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インナースペースオペラ  作者: 犬上田鍬
6/7

深き夏の眠り

 ヒミコは彼らの先頭を歩きながら話す。

「皆さんを呼び寄せたのは、実はそれだけじゃないんです」

 そういって悪戯っぽく笑みを浮かべた。

「皆さんはオブスキュアを誘い出すための囮の役目も担ってました」

 クマとゲンチャンは目を丸くした。

「昔の仲間を見れば、オブスキュアはともかく、基本人格である倉井が会いたくなるのではないかと考えたんです。倉井が現れれば、オブスキュアをおびき出せると考えたんです」

「なるほどね。ヒミコちゃんもいろいろ考えたんだな」と、ふたりは感心しきりだった。

「あら?」

 ヒミコはアジトに向かう廊下の手前で立ち止まった。彼女の目線の先にアジトの開かれた扉から明かりが洩れているのが見えた。

「?」

 クマとゲンチャンはヒミコのうしろで立ち往生する。チャンドラが人質を担いだまま、ヒミコの横に立った。

「人の気配がするな。OFFにしなかったのか、ソラ?」

「マン=タンクとの戦いで混乱していたからね… 」と、不安げな面持ちのソラを名のるヒミコ。

「ミッキーが戻ってるんじゃないか?」

 気休めのようにいうクマの肩をゲンチャンが叩いて、うしろを指さす。見ればサイレンやハンゾーと他人行儀で会釈を交わすミッキーがいるではないか。

 ミッキーとハンゾーは同じくらいの背丈で、見ていると妙に微笑ましかった。強敵を倒したあとの緊張から解放されて、ひとときの安堵に浸れる瞬間だったのだが…

「ワカか…?」

 ゲンチャンは肩をすくめた。

「ソラ!」

 先にアジトを見にいったチャンドラがヒミコを呼ぶ。

「どうしたの?」

 チャンドラがアジトのなかを指さしている。室内を覗いたヒミコは声をのんだ。

 引き戸の向こうには宇宙空間のような星空が拡がっていた。それは奇妙な風景だった。廊下側の窓から見える夜空とは繋がっていないのがひと目でわかる。アジトから見える星空は、ゆっくりと廊下に向かって流れているのだ。まるで校舎が宇宙空間を航行しているようだった。にも拘らず、暗い廊下には星明りとは思えないほどの照明が洩れているのだ。

 ふたりのうしろから、それを見たミッキーがいった。

「オレが捕まっていたところだ」

 チャンドラが頷いて「オブスキュアはゾーンをここにコピーしたんだ」と教えた。

「オレたちをまるごと拉致して洗脳するつもりかなあ?」とゲンチャン。

 ヒミコは視線をゾーンから背けずにいう。

「倉井を取り返しにきたのでしょう。姿を現しますよ」

「チャンスだな」とチャンドラはいうと、ストレンジャーに目配せをした。ヒミコやギャラリーであるクマたちを下がらせ、扉の前にサイレンとハンゾーが立ち塞がった。前の扉を開けて、そこにはアグニが待ちかまえている。

 そのとき、階段の方からもの凄い音が響いてきた。

「こっちか⁉」

 ストレンジャーが向きを変えると、慌ててクマたちもその背後を追って移動する。まるでカルガモの親子だ。

 振動とともに、廊下の闇から彼らの前に現れたのはマン=タンクならぬ、タロス=タンク(!)だった。ただでさえ図体の大きいタロスが、高射砲を装備した装甲車に乗っているのだ。

「おい、無茶なことするなあ。アレで校舎のなかを移動してきたのか?」と呆れ顔のクマ。

 タロス=タンクはアグニの脇に陣取った。ヒミコは大きく吐息をついて笑みを取り戻す。

 しばらく星空の中心部を見つめていたヒミコは、ハンゾーを呼び寄せた。なにかもやもやした影が見えるらしいのだ。

「なにか見えるか?」とゲンチャンはクマを見る。

「オマエが見えないものをオレが見えると思うのか?」とメガネの蔓を摘まんだ。

 ヒミコはハンゾーに「あそこになにか見える?」ときく。ハンゾーは、まったく表情のわからない仮面を頷かせた。

「見えるのかい!」と驚きのゲンチャン。

 ハンゾーはいわれるまま、その標的に向けてブーメラン手裏剣を放った。手裏剣はときたま星の光を反射しながら、こんなに奥行きがあったのかというほど遠くに飛んでいくのがわかった。やがて、それも見えなくなった。

