田島正二 1
田島は誰にも邪魔されないよう大きな岩の影に身を潜め、改めて指輪を眺める。指輪には大きな宝石がついていて、パッと見ただけではどんな宝石なのかわからない。持ち物からルーペを取り出し宝石をチェックした。宝石商ほどではないが田島も宝石鑑定くらいはできる。
田島は生粋のトレジャーハンターである。十代の頃から宝を探し、一獲千金を何度も経験してきた。日本では見つけた宝は発見者の物にならない為、活動は主に海外だった。主に沈没船がターゲットだったが、近ごろは海域の取り締まりを強化される傾向が出てきたので地中に埋まる宝にも手を伸ばしてきた。
この宝探しゲームは毎年参加している。抽選ではない、金を渡して参加できるようにしているのだ。独自に調べたところによると運営会社の社員はかなり厳しく取り付く島もない様だが、アルバイトなどは気軽に手なずけることができる。ただし、宝を埋めるのは社員らしいのでその宝を横流しさせることはできない。
昔は宝を探すわくわく感を楽しんでいたが、一度沈没船から大昔の財宝を見つけて2000万を超える資産を手に入れて以来いかに効率よく価値あるものを手に入れるかに手法を変えてきた。このゲームも本当に価値がある骨とう品などを会社が買い取り埋めているらしいとわかり、割と本気で稼げるのだ。
宝石を見ると、今まで見たことのない物だと分かる。色は赤紫色、ガーネット系ではない。少なくともおもちゃの類ではないので何らかの価値はありそうだ。それに宝石を包むリング、汚れているが慎重に泥を取り除くと純金であることがわかる。
こんなものでいちいち喜んだりはしないが、少なくとも収穫ゼロではないので良しとする。金なら絶対に売れるはずだ。頭の中で最近の金のレートをはじき出す。
「……にしても、デカイ指輪だな」
リングの大きさは男である田島の指でもぶかぶかな直径をしている。こういうのは実用性ではなく、飾りだろう。試しに親指にはめてみるが案の定数ミリの隙間が空く。
なくさないよう袋に入れてウェストポーチにしまい、立ち上がって本腰を入れて宝を探すことにした。子どもがぶつかった機材はまったく壊れていない、というよりぶつかった部分は暗視カメラの三脚であり機械ですらない。今回の為に新調した為思わず頭に血が上った。最近稼ぎが悪く、これを買っただけでもかなりの出費なのだ。昔デカイ宝を当てた時はこんなものいくらでも買えたというのに。
ふと顔を上げればあの子供がよいしょよいしょと言いながらデカイ宝箱を抱えて歩いている。スタッフが用意した何の価値もないおもちゃだろう。見た所まだ低学年、子どもにぴったりだ。自分が求めているのはあんなゴミではない、もっともっと価値のある物だ。機材を駆使し、まずは地中に金属類がないか探し始めた。
結局、初日はスタッフが埋めたであろう宝しか見つからなかった。欲しくない物は持たない主義なので見つけてはいらない物を捨てていく。一度これは、と思ったのもあった。わかりにくい場所にあった、厳重に包装された封筒。かなり分厚いので現金かと思い開けて、中身を見て舌打ちをしてすべてばらまいて捨てた。価値があると言えばあるのかもしれないが、あんなものに興味はない。その紙もあの子供が見つけ、一枚ずつ丁寧に拾っているのを見て鼻で笑う。
夕暮れとなり、もうすぐ日が落ちる。暗闇の散策は効率が悪いので早めに休むことにした。あれから何となく売れそうな宝を見つけた。自分なりに鑑定をしてみる。
最初に見つけた指輪、これは宝石と金に価値がある。歴史的価値があるなら美術館に売り、価値が低いなら宝石とリングを分けて売ればいい。他のものを鑑定し、全部でざっと100万くらいになるなと検討をつけるとようやく寝る準備を始める。初日で100万は悪くはない、これはイベントなのだから。
寝泊りは本部でテントを貸してくれたり、組み立て式のプレハブ小屋まである。ただし小屋はスタッフ一名を含めた参加者複数人が一緒に寝泊りするので、そういうのを気にしない人に限る。だいたいは自分でキャンプ道具を持ってきて各自好きな場所で寝るのがセオリーだ。
複数集まれば宝を見つけたのか、自分はこんなの見つけた、と探り合いと自慢大会が始まる為田島は絶対に一人で過ごすと決めている。
立地が悪いのでテントは張らず寝袋にもぐりこむ。トレジャーハンターをしているとサバイバルにも詳しくなる、これで十分だ。心地よい程度の疲労感があり、これはすぐに眠れるなと目を閉じた。
走っている、暗闇の中を。バクバクと心臓の鼓動が激しくなる、汗も大量に噴き出している。
急がなければ、急いで逃げなければ。振り返っても真っ暗で何も見えない。しかし、いるのだ、確実に。それは本当に後ろにいるのだろうか、前にいたりしないだろうか。そんな不安が頭をよぎるが、とにかく走る。逃げなければ、逃げなければ。
はやく、逃げないと。捕まったら、間違いなく。
びくりと体を大きく振るわせて目が覚めた。ぜえぜえと息荒く、今見ていたのが夢であることを知る。寝袋から這い出て時計を見れば2時だった。びっしょりと汗をかいていて蒸し暑く感じた。軽く舌打ちをして着ていたものを一枚脱ぐ。
今まで生きてきて悪夢の類は初めて見た。しかもやけに生々しい。一体何から逃げていたのかわからないが、夢の中で自分は必死だった。
夢は深層心理があらわれたり過去の記憶がバラバラにつながったものだと聞いたことがある。日中カリカリしながら過ごしたのでストレスが溜まって変な夢を見たのだろう、と上がった体温を冷ます。夏とはいえこの島は涼しい方だ。あっという間に汗が引き再び眠りについた。