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インナースペースオペラ  作者: 犬上田鍬
3/7

インナーフォース VS ダークサイド

「なんだよ、建物のなかだぜ」

 最初に足を踏み入れたゲンチャンは、まだ洞穴のなかにいる連中にいった。

 そこはシンプルな造りのエントランスだった。小さなロッカーのような棚が、広い踏み込みの両脇にあり、簀子が敷いてあった。入った右手のロッカーは何列か並んで置いてある。一段高い上がり框の正面には階段が控えていて、手前の左手は廊下のようだ。

 ゲンチャンはロッカーの蓋を次々とめくって、それが下駄箱だと気づいた。

「学校の昇降口みたいだ」

 後ろについてきたミッキーも、同じように奥の下駄箱の蓋を開けて見ている。

「ここはオレたちの学校だよ」

「そうだ、中等部の昇降口だ」とクマ。

「へえ、初めて入った」とワカだけが、物珍しげにあちこちを見回す。

 土足のまま廊下に上がったゲンチャンは左手の方へ歩き出そうとして立ちすくんだ。彼らのいる昇降口は明るいのだが、廊下は照明がついていなかった。廊下の右側はサッシ窓で外の明かりが入るはずなのだが、あいにくと夜なのだ。

「おい、真っ暗だ。どこかに照明のスィッチがないか?」

 他の三人が昇降口の壁に視線を這わせると、すぐに角の壁にたくさんのスィッチが並んでいるのを見つけた。

「どれだかわからないから、全部つけてみるか」とミッキーが押そうとしたが、それらは壁に描かれた絵のように立体感がなく無反応だった。

「?」

 ミッキーがゲンチャンを見上げると、彼は廊下の奥を凝視したまま動こうとしない。

「おい、どうした?」

 しばらく静止していたゲンチャンはか細い声でいうのだ。

「ちょっと、あれ見てみな」

 ゲンチャンは奥の闇を指さした。彼の肩越しに三人は覗いてみたが、暗くてよくわからなかった。

「よく見えないよ。なにがあるの?」と、目の悪いクマとワカは口々にいった。すると、目を細めていたミッキーがなにか見つけたようだった。

「なにか白いものがちらちらと… 」

 暗い月あかりを浴びて、なにかが動いているのだ。

「おい、こっちにくるぜ」

 ゲンチャンの言葉に思わず四人は昇降口と洞穴の接続部分まで下がった。彼らの心拍数は上がっただろう。お互いの脈を打つ音がきこえるほどの緊迫感だった。

「倉井じゃないのか?」

 クマの一言に彼らは顔を見合わせた。そして、同時に上がり框の角に視線を集中させる。

「うわ!」

 それを見たとき、思わず声をあげずにはいられなかったのだ。

 そこに白い人が現れた。そして、まじまじとその人物を見定めた。

 その人物は白いワンピースに、床まで垂れさがるほどの長いショールを巻いた女性だった。腰に黒光りした革製と思われる太いベルトを締め、同じ質感のバンダナを長い髪の額に結っていた。手首にも同じようなリストバンド、そして編み上げのサンダルという、まるで古代人のような姿をしている。

 ミッキーが開口一番にいうのだ。

「ヒミコちゃんだろ?」

 端正な目鼻立ちの女性は、にっこりと笑みを浮かべて挨拶した。

「いらっしゃい。よくここにきてくださいました」

 彼らから見れば、それはあの頃と少しも変わらないマドンナ然としたクールビューティのヒミコだった。

「倉井は? アイツ、レジデントになったんだろ?」

「そうなんですけど、ちょっと事情があって、いまここにはいないんです。理由は向こうで説明します」

 そういって、階段の方を振り返った。まるで、先ほどゲンチャンがやったように階段に注意を惹かれているようだ。

 そんなヒミコを気にせず、ゲンチャンがきく。

「ヒミコちゃん、なんでそんな格好してるのさ? それはなんのつもりなの?」

 それをきいたミッキーがワカにいう。

「いままで散々、ヒミコ、ヒミコって呼び捨てにしていたのを、本人を目の前にしたら突然〝ヒミコチャン〟だぜ」

 ワカとクマは破顔した。

 ヒミコは口に指をあてて「静かに」という合図をした。暫し沈黙が続いた後に、彼女は向き直ってきくのだ。

「ここの階段の照明は皆さんがつけたんですか?」

「いいや、きたときからついてたよ。なあ?」と、すかさずゲンチャンが答える。

「ということは、ルートはこっちだったんですね?」

「ルート?」

 ヒミコは、またにっこりと笑う。

「こっちにこいって誘導していたんですよ」

「だれが? 倉井が?」

 ヒミコは首を振って、それには答えなかった。

「いいですか、皆さん。ルートに沿って、この階段を上がってください。アタシは仲間を連れてきますから。あとを追います」

 そういって、ヒミコは再び左手の廊下の暗闇にショールをひらひらと靡かせて姿を消した。残された彼らは意味不明のまま、また顔を見合わせる。

「なんのつもりなんだよ、ヒミコは」と、また呼び捨てのゲンチャン。

「なんかのゲームなのかな?」これはワカ。

「ルールの説明もないのに?」とミッキー。

 最後にクマの「まあ、いってみようぜ」の一言で、そこを上がることにした。

 ゲンチャンを先頭に二階へ上がった四人は、右手の廊下の明かりがついているのを確認した。左手の廊下は一階と同様に真っ暗だったのだ。右に進めということだ。妙に長い廊下で突当りの部屋に明かりが灯っているのがわかった。

