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インナースペースオペラ  作者: 犬上田鍬
4/7

多重人格戦隊 ストレンジャー

人物設定がわかりづらくなってきてすいません。特に〝ミッキー〟と〝ラッキー〟は煩わしいと思いますのでご注意!

「そもそもアタシが倉井の介護を思い立ったのは、兄の起こした事故のせいで倉井があんな身体になってしまったことへの償いの意味だけではなかったんです」

 簡素な学校用のパイプテーブルに座ったヒミコは、このゲームの経緯を語りだした。三人組はそれを囲むように座っている。彼らの背後にはチャンドラが控えていた。まるでヒミコのボディガードのようだった。

「事故のことを知りたかったんです。なにが起こったのか、それを生の声でききたかったんです。事故の生存者は倉井しかいません。ですから、高校を卒業したあとに倉井の介護を買って出ました」

「世間に伝えられているような事実ではないと思ったのかな?」

 クマは眉をひそめていう。

「そのときのことをきけたの?」

 ヒミコは首を振った。

「倉井は相当のショックを受けているようで、そのことを口にしたくないみたいでした。アタシも無理にきくわけにいかないし、その頃はまだ倉井のお母さんもいましたから、あまり突っ込んだ話もできない状況だったんです」

 ゲンチャンが口をはさんだ。

「倉井のお母さんは、たしかあのあと再婚したんだよな」

「キレイなお母さんだったからな。元モデルかなんかだろ?」とワカ。

「レースクィーンじゃなかったっけ?」

「いずれにしろ、相手には事欠かなかったんだな」と、ふたりの雑談が続く。

「ちょっと、ヒミコちゃんの話をきこうぜ」

 クマがそれを窘める。

「父が保険金と会社を処分したおカネをそれぞれのご遺族に見舞金として分配した後、倉井がもらったおカネのなかからレジデントになることを思いついたのはアタシなんです。倉井は、上半身は健常者と変わりがなかったんで、レジデントになればメタフィジカルですぐに元のような生活ができるだろうと思いました。精神的に安定すれば、少しは事故のことをきけるかもしれないと。倉井のお母さんも賛成してくれたんですけど、レジデントになるためには経過観察をする人が必要だったんです」

「雇わなければいけないの?」

 レジデントになるためには、フィジカルにある肉体をそれなりに改造して、メタフィジカルでなに不自由なく暮らせるようなリハビリが必要なのだという。改造後の経過からリハビリをサポートする人間が不可欠なのだとヒミコはいった。

「ただし、ごく近い親兄弟とか配偶者なら無資格でも経過観察員になることができたんです。普段の生活を知っているからでしょうね。お母さんはそれに必要なおカネを残して再婚することを決めてたんです。もう倉井のことは任せるからというんで、アタシは観察員になるために倉井と結婚することにしました」

「ずいぶん無責任なお母さんだな」とゲンチャンはいう。

「しかし、ヒミコちゃんも思い切った決断をしたものだな。アニキの起こした事件の経緯を知りたいがために」と先ほどからクマは感心しきりだ。

「アタシは兄が起こしたとは思えなかったんです」

「えっ!」

 三人はお互いの顔を見合わせた。恐る恐るきいたのはワカだった。

「事故を起こしたのはカズトではない…と?」

 ヒミコは深刻さなどカケラもないような明るい表情なのだ。

「直接的に事故を起こしたのは、まちがいなく兄でしょう。倉井が見ていますから。ただ、兄は自分本位のところがあって、自分のものはなによりも大切にするわりに、他人のものは簡単に壊したりして、このくらいのことで怒るな、みたいなことを平気でいうひとなんです」

「そういうところ、あったかもな」と、クマは同意を得るように他のふたりを見た。

 ワカが思い出したように「そういえば、こんなことがあったじゃんか」と喋りだす。

 彼の話によれば、中学生の頃、ギターを持ってワカの部屋に集まったときに、ワカのギターの弦をカズトが切ってしまったという。すると、それをはずして部屋にあった電熱器で燃やし始めたというのだ。

