川口義一 1
川口はついていない事が多い人生だった。今も突然わけもわからず知らない奴に殴られたのである。会ったことがない、何もしていないのに。
パッとしない、頼りにならない、男らしくない、弱そう、後何を言われたことがあったか。いつも人からの評価はそんなものだ。事実そうだと自分でも思っている。
それでも20代後半で結婚できたことは人生最大の幸せだと思っていた。しかも美人だ。性格は少しきついが、欲しいものを買ってあげると女神のようにきれいに笑う。だいたい妻に物を買ってしまうので貯金はほぼないといっていいが、それでも川口は幸せだった。
しかし、ある日突然離婚届を叩きつけられる。わけがわからなかった、喧嘩をしたことはないし何故。話し合おうとしてもいいから書け、の一点張り。何とか食い下がろうとしたら知らない男たちが家に入って来て、DVの証拠だと写真を撮って妻と共に出ていった。その後すぐにDVが認められ即離婚となる。
呆然としたが、ハメられたのだとようやく気付いたのは会社の同僚からの言葉だった。
「え、奥さんずっと不倫してたじゃん。まさか気が付いてなかったの?」
とても不思議そうに言われた。妻も同じ会社に勤めていて、あっちは花形の営業職、自分は平のサラリーマン。格差婚だとひそひそ言われていたのは知っている。
妻の不倫は会社の人間は皆気づいていた。というより妻は隠す気がなかったらしくSNSに男との旅行写真まで載せていたらしい。SNSをやっていたことさえ知らなかった。何で教えてくれなかったのかと言えば「あれだけあからさまなのに気づかない方がどうかしてる、何もしてないから容認してるのかと思ってた」と皆から言われた。
川口の有責で離婚したので何も残っていない。むしろ妻が残したブランド物の買い物のリボ払いが押し付けられた。向こうは弁護士までいて会うことも連絡もできず、良いように使われて捨てられたのだと認めるのにしばらくかかった。認めたくなかったからだ。知りたくもない不倫相手の情報を会社の連中はいろいろ話してくる。今急成長をしているオンラインサービス会社、その会社を立ち上げた社長らしい。自分より5歳年下でモデルのような見た目で年商は億いってるのだとか。
いたたまれなくなり会社は辞めた。今無職だ、コンビニでバイトをしていたがどんくさくて使えない、とクビにされてしまった。
そんな中、応募した事さえ忘れていた宝探しゲームの参加当選が来た。こういうわくわくする物が好きで、少年の心を忘れてない遊び心がある人間、と自分は思っていたが周囲で同意してくれる人はいなかった。いい年してなにやってんの? といろいろな人に言われ、もうそのことを言うのをやめた。
いざゲームに参加すると、和気あいあいとした雰囲気はなく皆目をギラギラさせている。こういう雰囲気は川口は苦手だ。目立たないよう、縮こまりながら自分のペースで宝を探すことにした。
小さな無人島は森、海、川、いろいろなシチュエーションが揃っている。浜辺は運営会社が本部を設置しているのでどうやら浜辺には宝はなさそうだ、と森の中へと進んだ。
初日は何も収穫がなかった。トレジャーハンターがいるらしく、大方めぼしいものが掘られた後だ。そもそも宝探しの素人である川口には、一体どういう場所が怪しいのかさえわからない。何もないまま夜を迎え、本部が設営しているキャンプスペースに行けば他の人はこんな宝を見つけた、と自慢大会が始まっていた。アンタは? と問われ、まだ何も、と答えると宝を見つけた連中は「だろうね、そんな感じだ」とくすくすと笑う。ひょろっと細く筋肉もない、頼りない見た目を言われたのだとわかり居心地が悪かった。
今日はここで寝るが、明日からは野宿にしようと歯を食いしばる。何故、見ず知らずの奴らにまで馬鹿にされなければいけないのか。川口は寝るまでの時間くらい一人でいようとその場を離れた。
そんな中、ふと見ればキャンプスペースにも一人でいる者たちもいる。女子高生くらいの少女は、話しかけるなオーラが凄いので素通りした。そしてもう一人。
「子供じゃないか」
思わずつぶやく。少し見えにくいところに、小学生の少年がいた。体型からするとまだ低学年だろう、一人でいるには危ないのではないだろうかと心配になる。先ほどの連中のように、性格が悪い奴はたくさんいる。
近づいて見れば、少年はすでに寝ている。よほど疲れたのだろう、小さなバッグを枕代わりにすうすうと寝息を立てていた。起こすのもかわいそうなので、一応少し離れた所で川口も就寝した。
翌日、目が覚めると少年はもういなかった。当然だ、川口が起きた時すでに10時を過ぎている。完全に寝過ごしたのだ。急ぐ用事もないのだが、やはり損をした気になる。何故いつも自分はこうなのか。
二日目、森の中でようやく価値がありそうな宝を見つけることができた。骨董品だろう、いくつかの装飾品を見つけたのだがチームを組んだらしい数名の参加者にすべて奪われてしまった。相手は強面で、取り返す勇気もない。