「ゾーンはこんなに広いのか…?」とチャンドラが呟いたときだった。

 同じ距離を戻ってきたとは思えない速さで手裏剣が飛んできた。軌道の変わった得物はハンゾーの革手袋には戻らず、彼の仮面に突き立った。

 反動でハンゾーの身体はうしろの壁に叩きつけられた。眉間に刺さり、勢いで震えるように揺れている。やがて亀裂が仮面を縦断すると真っ二つに割れた。

「ハンゾー!」

 脳震盪を起こしたようだが金属の仮面のおかげで、それほどのダメージはないようだった。剥き出しになった素顔のハンゾーは目をまわして、動けそうにない。

 それを見たミッキーは、ぎょっとした顔つきになった。

「スカンクじゃないか!」

 クマとゲンチャンがニヤニヤしている横で、ミッキーはチャンドラを指さしていうのだ。

「このひとがラッキーだろ?」といって、ふたりに訴えかけるように目を大きく見開いている。ゲンチャンが「これが水瀬だ」とサイレンを指さす。

「アレがカズト」とクマが顎でアグニを示す。

「なーにぃ?」

 ミッキーが眉間にシワを寄せたところで、ものすごい音が響いた。タロス=タンクが宇宙空間に向けて発砲したのだ。

「びっくりした!」とミッキーたちは、いっせいに振り向いた。

「撃つなら撃つっていってくれよな…」とタロス=タンクに目をやった途端、視界に火花が炸裂した。彼らは茫然となった。

 たったいままで、そこに巨体を構えていたタロス=タンクが影も形も無くなっていた。うしろの壁も吹っ飛んで、大きな穴が開いている。

 ミッキーたちがそこから見降ろすと、中庭にかつてタロス=タンクだったものと思われる残骸が点々と散らばってキラキラと光っていた。

「どうしたんだ? 自爆したのか?」

「オブスキュアに反撃されたんだ。まずいな、タロスがやられた」と彼らの背後から覗いたチャンドラが呟いた。

「でもリペアすれば…」といいかけるクマに、チャンドラは首を振る。窓からそれを見たヒミコは説明するのだ。

「このゲームのルールで相打ちはリペアできないの。タロスはマン=タンクと一体化していたせいで、両者が同時に破壊された場合、リペアすると敵味方の立ち位置が不明なものになりかねないんですよ。タロスはここで終わりです」

 ヒミコはストレンジャーのだれかがやられても、一向に感情を表したことがなかったのに、初めて残念そうな表情をした。もう、二度とタロスは蘇らないということの証左だった。

「リペアキットが、どっちを修繕するかの判断をしかねるという理屈なのかな」とクマは納得顔で解説する。ミッキーとゲンチャンは「なるほど」と相槌を打つだけだ。

 一方、感情をあらわにするのが得意なのはアグニだった。その様子を見ていた彼は、宇宙空間に飛び出した。

「アグニ! だめよ!」

 止めようと声をからすヒミコをよそに、火の玉は中心部に向かって飛んでいく。やがてその中心部に、ときたま光を発する雷雲のようなものがあることがわかった。もうアグニの火の玉は見えない。

「オブスキュアだ」とチャンドラがその名を口にすれば、ヒミコも頷く。

「アグニに刺激されて怒ってるんだわ。ヤツはアレがキャラクターなのかしら?」

「姿を持たない方が得策と考えてるのだろう」

 雷雲の明滅が激しくなってきた。腹に響くような低い衝撃音もきこえる。ひと際、大きな破壊音がしたと思ったら、その後静かになった。

 ゾーンの真ん中に、ぽっかりと穴が開いたように星の光が見えない領域がある。そこにまだ星の光を遮る障害物があるということだ。

「おい、おい!」

 突然、ゲンチャンが大声を発した。彼が指さす前の扉のなかから、黒いなにかが這い出しているのだ。

 すぐにみんなを下がらせたチャンドラの前に、サイレンが槍を構えた。いまや宇宙空間となってしまったアジトのなかから、少しずつ廊下に這い出してくるそれは、やがて腕となり、そして人間の上半身となった。

