第十五幕 8 『立ちはだかるもの』
今頃……カルヴァードとグラナの大戦が始まってしまってるだろうか?
神様たちは地上に降臨して、力を貸してくれているだろうか?
ロランさんに案内されて『黒き神の神殿』に向かう道すがら、そんな考えが頭によぎる。
だけど、いくら心配したところで、今の私達には戦いの状況を知る術もない。
レティに借りた通話の魔導具も、流石にここまで来たら通じなかった。
だから、いまは心配な気持ちを圧し殺して、ひたすらに前進を続けるだけだ。
……いや、むしろ私達の方こそ他所の心配をしている場合ではないかも知れない。
占星術師との戦いが終わったあと、突然現れたあの禍々しい気配は、今こうしている間にもどんどん強く なっている。
強大な何者かの存在をひしひしと感じるのだ。
「これが邪神のものだとしたら……こんな気配を放つ存在に、私達は勝てるのでしょうか?」
「「「…………」」」
あの、いつも揺るぎなく前進するルシェーラでさえも、そんな言葉を口にする。
それは、誰もが抱く思いを代弁するものだった。
彼女の呟きに、誰も答えることができない。
いつも天真爛漫で明るいミーティアやメリエルちゃんでさえも、今は不安げな表情だ。
私は重苦しい空気を振り払うように、殊更冷静であるようにつとめて、ロランさんに質問する。
「ロランさん、この気配を放つ存在について、何か知らないですか?」
「いえ、カティア姫。私は黒神教幹部ではありましたが……このような存在の事は知りませんでした。恐らくは、魔王や軍師、調律師あたりは何か知ってると思いますが……」
丁寧な口調でロランさんが答えてくれる。
……どうも、リル姉さんの印を受け継ぐ私に対して敬意を払ってくれているらしい。
元々は、アルマ王家に仕える貴族家の出だから……と言う事みたい。
アグレアス侯爵と同じだ。
夢の中でも、テオフィールに対しては敬語だったしね。
「あともう少しで神殿に着きます。この気配の正体も……否が応でも知る事になるでしょう」
「でも、その前に……ロラン。とうさ……魔王と調律師、軍師が神殿に居るのでしょう?」
それを聞くシェラさんの表情は硬い。
それはそうだろう。
敵対しているとは言え、魔王と調律師は彼女の肉親だ。
複雑な想いが渦巻いているのは想像に難くない。
それでも、シェラさんは戦う道を選んだ。
その覚悟たるや……推して知るべし。
「その筈だ。軍師のヤツは、グラナ侵攻はついでのような口振りだったぜ。あくまでも、カティア様を神殿に招き入れるのが本当の目的……そんな感じだった」
「…………」
魔王や調律師たちがグラナ侵攻と言う大きな戦いには帯同せず、神殿に留まっている。
それは、ロランさんが言う通り、彼らにとってカルヴァードへの侵攻は真の目的では無いと言う事なのだろう。
そして……
やはり、『軍師』の正体は……彼なのか?
だとすると……私を本拠地に招き入れる、その意図は?
道を急ぎながらも、先程から考えが堂々巡りになって、何とも言えない恐れのようなものが込み上げてくる。
「カティア」
そんな私の様子を見かねたのか、テオが声をかけてくれた。
「大丈夫だ。お前はお前だ。自分を見失うなよ。今、ここにいるのが……俺の目の前にいるのが、カティアなんだ」
……全くもう。
この人はいつも、私が欲しいときに欲しい言葉をかけてくれる。
ますます好きになっちゃうじゃないか。
テオだけじゃ無い。
他のみんなも、私を見て頷く。
「ママ」
ミーティアが、ギュッと私の手を握る。
そうだね。
今の私は、もう……
前世に囚われる必要なんか無い。
例え『軍師』が『彼』だとしても……それで私が私を見失うことは無い。
「大丈夫だよ。みんな、ありがとう。どちらにしても、もうすぐ答えは分かる……行こう!」
もう目的地は近い。
全ての謎は、きっとそこで解ける。
だが、そんな風に気を取り直し、荒野を駆ける私たちの前に、立ちはだかる者がいた。
それは……
「ここから先には行かせませんよ」
「ヴィー!?」
そう……あの、『調律師』ヴィリティニーアだった。
カルヴァードで暗躍していた因縁の相手……避けて通れない相手だ。
だったら、今こそここで決着を付けるんだ!!!