どうしてまたこういう展開になってしまうのだろう、と悔しさがにじむ。その日の夜、一応キャンプスペースを見たが、自分の宝を盗んだ参加者たちがすでに陣取っているし、なんだかチームがどんどん大きくなっているようだ。すでにリーダーのようになっている。あの中には行きたくないな、と一人遠くの浜辺で寝た。
三日目は行っていないところへ行こう、となるべく人をさけて歩いた。昨日の二の舞は御免だし小競り合いや怒鳴りあい、奪い合いをしている姿を何度か見かけたからだ。巻き込まれたらたまらない。
歩いて歩いて、どのくらい歩いたか。足が棒になりそうになったころ、突然目の前に大きな岩が見えてきた。かなり巨大で、プレハブ小屋くらいあるその岩は地面に埋まっているようだ。しかしよく見れば地面と岩の接触面に穴が開いている。自然にできたように見えるその穴は大人2~3人が入れそうな大きさだ。
「なんだろう、風穴かな?」
言いながら懐中電灯を照らして中に入る。こういういかにもな場所にきっとスタッフも宝を置いているだろう、と進んでいった。誰にも見つかっていないといいのだが。
奥に進み、目を見開く。狭い道のようなものが続いていたが、突然巨大な空間に出たのだ。この空間も自然にできた、とはいえなかった。何故なら明らかに人工的に作られたような見た目なのだ。大理石のような白い石でできた正方形の部屋だ。部屋の中央に何かある。
「いかにもって感じだけど……これ、本当にイベント用に作ったのか? だったら凄いな」
近寄りながら声を出せば、部屋の中で反響した。明かりを照らすとそこにあったは台座とその上に乗った四角い箱だ。大きさは30センチ四方といったところか。箱の見た目も大理石のようで、たくさんの宝石のような石が埋め込まれている。
「凄い、これ全部本物の宝石なら凄い宝だ。……っと、これ、もしかして台座にくっついてるのか?」
箱を持ち上げようとしたが持ち上がらない。よく見れば箱と台座に継ぎ目がない。つまり、この箱は台座と一体となっている。台座の下の方を見れば台座と地面にも継ぎ目がない。これらはすべてこの部屋の一つなのだ。
無論そんな事できるはずもないので、きれいに継ぎ目を削っているのだろうとは思うが持っていくのは不可能なようだ。箱を動かそうとしてもびくともしない。デザインは間違いなく箱なのだが、本体と蓋を繋ぐ継ぎ目がなく小さな石棺があるような印象だ。宝が入っているというわけではなさそうだ。それっぽいものを見つけただけ、という事だ。嬉しいような、でもやっぱりがっくりしてしまう。ここに来るまでに結構期待していたのだ、とんでもないお宝があるのでは?と。
隅々まで調べたが何もない。がっかりして、一度元来た道を戻ろうと振り返る。しかし。
「あれ? え、なんで?」
来たはずの道がない。確かに通路のようなところを歩いてきたのに、自分がいるのは穴一つない壁に囲まれた正方形の部屋、どこにも道などない。見失ったとかそういう話ではないのだ、それほど大きな部屋でもないし絶対に見間違うはずもない。慌てて手で壁をべたべた触りながら部屋を歩き回るが、壁を触って一周してしまった。
「そんなバカな!何で!?」
パニックになり、ライトを口にくわえて必死に両手で壁を叩いたり触ったり、とにかくできることをやった。しかし何をどうやってもぐるりと壁に囲まれている事がわかっただけだ。
閉じ込められたのだ、完全に。人の気配はなかった、運営側の質の悪い悪戯というわけでもない。そもそもぽっかり空いていた通路をどうやって埋めたと言うのか。
頭によぎるのは、トレジャーハンター系の映画だ。こういう部屋には何らかのしかけがしてあり、扉がしまって閉じ込められるという展開を見たことがある。どんどん嫌な方に考えがいってしまう。ここに来たのは一人だけ、まして行き先を告げてきた相手などいない。昨日の騒がしい連中と少し仲良くなっておけば、数人で行動しておけばこんなことにはならなかったと後悔だけが押し寄せる。泣きたい気持ちでその場にしゃがみこんだ。
今日を入れて4日、耐えらえるだろうか。さすがに最終日に人数チェックくらいするだろう、それまで待って……。
待っていて、すぐに見つかるか?
こんな場所があるなんて、運営側でも気づいてないかもしれない。こんな危険なものを放置するはずもない。嫌だ、いやだと恐怖が広がっていく。出たい、ここから出たい、死にたくない。
《願いをどうぞ、一つ叶えます》
どこからか、声が聞こえた。びくりと体を震わせてきょろきょろと辺りを見る。化け物でもいたら、と思うと体が震えた。
《願いをどうぞ、一つ叶えます》
何が、誰が、など考えている余裕はなかった。
「ここから出してくれぇ!!」
力の限り叫んだ、それしか思いつかなかった。恐怖に押しつぶされそうだったのだ。
《その願い、叶えました》
次の瞬間には洞窟の外にいた。瞬きをし、きょろきょろと辺りを見る。あの風穴のような穴の真ん前に突っ立っていた。その場にぺたんとしゃがみ込む。