎の雄たけびを上げるメノウに少年はどうしました!?と慌てる。メノウは土下座のように四つん這いになると、少年のズボンのポケットをまじまじと見つめた。


「しょ、少年、ポケットに何が入っているのかな!?」

「ポケット?」


本人も忘れているらしく、ごそごそとポケットを探って取り出したのは。


「あ、そういえば入れっぱなしだった」


それは、石だった。乾いた土がこびりついていてそこらへんに落ちていそうな石。しかしその石を見た途端メノウは飛び跳ねる。文字通り、本当にその場でビクゥ!と飛び跳ねたのだ。


「うっそおおおお!? そ、そ、それ、どこで見つけたの!?」


何故メノウのテンションが高いのかわらない少年は首をかしげながら、小さなリュックの中からこれまた小さな箱を取り出した。


「えっと、この石がこの箱についてて、地面に埋まってました」

「地面……地中じゃなく地表とは……!」


 くう、と悔しそうにバンバンと地面を叩く。今まであの手この手で探しまくっていた。地中も探したし海の中も探したし砂浜は砂の一粒一粒を数えたんじゃないかというくらい念入りに。どこにもなくて、もしかして海流に乗ってどこか遠くに流れてしまったのではと思っていた。だが、実際は存在した。まさかの地表。すぐにガバっと顔をあげてまっすぐ少年の顔を見つめた。


「一生のお願い、それ、私にちょーだい!」

「え、あの、でも、この石ってこの箱にぴったりの形で。これ、面白いから園長先生にあげようと思って」

「ふぁっ!?」


 思わぬ返事に変な声が出た。メノウはこの宝探しの参加者の詳細なデータをすべて知っている。目の前の少年が嵐山海里という、児童養護施設で暮らす心優しいピュアな少年である事ももちろん知っていた。なので、小学生に対する必殺技、「一生のお願い」をすれば貰えるだろうとちょっと軽く考えていたのだ。海里はまったく悪くないのだが、魂に軽いジャブを喰らった気分になった。しかしこんなことで諦めるメノウではない。


「もちろん、タダでとは言わない! すっごい物と交換しよう交換!」


 慌ててメノウはリュックをおろす。ひまわりの里、という児童養護施設の園長は40代の女性だ。施設というのは常に金欠だ、価値のある物を渡すしかない。リュックの中を漁り、次々と地面に並べていく。


「これ、ディーヴァの時計! 世界に10個しかないんだ、すっごい珍しいんだよ! あとこっちはね、純金ネックレス~。見るからにキラキラでしょ? これがハンクーバルの財布、今これプレミアついててすっごいものなんだよ! こっちがレイビーっていう今超人気があがってるブランドのピアスとネックレスと指輪のセット、こっちは鏡なんだけど、アルベルト・ディーンっていう有名デザイナーが考えたやつで今なかなか手に入らないんだよ~、あとこんなのもあるよ、シンプルにお食事券! ただしミシュラン三ツ星の2年先まで予約が埋まってるレストラン、“香和”にファストパスで入れちゃいます!」


次々と地面に並べていく煌びやかな数々の品を見た海里がうわあ、と感嘆の声をあげる。


「凄いですね!」

「ふふ~ん、でしょうでしょう」

「うわ~、どれにしようかなあ」

「どっ!?」


今、なんつった。

ど れ に し よ う か な ?

この子、まさか一個と交換と思ってらっしゃる!?


 どかーん、と頭の中で火山が噴火したような衝撃だ。メノウはもちろんすべてひっくるめて、先ほどの石と交換してもらう気でいた。並べた品々は定価で買ったら総額300万を超えるがメノウにとっては1000万積んでも欲しい石なのだ。

 確かに交換しよう、としか言ってない。でも普通、この流れは全部と交換、って事になるじゃん!? と思わず自分の常識がおかしいのかと疑うレベルだ。

 おそるべし、嵐山海里。この子のピュアさは国宝にするべきレベルだ。今時の子なんて誕生日プレゼントをあげようものなら何でゲーム機とどうぶつの林のセットじゃないんだと文句まで言ってくる子がいるのに。


「あ、あのね少年、一個じゃなくて」

「うーん……あ」


海里はふとメノウの顔を見た。正確には、メノウの頭についているコサージュだ。


「それ」

「へ?」

「その、お花の髪飾りがいいです」

「え? え? え?」


HEY旦那、すまん、なんて? 今なんて?

なんかとんでもない幻聴を聞いた気がするんだが、と聞き返したい衝動にかられた。このコサージュ、髪が鬱陶しいので駅ビルで500円で買ったやつだ。しかも安売りワゴンに詰まれていていろんな人がべたべた触ったのだろう、ちょっとクシャってなってるやつ。


「えっと、あの、こちらの品々は……」

「どれも綺麗なんですけど、園長先生は喜ぶのかなあって思って。先生、いつも畑で野菜のお世話したり僕たちと遊んでるからいつも泥んこで、ご飯も作ってるから時計とか指輪とかしてないです。お財布もバッグもすごく大事にしてるのがあるし。でも、お花は好きだからそれは喜んでくれるかなって思って」


メノウは気を失いそうになる。

あれ、なんだろうこの子。天使かな? 白魔法レベル999なのかな?

そして自分がとんでもなく醜い存在に思える、もう浄化されたい。欲望丸出しでごめんなさい。お坊さんに100時間説法を説いてもらった方がいいのではないだろうか。

地中に埋まる勢いで土下座したい気分だ。


お金の価値とかそんなんじゃないんだ、この子にとって、大好きな園長先生にとって宝となるかで考えている。参ったなあ、敵わん。

メノウは苦笑すると、コサージュを外した。


「じゃあこれと交換、で良いんだね?本当に」

「はい!」


 にこにこと笑う。海里が先に石を渡してきたので、受け取ってメノウもコサージュを差し出した。受け取った海里は嬉しそうだ。疑う事なく先に渡してくるとかもう、どうなってるんだこの子。無論コサージュ一つで交換終わりね、などというつもりはない。


「そうだ、これもあげよう少年」


メノウがごそごそとリュックからから取り出したのはカギだ。玄関の鍵というよりはおもちゃのような、かなり大きい鍵。


「何の鍵ですか?」

「それはね、どんな物でも開くカギだよ」

「??」

「あっはっは、まあそのうち分かるわかる。そういえば、ねえ、さっき箱があるって言ったじゃん?」

「これ?」


海里の手のひらにも乗る小さな箱。石がないせいで妙な穴が開いた箱となってしまった。


「今からそれをもっとカッコイイものにしてあげよう。それを両手に持って、目をつぶって、私が3つ数えたら目を開けてみて」

「手品ですか?」


言いながらも海里は嬉しそうに言われた通りにする。


「1,2,3!」


3,の瞬間に持っていた箱がズシリと重くなった。海里が目を開けると、箱はかなり大きくなっていて見た目も真っ白い下地に美しい幾何学模様が描かれている、豪華な見た目となっていた。所どころにスパンコールのような宝石のようなきれいな石が埋め込まれている。


「あれ? おねえさん?」


目の前にいたはずのメノウはいない。とりあえず箱を開けてみる。すると、とてもきれいな音楽が流れ始めた。


「すごい、オルゴールになってる!」


喜ぶ海里を、近くの茂みから見ていたメノウは満足げに見届ける。久々に気分が良い。もらった石をなくさないよう大事に大事に握りしめながら、メノウは鼻歌交じりにその場を後にした。

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