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第3話:喫茶店・2

「でもテサシアってわたしたちと違って婚約者とか決まってないわよね」


 そう問われ、わたしは顔をしかめた。


「あのね、それは分不相応な婚姻を狙ってるとかじゃなくて、ノーザランなんて田舎の男爵家じゃ持参金もままならないからよ。

 準男爵家か騎士か、あるいはちょっと裕福な商家にでも嫁入りできれば御の字だわ」


 わたしはカフェラテで喉を潤す。


「テサシアは頭も良いし可愛いし、もっと上を狙ってもいいと思うんだけどなー」


「そうそう」


 友人たちの言葉にわたしは苦笑する。


「可愛い程度じゃ話にならないわ。美しいとか神々しいくらいじゃないと。上位貴族の令嬢たちってそうじゃない?あと聖女様もさ」


「あー、わかる。あの黒髪は神秘的よねー」


 ミズキ様の御髪は長く垂らした漆黒のもの。黒なのに聖なる魔力を宿しているのか、内から優しく輝いているように見えるもの。


「それに家格の高い貴族家の令嬢令息は金銀の御髪、緑や青の瞳が多いでしょう。

 わたしなんて濃い栗色の髪に灰の瞳よ。相手にならないわ」


 家族には鹿毛かげの馬のような色と言われていた髪をつまむ。


「でもルートヴィッヒ様のこと好きなんでしょ?」


 わたしはじっとアヴィーナを見据えて言う。


「好きとかそんな畏れ多い感情は抱けないわ。そう……ただ尊いの」


「「尊い」」


 みなさんの声が揃った。


「わたしにとってのルートヴィッヒ様は聖人、いや神。あのお方のお姿はその均整のとれた肉体も、天の河の如き長い銀の御髪も、紫水晶アメジストや深い海を思わせる紫の瞳も、そしてそれがまた眼鏡という煌めきのとばりの奥にあるのも……、そのお姿全てがどんな美術品より価値があり、そのお声は天上の調べ。わたしはあのお方と同じ時間、空間に存在しているその幸運を噛み締めるだけで100年は戦えるわ。ああ、ルートヴィッヒ様の眼鏡になりたい……」


 わたしがため息をつくと、みなさん天を仰いだり、頭痛を堪えるような仕草をします。何よもー。


 ああ、ルートヴィッヒ様。


 眼鏡をくいっと上げる指が素敵。

 議論の中で『私はそうは思いませんね』と異を唱える姿も素敵。

 わたしのことを知りもしない貴方が素敵。


「わたしはそうは思いませんね」


 真似してカフェで言ってみる。

 友人たちは目をまんまるにした。


「へえ、興味深いね。話を聞こうか」


 突然天上の調べが耳を打つ。


 貴方が隣の席から椅子を引っ張ってきてわたしの隣に座った。

 ひうっ、と息が詰まる。


「続けて?」


 なぜここにルートヴィッヒ様が!?

 あまりの衝撃に声を出せず口をぱくぱくとさせていると、彼はその心を読んだかのように説明してくださる。


「しばらく学校を休んでいたからね。今日は事務と生徒会に顔を出して、週明けから登校するつもりだったんだ。

 帰り道にわたしの名前が聞こえたから近付いたのだけど。……婚約者のいないミス・ノーザランが私に興味を持っていただけていると、そう言うことで宜しいかな?」


 わたしが必死に首を横に振り、他の3人は何度も頷く。


「いやいやいやいや、そんなわたしみたいなのがルートヴィッヒ様じゃない、ミスター・ベルモンドに興味持っているなど……!」


 ルートヴィッヒ様の唇が優雅な弧を描く。

 はうっ……!


「私がアーヴェライン侯爵令息であるだけじゃなく、ちゃんとベルモンド子爵の称号も持つと知っているのに興味ないと言うことも無いだろう。

 ああ、学生身分だしね、ルートヴィッヒで構わないよ」


 な、なな。なんと畏れ多い……。

 ルートヴィッヒ様は肩をすくめて言った。


「ところで、そのルートヴィッヒ氏なんだが、婚約者がいなくなってしまってね。フリーらしいんだ」


「まあ、それは残念なことですわ」


 わざとらしくアヴィーナが声をあげる。


「君はミス・キンシャーチャだね。どこかに私のことが気になっていてフリーの素晴らしい女性はいないものか」


「ふふふ、テサシア・ノーザランという令嬢がルートヴィッヒ様のことをとても良く思っていて、婚約者もいないらしいですわよ」


 な、なななななにを。


「へえ、ミス・ノーザランね。ご紹介いただけるかな」


「す、素晴らしくないですわ!そんな令嬢!」


 わたしは思わず声をあげる。


「自己評価の低い子なので」


 アヴィーナ!


 ルートヴィッヒ様は机の上に目を落とし、そこにあるものに目を留められた。わたしのノート!

 純白の手袋に包まれたお手が『現代農学』と書かれたそれを取る。


 ノートをめくるその仕草すら優美。

 さらさらと眺めているだけのように見えて、その瞳は小刻みに動く。そしてノートの中程から真剣に読み込み始める。

 そして最後まで読み終えると、大切な物を扱うがごとく、ゆっくりとノートを閉じた。


「良く纏められたノートだね」


「テサシアのものですわ」


「なるほど、才女であるようだ」


「そ、そんな」


 ルートヴィッヒ様がこちらへと向き直り、わたしの目を見据えた。

 眼鏡の奥、紫の瞳がわたしを正面から映している。


「輪栽式農法。最新の六圃輪栽式農法について。アルフォーク地方でそれが成功したのはなぜか。他領でそれを行うための要件と問題点。さらには六圃輪栽式農法が適合しない旧来の小麦生産地が迎える転換点についての私見……。

 このノート、お借りしてもよろしいだろうか」


「ひゃ、ひゃい!」


 噛んだ……死にたい。

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『モブ令嬢テサシア・ノーザランは理想の恋を追い求めない。』


8月1日発売


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― 新着の感想 ―
[良い点] 話を重ねる毎に盛り上がっていく展開や、次話が気になる終わらせ方がお見事です。 「わたしのことを知りもしない貴方が素敵」 深いですね。 報われない片想いから、押し付けられた両想いに発展する…
[一言] 私も眼鏡になりたい…… でもアヴィーナちゃんになりきってテサ×ルーを応援しないといけないから頑張って読むね……
[一言] おめでとうございます。
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