第1話:婚約破棄
ξ˚⊿˚)ξ <毎日投稿で20000字くらいの予定ですのー。
「クレイーザ・ナゲイトア、お前との婚約をここで破棄する!
お前たちが聖女ミズキにした悪行の数々、余に気づかれぬとでも思ったか!
斯様な者を王家に入れる訳には行かぬ。余はここにクレイーザとの婚約を破棄し、婚約者の罪を贖罪すべく、ミズキを新たに婚約者とする!」
王太子殿下の声が夜会の会場に響く。
「ミズキよこちらへ」
「殿下……」
薄い桃色が重ねられてグラデーションを成したドレスを纏った、黒髪の令嬢が殿下の差し出した手を取る。
「殿下っ!」
金の巻き髪に紅のドレスを纏うクレイーザ様は、床に座り込むように崩れ落ちた。
ああ、やはり大変なことになってしまったわね。
わたしはその様子を夜会の壁際で眺め、ため息をついた。今日わたしをこの会場へとエスコートしてきた兄なんて、何が起きてるか分からず目を白黒させているわ。
わたしの名前はテサシア・ノーザラン。北方の田舎男爵家の娘よ。
クレイーザ様は大公家の御令嬢。陛下が国際情勢等や国内の情勢を鑑みて王太子殿下には王家の血を引く国内の最有力貴族である大公家との結びつきを強めようとされたんだけどね。
異世界渡りの聖女ミズキなる人物と王太子殿下は恋仲になっちゃったわけ。
ミズキ様は確かに美しく有能な方ではあった。その異世界渡りという言葉が真実であると信じるに足る、この世界のものとは思えぬ知識。聖女としての魔力。
一方でこの世界の常識には疎かったの。
この世界の常識を学ぶという名目で王都の学園に入学されたのだけどね。同じ学校に通う王太子殿下との距離が近すぎ、婚約者であるクレイーザ様に苦言を呈されていて、それが三角関係になり本格的に対立するようになってしまった。
ほら、大公家の令嬢なんて中位から高位の貴族令嬢を取り巻きにしてるわけよ。将来の王妃様でもあるわけだし。
一方でミズキ様は気さくな人柄とその聖なる力と知識で疫病を鎮められたことがあって、特に王都近郊の下位貴族の令嬢たちに人気があった。
まー、どうなるかって学園は女たちの抗争状態よね。
わたし?どちらからも距離を取っていたわ。
そりゃそうでしょう。吹けば飛ぶような木端貴族のモブ令嬢よ。そんな火種には近付きません。
「おい、テサシア。どういうことだ」
「マサキアお兄様、こういう風になる可能性があると、わたしは実家にお伝えしましたけど?」
隣に立つ兄の疑問に答える。
実家で領主としての仕事に励む父や兄のため、王都の学院で寄宿生活を送っているわたしが何度も手紙で報告していたでしょう。
「ああ……だがいざ見ると驚きだ」
それはそうかも。社交シーズン開始してすぐの夜会でこんなことになるとはね。
わたしは扇で口元を隠して囁く。
「大公家が独立を試みるかもしれないし、戦となるかも。もちろん、うまく和解するかもね。
何があっても落ち着いて、軽挙妄動は慎むようにと後でお父様には伝えといて」
兄はため息をついた。
「お前はたいしたやつだよ」
「王都にいれば、わたしなんてたいしたことないって分かるわ」
婚約破棄の断罪劇が進んでいく。
でも、みながこの婚約破棄に注視する中、わたしが注視しているのはそこではないの。
王太子の近くにいるアーべライン侯爵家令息、ルートヴィッヒ・アーべライン様。
長い銀髪をさらりと纏めた怜悧そうなお顔立ち。素敵。
わたしは扇の下、そっとため息をつく。
憂えるような紫の瞳、切れ長の眦を飾る縁のない眼鏡、素敵。
すらっと通った鼻梁に引き結ばれた唇、そこからこぼれる低くも聞き取りやすいお声、素敵。
そのルートヴィッヒ様が侮蔑とも哀惜とも言えぬ表情をその顔に浮かべて1人の御令嬢の前に立って言われた。
「ナルミニナ嬢、あなたとの婚約も解消させていただかねば」
「な、なぜですの。ルートヴィッヒ様!」
ルートヴィッヒ様の前で崩れ落ち、彼の足元に縋るウィシクヒル伯爵家のナルミニナ様。
王太子たちに注目が集まる中、その側で声を潜めて行われています。
わたしはずいっと身を乗り出そうとし、兄に袖を引かれて止められました。ぐぬぬ。
せめて耳をそばだてます。
「残念ながら貴女がナゲイトア様と共にミズキ嬢を辱めんとしていた行為も王家の報告に上がっています」
「それはっ……大公家のナゲイトア様にお話しされれば仕方なく……!」
「存じております。ですが仕方ないですか……。私はそうは思いませんね」
ルートヴィッヒ様は左の中指で眼鏡を上げながら言われた。ここでルートヴィッヒ様の決め台詞と眼鏡くいっを見られるとは。
ああっ。うっかりふらりと倒れかけ、兄に背を支えられる。
「貴女はその話があった時、せめて私に相談してくれれば良かったのです。
ただ、王家より情状を酌量する旨は一筆書いて頂きました。故に今引けば貴女の有責にはしない。破棄ではなく円満な解消とすることをお約束いたしましょう」
「もう、戻れぬのですか」
ナルミニナ様は瞳からはらはらと涙を溢し、ルートヴィッヒ様は頷いて胸のチーフを抜くと、屈み込んで彼女に差し出した。
ナルミニナ様は絶望的な表情を浮かべながらそれを両手で受け取ると顔に押し当てる。
ウィシクヒル家の親族であろう男性がルートヴィッヒ様に深く頭を下げ、ナルミニナ様を支えて会場を後にした。
ああ、ルートヴィッヒ様とナルミニナ様。お似合いのお二人でしたのに。
ルートヴィッヒ様は立ち上がると、小さく呟いた。
「さようなら、かつて愛した人よ」
きゃー! 耳が蕩けそうよ!