「カズトは、その独特のくさい臭いが好きだといって、オレのギターの弦を次々に燃やし始めたんだ」

「ナイロン弦だろ?」とゲンチャン。

 頷くワカに、クマは「オマエ、よく怒らなかったな」と呆れる。

「オレはどうせ買わなければならないと思ってたんで、一本買うなら全部新しいものに張り替えるのも一緒だと思ってたからさ」

 ところが、ワカの弦を全部燃やし尽くした後、カズトが「もっとやってみよう」というので、今度はカズトの弦をはずそうとしたら激怒して殴り合いになりかけたというのだ。

「ワカもやるなあ」と半笑いのクマに、ワカは教えた。

「カズトの弦をはずそうとしたのはアンタだよ」とクマを指さす。

「オレ? ウソだろ? じゃあケンカしたのはオレか」

「ホントになんにも憶えてないのか?」と呆れるゲンチャンにクマは笑いながら「まあ、それはいいとしてだよ」と話を戻そうとすると、ワカは「ちっともよくはない」と呟いた。

 ヒミコの話は続く。

「そういうところがあったんですよ、兄は。成人してからも少なからず残ってました。会社のものとはいえ、我がもの顔で乗り回していた社用車を明らかに危険な状態で運転して事故を起こしたというのが、どうも腑に落ちなかったんです」

 すかさずゲンチャンが口をはさんだ。

「倉井も口を閉ざしているということは、みんな酒以外になんかやっていたのでは、と?」

「わかりません。ドライブ中にあんな大事故を起こすに至った、その経緯が知りたいんです。たぶん、その一部始終を倉井は見ていたはずだと思うんですけど… 」

「例えば、ドラッグとか。ギターの弦の燃える臭いが好きだというんだから接着剤かなんか?」

「いつの時代の話をしてるんだよ」と今度はクマがツッコむ。

「心当たりがあるの?」とワカがきくと、彼女は首を振るだけだった。

「でも、レジデントになった倉井に奇妙な変化が現れたんです」

「そうか。経過観察員だから、ずっと倉井の様子を看ていたわけだな」

「レジデントになってからはメタフィジカルにきたことを喜んでました。昔のように自由になんでもできる、と。でも、そのうち幻覚を見るようになったんです」

「ドラッグの禁断症状じゃないのか」というゲンチャンをクマが黙らせた。

 ヒミコの話は奇怪なものだった。倉井がメタフィジカルを散歩していると、その先々で出会う人物が悉く、あの事故で死んだ同級生たちだったというのだ。あるときはラッキー、あるときはカズト、ときには四人がいっぺんに現れることもあった。

「〝エトランゼ〟って現象を知ってますか? システムのバグや、メタフィジカルで見る幻覚等の事例なんですけど」

「ああ」と、それに答えたのはクマだった。

「でも、だいぶ前に改善されたって、なにかで読んだことがあるけど」

「アタシは、このシステムの運営機構にある〝冬眠街〟という医療部門の方に相談してみました。そうしたら、事故でみんな亡くなったのに、自分だけが生き残ったことの後ろめたさで、そんな()()()状態になるのではないかといわれました」

「強迫観念から幻覚を見ていると?」

「それもエトランゼの一種だろうって。たしかに倉井はその度に、兄たちに復讐されると怯えていたみたいです」

「復讐? 一人だけ助かったことで? だって、助かったっていっても・・・なあ?」

 クマはいいにくそうに、他のふたりの顔を見回す。

「アタシもそれが疑問でした。まず、復讐されるという思い込みが、伝えられているような事実と違うなにかがあるのではと、ますます思いはじめました」

 そこでヒミコが考えついたのは、自分以外に彼の話をきく〝カレント〟をつくることだった。

「カレントって、なに?」と、これはワカの疑問。答えたのはクマだった。

「実体のない、架空のキャラクターのことだよ。でも、アレってRPGフィールドでしか使えないだろ?」

「パーソナルマップ上では使えません。だから、ここに倉井の世界をつくったんです」

「そういうことか」とクマは納得した。

「最初は一番仲がいいっていっていた月山さんのカレントをつくって、倉井のそばに置きました。倉井に、アタシにもいえない思いのたけを語らせようと思ったんです。ところが・・・」

 いつしか、聞き役だったカレントのラッキーが彼と喋っているのを目撃したという。やがて、だれでもないはずのラッキーのカレントが彼に語るようになった。

「ええっ、冗談だろ?」

 首を振るヒミコの表情を見て、クマたちは息をのんだ。

「カレントは一緒に歩いたり、会話をなぞったりするだけの機能しかないはずなのに、まるで魂が宿ったように倉井を諭しているんです。同時に倉井の方が喋らなくなりました。まるでカレントに洗脳されているみたいに」