「!」

 そこに現れた真っ黒い人間は、壁にしがみつくように立ち上がった。逆立てた髪は縮れて、身体全体から湯気をたてている。こちらに顔をあげたとき、赤い瞳孔の目だけが見えた。途端にヒミコが声をあげる。

「アグニ!」

「自分が放射する火焔に焼かれたんだ。オブスキュアは相手の攻撃を反転させるスキルを持っているぞ」

 キラーサングラスの奥で目を光らせるチャンドラの前にアグニは倒れ込んだ。ジュー、ジューという音を立てて発しているのは湯気ではなかった。焦げた臭いをさせた煙だったのだ。

 それを見ていたミッキーはゲンチャンにきく。

「アグニって、だれだっけ?」

「カズトだよ」

「ああ、そこの扉の前に立ってた赤いヤツか。〝火の神〟だったのに… 」

《ボクはこいつが一番嫌いなんだ》

 それをきいていたかのように、さっき屋上できいた同じセリフが構内放送された。

「オブスキュア!」

 彼らの視線は自動的にアグニからゾーンの方へ向けられる。

「なにか出てきたぞ」とクマがゾーンの中心部を指さす。

 ゾーンの真ん中に湧きだすような雲は厚みを増して、また明滅を始めていた。その表面に、なにやら水に移る影のようなものがゆらゆらと浮かびあがった。歪んでいるが徐々に均衡を保とうとしている。それは波紋がおさまるにつれ、像を結ぶ鏡状の水面のようだった。やがて、それは大映しになった人間の顔だとわかる。

 鼻の頭までが隠れる緑色の目出し帽をかぶった、無精髭の男の顔だった。口角を上げて笑っているが、目だけは睨みつけるようにこちらを見ている。ヒミコはそれを認めると顔色が変わった。

「アレがオブスキュア?」

 だれともなく呟く声にヒミコが反応した。

「皆さん、これがオブスキュアの正体です。そして、倉井の顔です」

「えっ」

 クマたちは、その安定感のない映像の人物を凝視した。

「これ、倉井なの?」と、そこにうずくまる眠り男と見くらべるミッキー。

 ヒミコは頷いて解説する。

「レジデントとしてのキャラクターは事故前の若い頃の姿ですが、オブスキュアの顔はレジデントになる直前までのものです。顔の火傷を隠すように、外出こそしませんでしたが、アタシの前ではこのマスクをしていました」

 オブスキュアの映像は勝ち誇ったように笑っている。

 床のタイルが盛り上がり、一枚が剥がれた。そこからイシスが這い出して、黒焦げでうつ伏せに倒れたアグニを回収しようとしたが、そこに一閃の稲妻がはしった。屋根が落ちてくるかのごとく雷鳴が響き、次の瞬間には廊下の床に蒸発したイシスの影だけが残っていた。

