第4話:レガッタ・1
ξ˚⊿˚)ξ <今日も2話ですのよ!……明日からは1話ね。
結局ゼニヤッタからはどうやって帰ったのか覚えていない。
翌日アヴィーナから聞いたところ、農学のノートはルートヴィッヒ様が持っていかれたと言うことと、先に立ったルートヴィッヒ様があの卓の料金は払って帰ったと言うこと。
そしてアヴィーナからはレガッタの観戦チケットを2枚貰った。わたしと兄の分である。
そして数日後。いよいよレガッタの日を迎える。
この日は快晴。ちょっと暑さを感じるくらいの陽気。
ドレスを着て日傘を差し、兄と出かける。
辻馬車を拾い、王都の中央を流れるミードリー川を上流へ。……逆か。古代にはミードリーの川辺に町が作られたのよね。
アヴィーナの用意してくれた席は川沿いの酒場、『ブルー・タートル』の二階席。
窓際の特等席で、眼下には裕福な平民や下位の貴族たちがお洒落して笑い歩き、土手の仮設席へと向かう。
ミードリーの水面はきらきらと陽光を反射して煌めき、水鳥がその上をすーっと滑るように飛んでいった。
「おい、テサシア。こんな良い席貰うってどういうことだ」
わたしの隣でマサキア兄様が声をひそめて尋ねる。
「言ったでしょう、子爵家の友人から貰ったのよ。大丈夫、支払いも向こう持ちだからさ」
オリーブとチーズの載った皿、兄様の前にはワイン、わたしの前には紅茶。
ひょいと緑のオリーブの実を口へ。ん、まろやかな塩気と酸味。おいしい。
「……場違いでは?」
兄様が視線を彷徨わせる。ブルー・タートルは大衆向けの酒場だけど、今日この日の二階席は貴族たちによる貸し切り。公や侯と言う程の高位向けでは無いけど、伯爵・子爵くらい居るわけ。
そもそもキンシャーチャ子爵家で取った席でしょうしね。
「気にしないで大丈夫よ」
「お嬢さん」
早速声をかけられた。落ち着いた声の初老の殿方。立ち上がろうとするわたしたちを手でとどめ、優しそうな笑みを浮かべる。隣には上品なドレスを纏った初老の奥様であろう女性。
「現役かね?」
「ええ、三年生ですわ」
ご老人の胸元のネクタイは紫紺に金の斜線。ええ、カウフォード・レジメンタルですもの。奥様の胸元にも同色のコサージュがあるわ。
「やはり我らの後輩か、そちらは?」
兄を見る。
「兄です。わたしの家は辺境のしがない男爵家ですが、父と兄はせめてわたしだけでもとカウフォードに入学させてくれましたの」
ご老人は相好を崩した。
「それは素晴らしい父上に兄君だな。お名前は?」
「テサシア・ノーザランと申します」
「は、マサキア・ノーザランと申します」
「うむ、ユグドラース・シダーゲイトだ。こちらは妻のニーサ」
シダーゲイト伯!
大貴族じゃない。……兄の言うようにちょっと場違いだったかも。
奥様がわたしに話し掛けられる。
「ノーザランというと、北方のエッゾニアを平定したセヒーロ卿の末裔かしら」
おお、お詳しい。
「ええ、でもわたしたちはその分家のさらに分家というような男爵家ですよ、奥様」
苦笑して答える。
伯は兄様に任せ、わたしは奥様とお話し。
「テサシアさんはカウフォードで何を学んでるのかしら」
「淑女教育と教養を広く。でも専攻は……農学です」
女性らしくないと眉を顰められるかと思ったけど、奥様はにっこりと微笑まれた。
「ノーザランの領地のための勉強ね。エッゾランドの方は行ったことないのだけど、どんなものが育てられているのかしら」
「何もない田舎です。ただ広くて、夏もあまり暑くならない土地で小麦も育ちが悪く、花は薊が有名なくらいでしょうか。
でも羊飼いが多くて、紡績は盛んですね。指先が器用な女たちが多く、伝統的なキルトや近年は刺繍もやってますよ」
「まあ!テサシアさんも刺繍をされるの?」
わたしは兄の胸ポケットからチーフを抜き取って広げた。
「拙いものですが」
わたしが刺繍した薊の紋様、隅にマサキアの名。
「まあまあまあ!素敵じゃない!」
ふふ、実は刺繍だけはちょっとだけ自信があるの。
「素晴らしい出来だね」
……ひうっ!?
「あら、アーヴェライン侯爵のご長男ね。ご機嫌よう」
わたしが壊れた紡績器のようにぎぎぎと身体を背後に向けると、小脇にシルクハットとステッキを優美に抱えたルートヴィッヒ様が立ってこちらの手元を覗き込んでいます。
「ご機嫌よう、ミセス・シダーゲート。ミス・ノーザラン」
「ご、ご機嫌よう、ルートヴィッヒ様。な、ななな」
天気が良すぎて逆に少し薄暗く感じる室内で、ルートヴィッヒ様の周囲だけきらきらと輝いているように見えます。
「なぜここにいるかって?」
こくこくと頷きます。
「もちろん、君に会いたかったからだ」
ひうっっ!
「あらあら。そうよね、いつもは侯爵家の川沿いのタウンハウスから観戦されているものね」
「ええ、今日は彼女と話したくてわざわざ席を取らせていただいたのです」
「まあまあ!どうぞお座りになって」
ニーサ様が席を譲り、ユグドラース様がバーカウンターに兄を連れ出します。ルートヴィッヒ様がわたしの隣に座られました。
あああ、何!なんなのこれは!
はっと気づきました。
……アヴィーナ!
キッと川向こうの建物を見つめます。
オペラグラスでこちらを見ている女性。わたしの視線に気づくと扇を広げてわざとらしく顔を隠しました。
「あーいーつーめー……」
わたしが睨んでいると、隣に座っている婚約者であろう男性の腕を取って甘える仕草をします。
わたしが脳内でアヴィーナをぼこぼこにしていると、ルートヴィッヒ様が楽しそうにニーサ様と話されているのが聞こえます。
「ええ、本来ならこの席はキンシャーチャ子爵令嬢の席だったのですが、無理を言ってお譲り頂いたのですよ」
嘘よ、あの子絶対喜んで譲ったに決まってるわ。