「それをヒミコちゃんが見たの?」

「アタシも見たし、倉井自身も月山さんのカレントからいわれたといってました」

「なんていわれたんだって?」

「なにも喋るな、オレが守ってやるから心配するな、と」

 クマたちは言葉が出なかった。しばらくしてゲンチャンが冗談めかしていう。

「ヒミコちゃんがエトランゼを見ているんじゃないだろうな?」

 するとヒミコは、もっと奇怪なことをいいだすのだ。

「アタシはほとんど倉井のいるメタフィジカルにはダイブしないで、たいていのときはモニターで話をしていたんです。あるとき、モニターに映っているのは事故前のキレイな顔のエピゴンの倉井なのに、自分自身を攻撃するようなことをいい出すんです。しかも彼とは思えないような喋り方で、アイツは絶対許さない、みたいなことを」

「?」

「また、あるときは違う喋り方で、うまく逃げられたと思うな、オレたちは忘れていない、なんて口走ったり… 」

「どういうこと?」

「アタシはきいたんです。(あきら)さんじゃないの?って」

「アキラさんって、だれ?」とクマがきき直すと、ワカがそれに答えた。

「倉井だよ。アンタは長年、倉井の名前も知らなかったのかよ。それで、それで?」

 三人は、もうヒミコの前に顔を突き出して並べている。

「そのときの彼は、自分はミナセだといいました」

「ええ?」

「死んだはずの水瀬が倉井に憑依しているのか?」とゲンチャンは大声を出す。

 だが、奇怪な現象はそれだけに終わっていなかった。

「別のときは、お嬢ちゃんはオレがスカンクと呼ばれていたことを知っているか?と自分のことをいったんです」

「ええ~~!」

 今度は三人全員が大声をあげた。

「それは草間だ」

「また別のときは兄みたいな喋り方をしたりするんです」

「カズトも憑依しているのか!」

 ゲンチャンの推測にワカは首を傾げた。

「三人の怨念に憑依されてて、月山だけはカレントに憑依しているってこと? ホントかよ?」

 ふとクマを見れば、彼は耳を塞いでいた。

「そういう趣向のゲームなのか、これは?」

 キョトンとしているヒミコにワカがわけを話した。

「クマは、こういう怪談めいた話が嫌いなんだよ」

「怪談でもゲームでもありません。事実なんです」

「すると倉井は二十年間、カズトたちの怨霊に脅かされていたとでも?」

「怨霊でもないと思います。アタシが介護していたときには、たしかに塞いでいましたけど、こんな現象が起こったことは一度もないんです。数年前にレジデントになってからなんです、おかしくなったのは」

「病気? 神経性の」

 ヒミコは頷いた。

「おそらくそうだと思います。メタフィジカルでいままで鬱屈していたものから解放されたことで、なにか心に閉じ込めていた闇の部分までが表出してしまったんだと思います」

 それをきいて三人は思いつくことがあった。

「さっきのダークサイドってヤツか」

「倉井が心のなかにもっていた、自分を怨んでいると思い込んだ死んだ四人のイメージが人格化して、独り歩きを始めたんだと思います」

「なんで医者に診せないの?」と険しい顔のクマ。

「まちがいなく〝冬眠街〟行きになるでしょう。そうなれば、もう事故の経緯は闇に葬られてしまいます。さっきもいったように冬眠街はメタフィジカルの医療施設です。フィジカルのような身体的な治療をするところじゃなくて、例えば高齢で認知症が進んでしまったとか、レジデントになってから神経を病んだ人が収容されます。フェンスも鉄格子もありませんけど、収容者は他のレジデントに会うことはありません。開放された閉鎖病棟みたいなところらしいです」

「つまり、彼だけの世界に置かれるってことか」

 ワカの言葉にヒミコは頷いた。

「その人に合った環境のなかで永遠に過ごすんです。機構の職員とはコンタクトできますけど、それもモニターを通してということになります。倉井の症状はまちがいなく冬眠街に収容されるレベルだと思います」

