第12話:アーヴェライン領
どどどど、と馬群の進む音。街道沿いをこれで何日も走り続けてきたとか事件ですわよねこれ。
ええ、農夫の方がこちらを見て腰を抜かしてますわ。
すいません、すぐ行きますので。
 
さて。
 
なぜかその先頭をわたしが進んでいる訳ですが。
ええ、わたしがこの群れを率いているように見えるでしょう?
 
実はニシンスキーが勝手に走ってるだけなのよね。
手綱を引いても鬣を掴んでも気にせず走られている。つまりわたしは背中に乗せられた飾りのように無視されているという。
 
どどどどど。
 
うーん。まあニシンスキーも群れの主らしく、後方の馬群が散っていないか、遅れていないか気にしてくれているので良いのですけど。
 
横乗りなので後ろはよく見えます。馬群の中、従者がノーザランの旗を持ち、たなびかせています。
うちの領土の馬は脚が速い訳ではないけど、体格は大きく力と体力はあるの。背中に草や根菜なんかの食料をかなり積載しているのに、元気良く走っている。
 
「……まれ…………おい……おーい………止まれ!」
 
ん、前方に騎兵が。手をあげて止まるよう指示を出している。
 
「ちょっとニシンスキー?そろそろ止まらない?」
 
ぶるるるる。
……はい。
 
わたしが手綱を引いても止まらず、そのまま直進。
騎兵の方達が武器を抜き、でも女性であるからか手を出そうか躊躇しているところを迷わず駆け抜けます。
 
さらには前方に柵。わたしの肩の高さくらいあるそれを見てニシンスキーはさらに加速。
 
「え、ね、ねえ。本気?」
 
わたしは身を低くし、首に抱きつくような姿勢で手綱を握り締めます。
ぐっとニシンスキーが前傾となり、跳ね上がります。視線がぐっと高くなりました。ひゃっ。
浮遊感、衝撃。柵を飛び越えたニシンスキーはそのまま直進。
 
正面には別の騎兵の方々、そして中央には白馬、その馬上には銀髪の貴公子。
ルートヴィッヒ様!腰には細身の剣を吊るした乗馬服姿。だめ、お似合いすぎる。辛い。
 
「テサシア嬢……?」
 
ルートヴィッヒ様が怪訝な表情でこちらを見つめています。
 
ニシンスキーは彼らの前をぐるぐるとまわると、ルートヴィッヒ様の白馬を睨みはじめます。ううむ、あちらも良い馬ですわ。体躯はこちらの方が上、でもあちらはスッと引き締まって速そうな肉付きに見えます。アーヴェラインの名馬なのでしょうか。
ぶるぶると頭を振りながら寄っていくニシンスキー。これは……どっちが格上か気になってるだけですわね!
 
「武器を下ろしなさい」
ルートヴィッヒ様が周囲に伝えられる。
 
「ですが!」
 
「問題ない。待ち人だ。
北方より所属不明の騎馬集団がという報告を受けていて気を揉んでいましたが、まさかその首魁がテサシア嬢だったとは」
 
ルートヴィッヒ様が馬上にて眼鏡に手をやり、ため息をつかれます。
んんっ!首魁ではありませんけども!
柵の向こうには遅れてきた馬群が集まってきます。わたしはそちらを指し示しました。
 
「軍馬6頭と荷馬80頭、また兄のマサキアと騎士のサンドライワ、その従者たちです。
アーヴェライン侯爵家の麾下にお入れくださいませ」
 
「それが『お渡ししたいもの』かい?」
 
頷きます。
ルートヴィッヒ様は白馬を横付けにすると、こちらに手を差し出されました。わたしが手を取ると、思いがけない力強さでわたしの身体が引かれ、腰のあたりを抱え上げられます。
 
「きゃ!……っと」
 
白馬の上、ルートヴィッヒ様の腕の中に抱かれるように横抱きに座らされました。
 
「我が領の騎士たちよ、兵たちよ!彼女こそ我が最愛、ノーザランのテサシア嬢だ」
ルートヴィッヒ様はそう言うとわたしたちの馬群、兄たちの方を指し示します。
 
「見よ、彼女が連れてきてくれた救援だ」
 
おお、と兵の方達が声を漏らしました。
 
「我らには勝利の女神がついた!そう、来たる戦いの勝利は約束されたも同然だ!」
 
ちょ、ちょっと!?ルートヴィッヒ様!?
わたしが振り返って彼を見上げると、耳元で囁かれます。
 
「ここまで演出をしてくれたのです。乗ってさしあげないと。……それと、私を心配させた罰です」
 
ルートヴィッヒ様はわたしの手を取ると兵たちに振らせます。
歓声が上がり、その中を進んでいく羽目になりました。
 
「勝利の女神!」「馬の女神!」「栗毛の勝利の女神!」
 
や、やめて……。
 
こうしてアーヴェライン領の町中をルートヴィッヒ様の馬に横抱きにされたまま進み、領主館へと向かいました。
 
領主館は城と見紛うばかりの壮麗な建築物。
当たり前ですがノーザラン家のちょっと裕福な農家の家屋と間違えられるような屋敷とは比べようもありません。
領主館の門を抜けるとお仕着せを身に纏う使用人達に迎えられます。ルートヴィッヒ様のお手をお借りして馬から降りると、兄と並んで進むよう指示されました。
ルートヴィッヒ様とお屋敷の執事に先導されて屋敷の中へ。
玄関を通り抜けると、広間のような空間。
長い廊下を進み応接室へ。
「旦那様、奥様。ルートヴィッヒ様とマサキア・ノーザラン様、テサシア・ノーザラン様ご到着でございます」
執事の声に促され、入った応接室のソファーにはルートヴィッヒ様が20年ほど歳をとったらこのようになるであろうというような、ただし金髪の紳士と、ルートヴィッヒ様によく似た銀の御髪の淑女がいらっしゃいました。
兄様と並び貴族の礼をとります。
「ただいま戻りました」
「うむ、そちらが『栗毛の勝利の女神』かね?」
んぐっ、早馬で何を連絡してくれてるのよ!
礼が崩れかけます。
「それに、ルーイの良い人ね?」
んぐぐっ、っていうかルーイって呼ばれてるんですね!
ルートヴィッヒ様が溜息をつかれます。
「からかわないでいただきたい。マサキア殿、テサシア嬢、こちらへどうぞ」
わたしは奥様の前に座らされました。
ソファーが柔らかい!天鵞絨の手触りに沈んでしまうよう。
「貴女がテサシアさんね?」
ミセス・アーヴェラインは鷲頭獅子の羽根の扇で口元を隠しながらこちらに話しかけられます。
「は、はいっ!」
「戦のことは殿方に任せてお話ししましょう。ルートヴィッヒで良いの?」
ルートヴィッヒ様がこちらに紫の視線を下さいました。わたしを鼓舞するように。
……この言い方は不遜かもしれません。それでも。
「はい。ルートヴィッヒ様が良いです」
ξ˚⊿˚)ξ <すいません、昨日更新できませんでした。
残すところ2話になる予定ですー。