「イシス!」

 見かねたサイレンが、ボードをゾーンに漕ぎ出そうとするのをヒミコが止めた。

「やめて!」

 チャンドラが警告する。

「オブスキュアはストレンジャーを皆殺しにするつもりだ。ヘタに動くな」

《もうリペアは不可能だな、ヒミコ。ボクはどこからでも、だれにでも狙い撃ちできるよ。人質を渡しな》

「よせ、倉井!」

 思わずクマが怒鳴る。オブスキュアは、見降ろすようにゆっくりとクマたちの方に視線を投げたようだった。

「倉井?」と、眠り男の傍らにいたミッキーがクマを見る。

「コイツらはみんな倉井なんだよ! さっき、いっただろ。オブスケアもストレンジャーも倉井の病んだ心から派生した人格なんだ」

 さらにゲンチャンが補足する。

「人格同士が倉井の身体を取り合ってるんだ。ここは倉井の内宇宙(=インナースペース)なんだよ。オレたちはそこに巻き込まれたんだ」

「そんなことがあるのかよ? いったい、何重人格なんだ・・・ 」

 状況をやっと理解したミッキーは、そこに眠った男を揺さぶった。

「倉井、起きろよ! おい!」

《そいつは空っぽだよ。眠りのなかに逃げ込んでいるんだ。カレントと変わりない》

 オブスキュアの声は、いちいち校内放送を通してきこえていた。ふと、廊下の端を見れば戻ってきたワカが、それをきいてこちらの様子を窺っている。

 気づいたミッキーが「くるな」という手ぶりをする。

 ヒミコと小声で話していたチャンドラは、ミッキーの襟を掴んで引き寄せ、なにか耳打ちした。ミッキーは小さく何回か頷くと、ワカの方へ走っていった。

「どうしたの?」とチャンドラに尋ねるゲンチャンに、彼は「ストレンジャーが動くと、また犠牲者が出るからな」と無駄にクールなのだ。

 ゲンチャンはチャンドラの態度が気に入らなかったのか、不満そうにクマに囁く。

「〝ストレンジャー〟って名前は商標登録されてるんじゃないの? 勝手に使って大丈夫なのかよ?」

 クマは思わず破顔して「いま、それどころじゃないだろ」と肘打ちした。

 ミッキーはワカとなにごとか打ち合わせると、また戻ってきた。そして、チャンドラに万事OKと合図をした。それを確認したチャンドラが、ヒミコに親指をあげて見せた。

 次の瞬間、あたりは真闇と化した。

「なんだ、なんだ。真っ暗だぞ」とクマの声がする。次にゲンチャンの声で「だれだ、うわっ、ダークサイドだ。ダークサイドがいる!」と慌てた様子。

「オレだよ、大声を出すな」とミッキーの声が落ち着かせる。

 しばらくすると廊下側の窓から、うすぼんやりと射しこむ星の光で多少の明るさが感じられた。相手の顔こそわからないが、そこに何人かの人間が右往左往しているのがわかる程度までに目が慣れた。

 そこでチャンドラが指示を出す。

「おい、みんな。アジトに入って席に座るんだ。ギャラリーも入ってくれ」

 インナーフォースたちは彼の命令に従ったが、クマたちは戸惑うばかりだった。チャンドラは促すようにいう。

「大丈夫だ。もう、ゾーンじゃない」

 そして、覚束ない視界のなかで眠った男を担いだまま、なかに入り椅子に座った。木偶人形のような男を隣に座らせている。

 すると、瞬くまばゆい光とともに照明が灯った。「おお・・・」という低い歓声がきこえるようだった。そこには、もとのようなストレンジャーのアジトが戻っていた。

 素顔のハンゾーが教卓の前に座っている。サイレンもマスクをとって素顔を晒した。さながらクマたちが学生生活を送った、かつての教室のようになった。

 チャンドラのうしろの席に落ち着いたクマとゲンチャンは、眠り男の横にいるミッキーにきく。

「ワカは大丈夫かよ?」

 ギャラリーのなかで唯一、作戦を知っているミッキーは唇にひとさし指を当てて、前を向けと指図するだけだ。仕方なく前を向いたクマの目に、開いた扉の向こうを通り過ぎるワカの姿が入った。

「おい、いっちゃったよ」と、立ち上がろうとするクマのベルトを引っ張るミッキー。

「いいんだよ。座ってろって!」

「オマエら、なにを企んでいるんだ」とゲンチャンも気になっている様子だ。ミッキーは教室の扉を指さして「アレを見ろ」という仕草をした。

 彼ら全員が注目していると教室の入口にワカが戻ってきて、クラスの札を見上げているのだ。「ここか」というように独りごちて、なかに入ってくると教卓の前に立った。

「出席をとる」

「?」

 クマとゲンチャンは口をあんぐりと開けて、ワカの茶番劇に見とれている。

「草間」

 教卓の前の席に座ったスカンクのハンゾーは手を挙げた。

「水瀬」

「はい」

 声が出せないサイレンの代わりにチャンドラが返事をする。

「曽良」

「はい」と、唯一の女性の声。ヒミコだ。

「作間… 志垣… 三木… 」

 そうして順不同で次々と名前を呼ぶワカ。

「ガッサン」

「ツキヤマです」

 そういったチャンドラはサングラスをとって、こちらを見た。その顔はラッキーそのひとだった。

 えっ…

 この眠り男はオレだったのか? オレは眠っていたのか…?