「まちがいないな」

「多重人格ってことだろ?」

 三人は仕方ないといった素振りを一瞬したが、クマは顔を上げた。

「いや、ちがうよ。ヒミコちゃんはそこに収容させたくないっていうんだろ?」

「そうなの?」とゲンチャンが彼女を覗き込むようにする。ヒミコは妙に明るい表情で小首を傾げている。

「いずれにしろ、冬眠街にはいかなくてはならないでしょう。でも、その前にどうしても事故のことを倉井の口からききたかったんです」

 ヒミコのいい方は、自分の亭主の心配よりも事故の真相が優先されるというふうにきこえた。だれもそれを指摘する者はいなかったが、クマはやはり気になったようだった。

「まだ先があるんだろ? なんで倉井が、そのダークサイドに拉致されているかの説明になっていないしな。その後ろのカンフーの人のこととかもきいてない」と、チャンドラを指さす。チャンドラは、まるできこえてないかのように黙って座っていた。

「順番に話します」とヒミコは穏やかにいうのだ。

 彼女はモニターを通してコンタクトをとっているうちに、相手がカズトやスカンクの人格に変わることを気づいて、判別できるようにそれぞれの人格に合わせてキャラクターをつくった。

 つまり、カズトの人格は生前のカズトのエピゴンに、同じようにスカンクや水瀬の人格にも元の姿のエピゴンを与えて、いまだれの人格なのかがわかるようにしたのだ。それぞれの人格はモニターの前に立つときに自分のキャラクターをエントリーするのでわかりやすい。

「ただ、倉井が最も信頼してるわりに、どうしてもアタシの前に現れない人格があったんです」

 クマとゲンチャンは「だれだ?」と顔を見合わせた。それをいい当てたのは、その男とは無縁のワカだった。

「月山だろ?」

「ラッキーか! でも、さっき最初に表れたのはラッキーの人格だって… 」

「そうです。アタシがつくったカレントに倉井が月山さんの人格を投影していたんだと思います。ただ、アタシはその人格と直接喋ったことがないんです。モニターの前に現れるのは、いつも兄か、スカンクさん。たまに水瀬さんが現れるんですけど、彼はあまり喋ってはくれません」

 クマとゲンチャンは「わかる、わかる」と笑った。

「そのうちに倉井本人が、まったく現われなくなりました。これでは肝心の話がきけません」

「カズトやスカンクにきけば?」

 ゲンチャンのいう通りだ。彼らだって、事故に遭っている被害者にちがいはない。

「ところが乖離した人格は、そもそも倉井の基本人格が持っている記憶を共有していません。エモーショナルな次元で乖離しているので、理由もなく怨念だけを持ったものの具象化なんです。それ以前のことに彼らは興味がありません」

 ヒミコにそういわれてしまえばお手上げだった。

「厄介だな」

「でも、それぞれの人格の動向は把握しているようで、彼らの話によると、どうやら倉井の基本人格は月山さんの人格に匿われているというんです」

「どこに?」

 ヒミコは、それこそお手上げというように肩をすくめた。

「それをいま捜しているんです。おそらく月山さんの人格がつくったゾーンだと思うんですが… 」

 そこまできいてクマたちはやっと話が繋がった。

「するとダークサイドというのはラッキーのことなのか?」

「もう月山さんのエピゴンを使っていません。彼の姿がどんななのか、兄やスカンクさんにきいてもわからないんです」

「すると、ラッキーは倉井に事故の経緯を喋らせないために、ヒミコちゃんの前から隠してしまった、ということなんだな?」

 クマは確認するようにヒミコにきくと、彼女は「その通り」と首を縦に振る。

「このゲームは、つまりラッキーに匿われている倉井を捜し出すためのものなんだ?」

「それだけではありません」とヒミコは毅然という。

「倉井の心から表出したダークサイドを殲滅する目的もあるんです」

「ダークサイドっていうのは、もとはといえばラッキーの人格だろ?」

「それはエピゴンだけで、正体はもともと倉井が持っている暗黒面(=ダークサイド)です。隠したがっているなにかを守って基本人格を庇おうとしている用心棒です。それがオブスキュアなんです。いまはエピゴンも月山さんではありません。月山さんはそこに居ます」

