船旅
後日談2です
ーーーー シェラ ーーーー
私は今、船の上から早朝の大海原を眺めている。
東の空の彼方が赤く染まり、やがて水平線から少しずつ昇ってきた太陽の光が、少し冷えた私の身体を暖める。
今日も変わらず訪れた黎明の世界の美しさに感動を覚え、私は暫しの間その光景に見惚れた。
あの邪神との最終決戦のあと、私は……暫くの間はアクサレナに滞在していたのだけど、グラナに帰国するというエフィメラの誘いを受け、一緒に行くことにしたのだった。
黒神教は最高指導者たる教皇リュートと、幹部の七天禍を失ったことから弱体化は必至と考えられた。
そのため、これを機に皇族の復権を果たし……国内の安定化をはかり、その上でカルヴァード大陸諸国との国交樹立を目指す……そう、彼女は意気込んでいた。
確かに千載一遇のチャンスだろうが、その道のりは果てしなく遠いだろう。
でも、それは私の願いでもある。
はるか昔にリディアと交わした約束。
今こそ、それを果たす時が来たのだ。
そうして私達は、カティアさん達に見送られイスパル王国王都アクサレナを出発した。
カカロニアの王都オスクシュを経由し、同国の港町タランプトに到着したのが三日前の事。
そこから出航した船は順調に航海を続け……今に至る。
アクサレナを出てから既に数週間が経過していた。
船員たちの話によれば、目指す東大陸の港町ラファには、もう三日程で到着するだろう……とのこと。
「シェラさん、おはようございます」
「あ、イスファハン王子……おはようございます」
甲板に出て海を眺めていた私に、イスファハン王子が声をかけてきた。
まだみんな寝ているような時間だけど、彼の笑顔には、寝起きといった雰囲気は見られなかった。
イスファハン王子は、私達一行がオスクシュに到着した時に出迎えてくれて……どういうわけか今も一緒にいる。
流石にグラナ本国まで同行するわけではないけど、ラファまでは送り届ける……と言って、同行してくれたのだ。
この船も、カカロニア王家所有のものらしい。
どうやらカティアさんが色々と彼に頼んでくれていたようで、改めて彼女に感謝する。
『シェラさんには色々と恩がありますから!』なんてカティアさんは言ってくれたけど、絶対に私のほうが助けてもらってるわよね……
「慣れない船旅だと、なかなか眠れませんでしたかね?」
「あ、いえ、その……折角のきれいな海だから、もっと景色が見たいな……と思って。こんな大きな船に乗るのも初めてですし」
「そうですか、そいつは良かった」
私の言葉に、彼は嬉しそうにそう言う。
「イスファハン王子こそ、随分とお早いですね?」
「あぁ……ここ最近は軍で生活していたからか、すっかり早起きが習慣になりましてね。おかげで、朝早くから美しい女性と会話できるんですから、得した気分ですよ」
「まぁ……でも、相手は私じゃなくてエフィの方が良かったんじゃないですか?」
彼の言葉に、私はクスクスと笑いながら、少し意地悪な言葉で返す。
「そんな事無いですよ。……でも、シェラさんを口説いたりしたら、ロラン殿に睨まれますよ」
「そ、そんな事は……」
急にそんな事を言うものだから、ちょっと挙動不審になってしまったじゃない……もう。
今回のグラナへの旅には、ロランも同行している。
彼もグラナ帝国で長らく活動していたから、愛着を持ってくれているのだと思う。
それに、私のために助けてくれる……と言うのは、たぶん自惚れではないと思いたい。
だけど、そのロランといえば……
「……まあ、今は、そんな余裕もないでしょうけど」
「あ〜……まだダメですか」
「少なくとも昨日の夜は全然……あとで様子を見てきます」
それから暫くイスファハン王子と話していると、ちらほらと他の人たちも甲板に上がって来る。
私達以外には早番の乗組員くらいしか姿が見えなかった甲板上が、にわかに活気づきはじめた。
私達と一緒にグラナに帰国するブレイグ将軍や、彼の部下たち。
それに、カティアさんの同級生であるガエル君。
どうやら将軍の指導のもと朝の鍛錬がはじまる様子。
早くから精が出るわね。
そして、少し遅れてエフィメラもやってきた。
「おはよう、エフィ。……それじゃあイスファハン王子、私はロランの様子を見てくるので、ごゆっくり……」
王子に目配せしてから私はその場をあとにする。
「え?り、リシェラネイア様……?」
戸惑うエフィメラの声が聞こえたけど、まあ若い二人の邪魔するのは悪いですから……なんて。
イスファハン王子がどこまで本気なのかは分からないけど、少しはサポートさせてもらうわ。
船に乗せてもらったお礼……というわけじゃないけど。
そうして二人が会話をし始めたのを後目に、私は船室に向かった。
「……ロラン、入るわよ」
「……ああ」
ノックしてから、そぉ〜……とドアを開けて声をかけると、予想していたよりもしっかりした返事が返ってきた。
安心した私は、少し遠慮がちに客室に入る。
流石に王家所有の船というだけあって、室内はかなり広く内装も豪勢だ。
私やエフィの部屋の方がもう少し広いみたいだけど、そこまでの差は無いみたい。
ロランが横になっているベッドに近付いて様子を覗いながら尋ねる。
「どうかしら、体調は?」
「……昨日よりはマシだな」
確かに昨日よりは幾分か顔色は良くなっているように見えるけど、本調子には程遠いかしらね。
「まったく情けねえぜ……魔族だった時には、こんな船酔いなんてしなかったんだがなぁ……」
「ふふ……そう考えると、少し惜しい気もするかしら?」
「そうさなぁ……これからも力はあるに越したことはないからな。まぁ、でも……銀髪も似合っていたが、やっぱお前は黒髪が一番だと思うぜ」
「……もう。またそんな事を言って」
不意打ちで言われて、ちょっと動揺する。
どうも、再会してから事あるごとにそう言うセリフを口にするのよね。
ま、まあ、悪い気はしないのだけど……
『愛する人と結ばれて……可愛い子供を産んで……』
不意に、ヴィーの最期の言葉を思い出す。
あの子の願い、交わした大切な約束……
……はっ!?
べ、別に、ロランがその相手というわけじゃ……!?
「……?どうした、顔が赤いぞ。風邪でもひいたか?」
「な、何でもないわ!!」
ロランの言葉に慌てふためきながら、内心で湧き上がった思いを掻き消そうとする。
……でも。
彼と過ごすこの先の未来を想像すると、暖かな気持ちになる。
それは、偽りのない私の想いであった。




