第七幕 24 『武神杯〜予選終了』
その後、第7試合以降は特に気になる選手はおらず、波乱もなくサクサクと進んで行く。
そして…
『では、第11試合の選手の皆さん、舞台へどうぞ!』
とのアナウンスに従って舞台に上がった選手の中に、見知った顔が…
「ティダ兄!?」
「あ、ホントですね。ティダさんも参加されてたんですね〜」
私が気付いたことにティダ兄も気付いたらしく、こちらに向かって軽く手を上げる。
「う〜ん、ティダ兄が参加するなんて意外だなぁ。こう言う大会には興味ないと思ったんだけど…」
まあ、後で聞いてみればいいか。
でも、もしティダ兄と当たるとしたら…決勝と言うことになるか?
『では、第11試合…始め!!』
試合開始の合図がかかるが、今回はみんな慎重策を取ったのかすぐには動かないようだ。
…いや。
動かないのではなく、動けないのか。
ティダ兄から放たれる凄まじい剣気にあてられて…
ティダ兄も自分からは攻撃せずに、相手が動くのを待っている。
やがて、どうにか気を取り直して動いた選手たちは…
「こ、降参だ…」
「お、俺も…」
…
……
………
『あ…え〜と?…ま、まさか!一人を除いて全員が棄権!?』
「…うそん?」
「いや、驚きました…」
「観客は大ブーイングですけど…むしろ彼らは優秀だと言えますね」
ある意味ではケイトリンの言う通りだろう。
実力差を肌で感じて正確に判断を下したと言う事だから。
とにかく自分の命を最優先に考えないと冒険者なんてやってられないからね。
そういう意味では正しい判断だ。
だけど…
「…でもやっぱりちょっと勿体ないよ。折角安全性が担保されてるんだから。自分より格上の人と戦うなんて凄くいい経験になるのになぁ…」
「あはは、そうかもしれませんけど…そもそもそれほど打ち合えそうもないって判断したんじゃないですかね?」
「確かに。何でか分からないけどティダ兄も最初から本気だったみたいだし…しょうがないのかな…」
『驚きの結果ですが…勝者はティダ選手です!!』
観客は納得出来ない様子だが、司会のお姉さんが勝利者の宣言を行う。
どよめきが収まらない会場の様子もまるで気にならない様子で、舞台から降りたティダ兄は私達がいる席の方までやってくる。
周りの選手達は気圧された様子で、道を譲っている。
「ティダ兄、驚いたよ。何で出場してるの?」
「ああ…抑止力って事でな。ウチの中から代表して参加する事になったんだ」
「…抑止力?」
「先日襲撃があったろ?だからな…ウチの一座に迂闊に手を出したら唯では済まん…と、知らしめるためにな」
「ああ、そういう…だったら他の皆も参加すればよかったんじゃ?」
「いや、それは宰相閣下にやめてくれと懇願された。エーデルワイスだけで本戦出場枠を制覇されても困る、と。…今日の出場者を見た限り、そんな事にはならなかったとは思うがな」
そうだね、ラウルさんを筆頭にジリオンさんやエルフ姉弟も強かったし。
この後もまだ強い人が控えてるかも知れないし。
しかし宰相閣下には面倒をかけたみたいだね。
…後でフォローしとこ。
「で、ティダ兄は…」
「ハズレくじを引いた。ダードは別にやることがあるからと最初から参加してないしな」
「別にやる事?父さんが?」
「いずれ分かる」
?