 そういって、ヒミコはクマたち三人のうしろを指さした。彼らが視線を向けると、そこにはチャンドラが座っている。

「え… これがラッキー?」

 まじまじとチャンドラを凝視するクマたちに、ヒミコは「サングラスをとって、チャンドラ」と命ずる。彼がサングラスをはずすと、まだ若い、彫りの深い青年の顔が現れた。

 途端にクマが「ラッキー!」と叫んだ。ラッキー顔のエピゴンはクマたちに向けて、まるで「やあ、しばらく」というようにニヒルに笑って見せる。

 唯一、冷静なワカはチャンドラを指さしながらヒミコにきくのだ。

「じゃ、これはだれ? だれの人格なの?」

「オレはチャンドラ」と本人が答えた。ワカは途方に暮れたようにクマたちを見る。

「チャンドラって… だれなんだよ?」

 クマとゲンチャンは、なにか気づいたようにヒミコにきいた。

「もしかして、さっき〝火の神〟やら〝ヤマのカミ〟とかって紹介してくれた、あのプレイヤーたちがカズトやスカンクの…?」

 ヒミコは「ご名答」というように手を叩いた。

「そうなんです。別に深い意味は無いんですけど、プレイヤーとギャラリーの区別をつけるためと、あとはオブスキュアに気づかれないためにあんな扮装をしています。アタシもこの格好は、真実を白日の下に晒す〝太陽の化身〟ソラなんですけど、いつもの濃い化粧をしていると皆さんにわからないだろうと思って、今日はしてないんです。そうしたらオブスキュアにばれちゃったみたいで… 」と屈託なく笑う。

「さっき、裏切り者とか、オマエがソラだったのかみたいなことをいってたよな、あの化け物が。やっと意味がわかったよ」とクマが納得の表情で何度も頷く。

「たしかに、あの赤いヤツはカズトに似ていると思ったんだよ」とゲンチャンも。

 ワカも「すると、あのちびっこ忍者みたいなのがスカンクか。なるほど」と腕組みで呟いたが、すぐに「じゃあ、なおさらこれはだれなのさ」と再びチャンドラを指さした。

 ヒミコは言葉を選んでいるように思案していたが、やがて口を開いた。

「彼は倉井の、というよりか人間の潜在意識とでもいうんですか。乖離した人格を統合しようとしている本能だと思ってください。病気に対抗しようと身体の組織が勝手に働くじゃないですか。アタシはそういうものと理解しています。彼が表れることで、倉井は元にもどろうとしていることがわかります」

 ヒミコによれば、カズトやスカンクの人格に聞き取りをしているときにその存在を知ったという。やがてチャンドラと呼ばれるようになるその人格から、最初に表れたオブスキュアが基本人格を乗っ取ろうとしていることをきかされる。

 クマは頭を抱えた。

「どれも全部、倉井なんだろ? 乗っ取るって、どういうこと?」

「オブスキュアに倉井が乗っ取られると彼は暗黒面だけの人格になってしまうということです。その時点で歯止めをかけようとしているモラルや良心の呵責などの気持ちが消えて無くなる。この戦いは倉井の心の葛藤の具象化なんです。彼の感情がせめぎ合っているんです。暗黒面に負ければ、ストレンジャーはもちろんのこと、基本人格そのものが無くなってしまうということなんです」

「倉井の人が変わる、と?」

「持っていた記憶ともども。自分の欲望や都合だけ考えているので、どんな邪悪なものになるかわかりません」

「倉井が言葉通りの怪物になるのを防ごうとしている戦いなんだな、これは」

「この怪物を生み出したのは最初にオブスキュアが表れるきっかけをつくったアタシです。だから、アタシの責任で本人を捜し出して、こういう心理状態にした出来事を彼の口からききだすことが解決の道だと思ったんです。同時に姿を現したオブスキュアを目に見えるかたちで殲滅する。そうすることで暗黒面の克服を確信させられると思いました」

「この世界は倉井の内宇宙ってことだ。ヤツが自分自身と戦っているのをオレたちは目撃しているってことなんだな?」

「その通り。月山さんのエピゴンを纏ったチャンドラに頼んで、倉井を怨んでいる人格たちをまとめてもらいました。オブスキュアと生き残りをかけた戦いをするために、戦意を高揚するようなコスチュームとそれに見合った名前をあてがい、それぞれに特徴的な必殺技を搭載して、暗黒面に対抗する〝内なる力(=インナーフォース)〟として組織したんです。このチームは〝エトランゼ〟にひっかけて、英語で同じ意味の〝ストレンジャー〟と名づけました。だから、チャンドラはストレンジャーのリーダーです。RPGフィールドなら戦いにもってこいの場所ですからね」