「あそこは理科室だったっけ」と記憶力のいいミッキーがいった。その度にゲンチャンとクマが声をそろえる。

「よく憶えてるな、オマエ」

「卒業して、もう二十年以上になるんだぜ」

 しかしミッキーは反応せず、じっと前方を見据えていうのだ。

「おい、だれかいるみたいだぜ」

 少しずつ近づく理科室の観音開きの扉。そのすりガラスの向こうに人影のようなものがいったり、きたりしているのが他の三人にも見えた。

「倉井かな?」

「だって、ヒミコが倉井はここにきてないっていってたろ?」

「いや、さっきの場所にはいないっていったんだよ」とクマが反論する。

「こことさっきの場所は違うのか?」と首を傾げるワカ。

「おい、おい」と様子を窺っていたミッキーがクマの肩を叩く。

「?」

 ミッキーが指さす理科室のすりガラスの向こうを動く人影の動きは、たしかにヘンだった。まるで床を平行移動するかのようにスムーズに左右を往復しているのだ。影絵芝居を見ているみたいに思えた。

 四人は理科室の扉を前に、しばらく立ち止まっていた。

「仲込さん」

 四人の一番後ろにいたワカが振り向くと、いつの間にかヒミコが追いついていた。ワカはヒミコに理科室を指さして見せた。

「アレって… 」

「倉井じゃないですよ」と即座に答えるヒミコ。

「開けちゃダメです」

「いったい、どういう…」といいかけるミッキーに、ヒミコはわけを説明しだした。

「ごめんなさい。わけがわからないですよね」

 四人は申し合わせたように首を縦に振った。

「皆さんをここに呼んだのは、実はアタシなんです」

「エ?」

「皆さんに助けてもらいたくて。倉井は、いま拉致されてます」

「ラチ?」

 ヒミコは黙って頷いた。

「ラチって、捕まってるってこと? だれに?」

 ミッキーの問いかけに、至って落ち着いた表情のヒミコは答えた。

「オブスキュア」

「おぶすけあ? それはだれ?」

「ダークサイドです」

「ダークサイドって…」といいかけて、ミッキーはゆっくりとクマたちを振り返った。

 妙に恨めしげな表情だった。まるで、それはなにといえばチンドンヤとか、クモスケだなんていうのじゃないだろうなと疑っているかのように。

 思わず吹き出しそうになるワカの肘をクマがつついた。

「ヒミコちゃん、気はたしかか?」と顔も見ずに小声でいう。

「やっぱり、なんかのゲームなんだよ」と薄笑いのワカ。

 彼らを見ていたミッキーが突然、驚愕の形相をした。ワカとクマは自分たちの背後になにかいると直感で思った。肩越しに視線をそらすと、そこに人が立っていた。

 彼らの背後には黒っぽい柔道着のようなものをプロレスのチャンピオンベルトのような太い革で締め、金髪のリーゼントにキラーサングラスという奇怪ないでたちの男が立っていた。モノレールで見た孫悟空のような、あの男だった。

 それだけではない。そのうしろには赤鬼のような男もいた。ビキニの海パン一丁で、それ以外なにも着ていないのだ。筋肉質の赤い肌を露出して金髪を逆立てていた。目のまわりには歌舞伎のような隈取りがあり、その目が不敵に輝いている。なにより異様なのは、両肩の上の中空にふたつの鬼火が燃えていることだった。

 さらに傍らに佇む男も普通じゃなかった。彼は全身を青くペイントして、腰蓑になめし革の褌といういで立ちだった。長いドレッドヘアをオールバックにして金属製のティアラでまとめていた。鼻から下をグレーのマスクで覆い、手首足首、もちろん首にも、なにかのまじないのようなミサンガで飾っている。手には槍を持ち、ボードのような楯を背負っているのだ。彼の眼光も鋭く光っている。

 もう一人、小さい男もいた。狼を象ったような仮面で顔を隠し、黒装束に毛皮のチョッキを羽織り、左手に鋭そうな爪のついた革手袋をはめている。襟元からは鎖帷子も覗いている。まるで、ちびっこ忍者という風体だ。