 そのとき、オレの目の前にフィルターを通したような滲んだ光が射し込んだ。いままでゾーンから俯瞰で彼らを見ていたが、視線がやっとみんなの高さに合ったと感じた。


・・・隣りにはラッキーがいる。反対側はミッキーだ。うしろを振り返ればクマやゲンチャンがいて、みんな笑っている。水瀬も、スカンクも、午前中のキラキラした陽ざしのなかで和やかに笑っている。

 オレはラッキーにいうのだ。

「おい、オマエ生きてたのか?」

 彼はオレにちらと目配せをして、また正面を向いてしまった。教卓に立った信濃のジイサンは穏やかな笑顔で呟いた。

「月山豹恵・・・ヤマのようなツキに恵まれた豹か。ラッキーな名前だなあ… 」・・・


 オレは眠っていたわけじゃない。だが、これは夢か? オレは夢を見ているのか…?

 意識の外で、なにやらざわざわとしているのがきこえる。

「なにをしたんだよ?」というゲンチャンの声。

 それにきき憶えのある女の声が応じる。

「照明のスィッチをOFFにして、オブスキュアの嫌いな闇をつくったんです。廊下にアジトの明かりが洩れていたんで、ヤツはそこにゾーンを持ってきたんだと思いました。というより、ゾーンとオブスキュアは、おそらくワンセットなんでしょう。イチか、バチかの賭けでしたけど、案の定、ヤツは退散したみたいですね」

 ミッキーの声も。

「あのひとがさ、ラッキーの人格が、教室でみんなが憶えているようなことをやれって。そうすれば倉井は目を覚ますかもしれないっていうから」

 やがて、女の声が「チャンドラ、どうしたの?」というのだ。

「なにがあったの?」

 ぼんやりとした視界に、チャンドラが立ち上がって喋っているのがわかる。彼は、まるで虚空を見るようなまなざしで、AIのように感情のない話し方だった。


 あの日、成人式のあとの三次会の居酒屋で、草間が西多摩専用道路の展望台に幽霊が出るらしいという話をしたんだ。カズトはそれをきいて、みんなで見にいこうといい出した。

 その場にいた水瀬やラッキーやスカンクと連れ立って、カズトの運転で西多摩専用道路へ向かった。酒の勢いもあった。

 東京都とはいえ、西多摩専用道路は西の端の山奥のなかだ。そこを越えれば、もう隣県に入ってしまう。一月初旬の夜中ともなれば路面も凍結する。だが、その日はまだ凍結するほどじゃなかった。

 調子づいたオレたちは展望台目指してクルマをとばした。

 酔っ払って気が大きくなっている無軌道な新成人にとって、専用道路の峠道はジェットコースターのようにスリルがあった。こんなに楽しいことがあっていいのかと思うほど、恐れを知らなかった。

 展望台に着いたときには、まだ翌日になっていない時間だったはずだ。そこは街灯などない真っ暗なところだった。月光にパーキングのアスファルトが濡れたように光っていた。

 スカンクの話では、深夜ここを通りかかったドライバーがパーキングに佇む女の影を見たということだった。こんな場所に似つかわしくない着物姿の古風な格好だったという。

 ドライバーはそのとき、それほどヘンだとは思わなかったのだが、時計を見て、いくらなんでもこんな時間に女が独りでこんなところにいるのはおかしいと思った。

 そう思った途端、アレはもしかしたら人間ではないのかもしれないという考えがよぎった。矢も楯もたまらず、ドライバーは危険な峠道を一目散にクルマを走らせて命からがら降りてきた、というのが話の全貌だった。

 スカンクの話の時間には、まだ少し早かった。せっかくきたんだから幽霊を見るまでは帰らない、とカズトがいい張ったので、みんな、そこに降りて冷たい夜気に当たることになった。

 それぞれがトイレにいったり、外の自販機で熱い缶コーヒーを飲んだりしている間、オレだけはクルマから降りなかった。車中は少なくとも外よりは暖かかったし、オレは暗いところが実は苦手なのだ。

 もうひとつ、クルマの運転をしたかった。ここは公道じゃない。これだけ、だだっ広いところなんだから、運転の練習をしたいという欲求にかられた。

 それをカズトにいったら、ヤツは運転席に座るぐらいならいいけど、運転はダメだといいやがった。仕方ないのでグローブボックスにあったクルマのマニュアルを読んでいた。

 そのときだった。大声を出してスカンクがトイレから走り出てきた。真っ蒼な顔をして、個室のドアが風もないのに突然開いたとまくしたてた。



毎週金曜日23時に更新します。次回、最終回です。

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