 クマは急に笑い出した。ワカやゲンチャンは、彼までどうかなったのかと一瞬、眉をひそめた。クマは隣に座るゲンチャンの肩を叩きながら「いや、さすがヒミコちゃんだと思ってさ。男らしいところはラッキーにも通じると思ったんだよ」という。

 ラッキーのエピゴンを纏ったチャンドラは、相変わらず不愛想に座っているだけだ。

「男らしいって、それ、ほめ言葉ですか?」とほほ笑むヒミコ。

「ラッキーって、そんな男らしかったっけ?」と首を傾げるゲンチャン。

 ほぼ記憶力が無いはずのクマが初めて思い出話をしだした。

「高校三年のときだったな、たしか。クラス替えでラッキーと一緒になったんだよ。アイツ、いつも制服のスカートをこんなに短くしているコと歩いててさ」と、腰のあたりに手をやる。途端にゲンチャンはツッコんだ。

「そんなヤツ、いるかよ! まる見えじゃないか」

 ワカも「それはスカートとはいわない。ベルトか、ハラマキだ」と笑う。

 クマはそんなふたりを気にせず話す。

「オレたちはナンパな野郎だと思ってたんだよ。あるときホームルームでクラス委員を決めることになって、みんなで企んでラッキーに票を入れちゃったんだ。そうしたら男子は全員ラッキーに入れてることがわかって、アイツ、カンカンになって怒ったんだけど、クラス委員になった後のアイツの態度ががらりと変わってさ」

「どんなふうに?」と半信半疑のゲンチャン。

「受験を控えてるのに、やれ体育祭だ、学園祭だといろいろやらなければなんないだろ? クラスをまとめるんだよ、アイツは。率先して先頭に立ってさ、ときには怒鳴りつけてでも締めようとするところなんかは、見てて協力してやらなければって思わせるんだ。凄いリーダーシップを発揮して、あの一年で学校から大学の推薦もらったようなもんだ」

「ラッキーって、そんなヤツだったの」とワカは感心したようにチャンドラを見た。彼はまるで他人ごとのように、すましていた。

「そんなヤツだったから、ラッキーのエピゴンが現れたときに倉井は助けてくれると思い込んだんだろうな」

 ヒミコが付け加えた。

「なにを隠しているのかわかりませんけど、頼り過ぎたあまりに、その人格が増長して自分自身を滅ぼそうとしているのに気づかなかったんですよ」

 暫し全員が黙り込んだが、すぐにヒミコは思い出したように顔を上げた。

「作間さん、三木さんへメッセージ送ってくれましたか?」

 クマも思い出して「そうだ」と空間に自分のコンソールを立ち上げた。

「返事がきてるよ。すっかり忘れてたな」

 クマはミッキーから届いたアドレスをヒミコに見せた。ヒミコはコンソールのポジションシステムのアドレスと見比べていうのだ。

「そのアドレスはここ(!)ですね」

「ここ?」とクマは床を指すようにきき返す。

 ヒミコは頷いて、「ここ。アドレスの末尾の数字が若干ちがいますけど、おそらくこの敷地内」と教える。

「この校舎内ってこと? さっき、あの化け物がいた理科室か?」

 彼らは彼らなりに頭を回転させた。ヒミコはヒントをいう。

「防空壕と一階の可能性は無いですね。アタシが照明をOFFにしちゃいましたから」

 それをきいた三人は同じことを思ったにちがいなかった。

「底なし穴からこさせたのはキミか?」

「オブスキュア対策なんです。まず、アタシたちがバトルをしているところを皆さんに見てもらいました。当然、ギャラリーが皆さんだということをヤツも気づいたはずです。皆さんがきているのを知れば、まず抱き込みにかかると思ったから。どうしてもアタシが先に皆さんと接触しなければいけないと思いました」

