川口義一 2
「え、ええ?ええっと」
頭の中を整理する。出してくれ、と叫んだら願いを叶えたと声が聞こえた。壁に向かって叫んでいる時真後ろから。つまり、しゃべったのはあの謎の箱だ。
「えっと、つまり……?俺はここに入って、部屋に入って、部屋に入ると閉じ込められる仕掛けになっていて、あの箱は願いを叶えてくれる宝で」
まるで子供が親のいう事を復唱するかのように一つ一つ確認していく。理解できると途端にどっと疲れが出た。
「なんだそりゃ、あの部屋に入ったら、出してくれって願いしか言えないじゃないか」
願いを叶える箱なのに、願う事は一つだけ。よくできているんだか、できていないんだか。
いや、叶う願いを増やしてくれ、でいけないだろうかとごくりと唾をのみ、勇気を振り絞ってもう一度あの場所に行こうと穴に入った。しかし、しばらく進むと穴から出てしまう、それも入ってきた道からだ。確かに一本道だったはずなのに。その後何度試しても同じ結果だった。
「なんだよ、一回限りなのか」
はああ、と大きくため息をついた。まるで魔法のような不思議な体験だ、現実に起きている事が信じられないような。そう簡単にうまいことできないよな、と諦めた。
そして四日目。結局何も宝が見つかっていない、何か一つでも見つけたいと必死に森の中をうろついている時だった。ガサガサと何かをしまう音が近くで聞こえ、警戒しながらそっと音の方を見ると。
一人の少年がうーん、と悩みながら何やら紙を整理整頓している。あの少年は確か初日に見た子だ。持ってきたリュックに紙が入らないらしく、どうやって入れようか試行錯誤しているらしい。子供相手なら警戒する必要などないだろうと、声をかけた。
「どうしたの?」
少年は振り返り、警戒することなく現状を説明し始める。初日に紙をたくさん拾ったが、他の宝を見つけた為リュックに入らなくなったというのだ。少年のリュックは小さい、確かに入らないだろう。
「その紙は?」
「たぶん、賞状です」
賞状? と疑問に思い一枚見せてもらう。そして納得した。なるほど、確かに子供が見たら賞状に見えるだろう。
「ボク、これは賞状じゃないよ」
「そうなんですか?」
きょとん、と首をかしげる。その仕草が可愛く、川口も口元に笑みが浮かんだ。
「これはね、株券っていうんだ」
「カブけん?」
「そう、ええっと、なんていえばいいかな。株式会社って聞いたことある?」
「???」
「えーっと、会社……じゃないな、例えばコンビニとかいろいろお店があるでしょ。そのお店を持ってますよ、っていう、あの、名札みたいなものなんだけど」
「お店は店長さんのものじゃないんですか?」
「え、ああ、うん、そうだね……でもちょっと違ってね」
あ、難しかったかな、と内心少し焦った。考えてみれば相手は低学年の子供だ。株式の説明などしてもわかるはずもない。低学年というとアレだ、テレビの「御覧のスポンサーの提供でお送りします」さえ「ゴランノスポンサーのテーキョーで大栗します」という謎のワードを連呼していると勘違いする年である。何て説明しよう、と川口が困っていると。
「おじさんは、そのカブけんっていうのがわかるんですか?」
おじさん、に少しだけ傷つく。まだ32歳なんだけど、と思ったがこれくらいの年の子から見たら確かにおじさんだろう。この子くらいの子供がいてもおかしくない年なのだから。下手をしたらこの子の父親より年上かも、と内心がっくりしたが表情には出さずあくまで大人の余裕を見せるようにする。
「うん、そうだね」
「じゃあ、あげます」
「え、くれるの?」
「はい、僕よくわからないし重いし、こっちの方が好きです」
言いながら鞄の中を見せてもらうと、大人の自分の両手より大きなサイズの箱が入っている。この箱が少年のリュックの3分の2を占めているようだ。箱の表面にはきらきらとした装飾が施されており、いかにも宝箱ですと言わんばかりの見た目である。ちょっとお高いアンティーク屋とかで売っていそうだ。
「凄いね、何が入ってるの?」
「オルゴールです」
ほら、と開けて見せてくれた。すると箱から音楽が流れ始める。綺麗ですよね、とニコニコ笑って箱を閉じた。優しい子だな、と心が温かくなる。嫌な事続きだったが良いこともあるんだなあ、としんみりしてきた。
「ありがとうね、おじさんもお礼に何かあげられればいいんだけど。何も見つけてなくて」
「そうなんですか」
「うーん……あ、そうだ。ねえ、ちょっとスリリングな事してみない?」
「すり?」
「魔法みたいな事ができるんだけど」
そう言うと少年は目をきらきらさせて食いついて来る。川口は先ほどの話を少年にした。
「つまり、その部屋から出たいっていうお願いしか言えないんですね」
「そういうこと。でも、絶対出られるよ。ワープできるんだ」
ワープ、の単語に少年のテンションが上がる。やはりこういう話は男の子は好きだなあと川口も楽しくなってきた。男は冒険心がないと面白くない。
「じゃあ、それは何でも願いが叶うんですね、すごい!教えてくれてありがとうございます!」
「気をつけてね、一回しか願い事言えないから、絶対にそれしか言っちゃだめだよ」
「はあい!」
ブンブン、と大きく手を振って駆け出して行った。それを見送った後だ、いきなり知らない男に殴られ突き飛ばされたのは。先ほどまでのほっこりした気持ちが吹き飛んでしまいそうだ。ちくしょう、と小さくつぶやく。どうせあの男だって出してくれ、しか言えないに決まっている。ちょっとした意趣返しにはなっただろうと馬鹿な奴だとぼやいた。
突き飛ばされた時に先ほどの株券が散ってしまった。発行済み株券を持っていても所有者になれるわけでもあるまいし、と思いながらそれでも一枚ずつ拾っていく。宝として置いてあったわけなので、もしかして譲渡とかされるのかな、とほのかに期待して。そして、とある株券を拾って目を見開いた。
「え……?これって」
ドクン、ドクン、と鼓動が早くなる。目の錯覚か? 否、錯覚ではない、現実だ。
「ユースアティック株式会社……間違いない、間違いない……」
この会社は。