何だろ。
まあ、何れ分かるって言ってるし、今はいっか。
「しかし…力を見せつけようと最初から本気を出したのは失敗だったな。これでは目的が果たせんよ」
「まさか皆棄権しちゃうなんてね」
「ああ。全く、情けない事だ…」
「まあ、本戦ならそんな事も無いでしょ」
「そうだと良いが。それよりも…お前もそのけったいな格好をやめてくれると、より喧伝効果があるのだがな?」
「う〜ん…じゃあ決勝まで行ったらね」
こんな怪しい格好をしておいて本戦初戦からしれっと無かったことにするのはちょっと…
『さあ、いよいよ予選最後の…第16試合、始め!!』
その後試合はサクサク進んで、ついに予選最後の試合となった。
その間特に気になる人はいなかったんだけど、この試合は…
「ティダ兄、あの人」
「ああ。なかなか骨の有りそうな奴だ」
私達が注目しているのは、全身鎧に身を包んだ選手。
兜もしているので顔は見えないが、体格から言って男だとは思う。
あれ程の重装備にも関わらず、動きはそれを感じさせないほど軽快かつ俊敏である。
そして武器が一風変わっている。
「アレは…『ウルミー』?」
「何だ?それは?」
「あの人が持ってる武器だよ。薄く柔らかい鉄を使った、鞭みたいにしなる剣のこと」
「ほう…流石はカティア。よく知ってるな」
扱いが難しくて自傷の危険性が高いのだけど…あの全身鎧ならあまり気にしないでも良さそう。
だけど、そんな事は杞憂らしく巧みに操って着実に敵を屠っていく。
「器用なものだ。だが…あれは全く本気を出して無いな」
「そうだろうね。片手間って感じ」
まるで蛇がうねるようなその変則的な斬撃は相手の防御をかいくぐって確実にダメージを与える。
だが、ティダ兄の言うとおりまるで本気は出しておらず、どこか作業的である。
他に突出した強者はいないみたいだし、手の内も見せる必要は無いということだろう。
だが、それでも武器自体の間合いの広さと防御困難な変則的な斬撃で一方的な展開になっている。
そして…
『そこまで!勝者は…イーディス選手です!!』
予選最後の勝ち名乗りとなった。
「終わったね。じゃあ引き上げましょうか」
予選の試合が全て終わって明日からの本戦出場者が出揃い、今日はこれで終わりなので引き上げようとしたとき…ラウルさんが近付いてきて声をかけてきた。
「ティダのアニキ!!」
「ラウルか。久しぶりだな」
何と…ティダ兄とラウルさんは知り合いみたいだ。
しかし、『アニキ』とは…
「お久しぶりっす。まさかアニキが出場してるとは思いませんでしたよ」
「乗り気だった訳じゃないんだが…色々あってな」
「ふぅん?…ところで、そっちの嬢ちゃんとは知り合いで?」
「ああ…お前は知らないのか。ダードの義娘だ」
「ええ!?団長のですか!?」
「団長…と言うことは、もしかして傭兵団の頃の?」
今も歌劇団の団長だけど、雰囲気的には昔の知り合いっぽいし…それで『団長』だと傭兵団って事だろう。
「そうだ。傭兵団の頃はまだ駆け出しの若造だったんだがな。随分と強くなったものだ」
「へへ…もう15年以上前の話じゃないですか。俺もあの後鍛錬を欠かしたことは無いっすからね。ところで、皆元気ですか?」
「ああ、お前と同じように団を辞めた者も何人かいるがな、元気にやってるぞ。今ではすっかり人気の歌劇団員だ」
「そう!それそれ!なんすか、歌劇団って?噂で聞いたときは意味が分からなかったですよ」
そうだね、改めて聞くと何ソレって感じだよねぇ…
「まあ、積もる話は後でしよう。折角の再会なんだ、他の連中も交えてな。時間はあるんだろ?」
「お、そういう事なら。大会中は試合しか予定は無いですから、ぜひ」
「よし、分かった。…カティアはどうする?」
「私?う〜ん、凄く行きたいんだけど…明日は開会式にも出ないとだから、やめとくよ」
父様と一緒に開会式に出席するから朝早くから準備が必要だし。
「そうか、分かった」
「カティア…?ああ、呼称を使ってるのか。ん…?カティア?どこかで……?」
ラウルさんは王都外から来た人だけど、どこかで噂は聞いてるのかもね。
「ほら、ブツブツ言ってないで行くぞ。カティア、またな」
「スミマセン!じゃあ嬢ちゃん、またな!」
「はい、また明日」
二人は連れ立ってその場を立ち去っていった。
「じゃあ私達も帰りましょうか」
「はい。その前に…カティア様、本戦出場おめでとうございます!」
「おめでとうございます。臣下として嬉しく思います」
「うん、二人ともありがとう。でも、明日からが本番だからね。もっと気合を入れていかなくちゃ!」
予選を制した16名による真の戦いは明日から。
強者同士の熾烈な戦いに思いを馳せて、私は未だ興奮冷めやらぬ会場を後にするのだった。