「どうりで底なし穴にしてはヘンだと思ったんだ」とクマは穏やかに笑う。

「兄から防空壕のことはきいたことがあったんですよ。でも、実際に見たことがなかったんで、適当につくりました」

 そういって笑うヒミコの屈託のなさは彼女の魅力でもあった。一途なところとのギャップが絶妙な均衡をとっている。

「まわりの風景も西多摩専用道路の借りものなんですよ」

「見たことあるような景色だと思ったんだよ。だいたい、なんであんなものをここに持ってきたのさ?」

 ゲンチャンがきいたが、みんなもそう思っていた。

「基本人格である倉井に事故現場を思い出させるためにそうしました。そのうえでオブスキュアから見つからないように、ここまでの間を防空壕にしたんです。オブスキュアはダークサイドのくせに暗いところが嫌いなんです」

「たしかミッキーが、倉井は極端な暗所恐怖症だったっていってたな、そういえば」とワカが、その理由に納得した。

 もう一度、ミッキーからのメッセージを読み返したヒミコはチャンドラにきいた。

「この数字はなにかしら? ここをつくったときのプログラムを憶えてない、チャンドラ?」

 すると、チャンドラは「屋上じゃないのか」といい出した。

「屋上?」

「ここに《宇宙空間のようなところを落ちている。星が降ってくる。ここには倉井もいる》と書いてある。アドレスの末尾は座標(ロケ)を設定する命令なんだ。このアドレスは地上を示す〝0〟設定じゃない。通常、ロケの高さ設定などしないものなんだ」

「いきましょう」

 ヒミコはドアを開けて廊下へ出た。

「こっちの階段はオブスキュアがトラップを張ってる恐れがあるんで向こうからいきましょう」

「トラップからゾーンに入れば?」

 ゲンチャンは思い切った提案をするが、ヒミコは首を振っていうのだ。

「ギャラリーはゾーンに捕まるでしょうね。プレイヤーがゾーンに入れば、なにをされるかわかりません。外から破壊するに限ります」

 ヒミコの後にクマたちが続き、最後にチャンドラが出てドアを閉めたときに、廊下の端を影が横切った。それに気づいた者はいなかった。

「下の戦闘は終わったのかな。音がきこえないな」と、クマがなに気なく振り向いたときだった。廊下の端にマン=タンクが待ち構えていたのだ。



《ミッキー… ミッキー… 》

 星屑がよせては返す大海で微睡んでいたミッキーは、その呼びかけに意識を吹き返した。目を開くと、再び無数の星が流れる深夜の高速道路のような情景が続き、そしてまた睡魔に襲われるのだ。

 やがて遠い霧の彼方から声がきこえてくる。

《ミッキー、しばらくじゃないか。会いたかったんだぞ・・・ 》

 ミッキーは、その声にきき憶えがなかった。だれだかわからなかった。ただ、同じ空間に囚われている同級生のことが頭に浮かんだ。

 声は訴えるのだ。

《ミッキー、助けてくれ。オレはアイツらに陥れられようとしている》

 ミッキーは反応しようとしたが、頭ははっきりしていても、まるで金縛りにあったように身体が動かなかった。もっと力を入れなければ瞼すらも開けることができない、と無限の拘束に抵抗した。

 声はいつの間にか、ミッキーの耳もとで囁くように喋っている。

《アイツらはオレに罪を着せようとしているんだ。ヒミコは、ソラだなどと偽った姿でオレの前に現れた。オレを怨んでいるアイツらを焚きつけているんだ》

 ミッキーは半分眠ったような状態できいていた。

《ヒミコはカズトの汚名をそそごうとしているんだ。自分の兄貴だからな。そして、()()家の名誉を回復するために、その罪をすべてオレに着せようとしているんだ》

 どうやら声の主はミッキーに助けを求めているようだった。

《ミッキー、アイツらに騙されないでくれ。あのとき、運転していたのは断じてオレじゃない。オレが事故を起こして逃げようとしたなどというのは、ヒミコのでっち上げだ》

 ミッキーは、そのとき思った。こいつはいったいなんの話をしているんだ?と。次に、この声の主がいう「事故」とは、二十年前の事故のことではないかと気づいた。

 彼は渾身の力を込めて重いシャッターのような瞼を開いた。目の前に、呼吸の音がきこえるほどの至近距離に、そいつはいた。その息づかいは、まるで単気筒のオートバイのアイドリングのように唸っている。怒りに満ちた真っ黒い大きな眼を吊り上げてミッキーを睨んでいた。

「うわあああああ~!」



毎週金曜日23時に更新します。

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