「ち…チンドンヤ!」

「アタシの仲間です」

 ヒミコは唖然とするミッキーたちに紹介を始めた。

「この孫悟空みたいな格好をした人が〝月の使者〟チャンドラ、赤いのが〝火の神〟アグニ、青いのは〝水の戦士〟サイレン、仮面の忍者は〝草の者〟ハンゾーっていいます」

 チャンドラだけが「よろしく」というように不敵な笑みを浮かべたが、他の三人は表情も変えなかった。

「あと二人いるんですけど建物のなかでは移動が不自由なんで、ここにはきてません。これがアタシのチーム、〝内なる力(=インナーフォース)〟の戦隊、ストレンジャーです」

 クマやミッキーは顔を見合わせた。ワカが「やっぱり対戦ゲームか、なんかだよ」と小声でいう。

 ゲンチャンは単刀直入にきいた。

「ヒミコちゃん、ゲームをやるの?」

 すると、それに答えるかのように校内放送が響いた。野太い男の声だった。

《そうだよ、これからみんなで楽しくゲームをやるんだよ》

 理科室の観音開きの扉がゆっくりと開きだす。

「下がって」とヒミコは、ゲンチャンたちをストレンジャーの後ろまで押しやった。開いた扉から逆光を浴びて人影が現れた。車いすに座った人物なのだ。

「おい、倉井じゃないのか」

 よく見ようと乗り出すミッキーをチャンドラが抑えた。チャンドラは振り向きつつ、サングラスをはずして見せるのだ。その顔を見たミッキーは、思わず生唾を飲み込んだ。

「えっ… 」

 ミッキーはその顔に見憶えがあった。よく顔を覗き込もうとすると、うるさそうにチャンドラはいう。

「オブスキュアはアレだ。よく見ておけ」

 そういって、蛍光灯の下に姿を現した車いすの人物を指さす。それを見た彼らはあまりの異様さに言葉が出てこなかった。人物というより怪物といった方が適当だった。

「‼」

 一見、車いすに乗った、理科室によくある人体模型に見えるのだが、右半身が人間、左半身は機械だった。金属製の骨格に無造作についたネジやバネの間で歯車がギリギリと音を立てて回っていた。顔の半分はシャレコウベ状の造形物となっていて、その眼孔に嵌った眼球だけがまるで生きもののようにくるくるとあたりを物色していた。

 人間の部分の半分も、まともではなかった。右側だけ全裸の男性が背もたれに身体をあずけ肘掛けに頬杖をついて無表情なのだが、顔は焼けただれたように崩れている。

 左側の肘掛け部分にあるレバーが勝手に動いて車いすを進めているのだが、よく見れば車いすの車輪は無く、代わりにキャタピラがついているのだ。怪物の下半身は装甲車のようだった。

「これが・・・おぶすけあ?」

 目の前に現れた、その異様なものを見てミッキーはチャンドラを振り返った。すると、声がきこえたかのように校内放送がそれに答えた。

《それはオブスキュアじゃないよ》

 さっきの野太い声だった。

《ボクにオブスキュアと名づけてくれたんだね、ヒミコ。いとしのヒミコ。かわいいヒミコ。素敵な名前をありがとう。まさかソラがキミだったとはね。信頼していたのに… 裏切られた男の気持ちがキミにはわからないだろうな。キミは人気者だったからな。思い知らせてあげよう》

 ヒミコは、しゃがみ込むように低い姿勢で彼らを下がらせながら「ヤツはどこか別のところで見ているのだわ」といった。

《ヒミコ、ゲームで決着をつけようじゃないか。負けた方が消滅だ。キミたちと遊ぶのは〝マン=タンク〟。ボクの忠実な下僕だよ》

「やっぱり囮を出してきたな。どうせ〝カレント〟だ、ゲームが始まればキリがない」

 オブスキュアの声をきいたチャンドラはヒミコに助言した。

「ここはインナーフォースに任せて彼らを逃がそう」

「そうね」

 彼女の先導で廊下を戻ろうとしたときだった。マン=タンクの肘掛けが倒れて、そこからバズーカ砲のようなものが現れた。瞬く暇もなく砲弾は放たれた。

「あぶない!」

 ヒミコたちの上にチャンドラが覆いかぶさった。弾は閃光の筋を曳きながら虚空を切り裂いて通り過ぎる。ほどなく反対側の壁に当たって爆発した。衝撃で壁や天井が崩れた。

《マン=タンクは機関銃、バズーカ砲からミサイル弾まで装備してるよ。飛び道具は卑怯だなんていわせない。そっちは七人がかりなんだからね。せいぜい健闘してくれ》

 埃を被りながらクマがヒミコにきく。

「ケガしたりしないんだろ? ゲームだもんな?」

「死んだりはしないですよ。ケガもないけど、当たれば消されます」

 ヒミコは伏せたまま、答える。

「消される?」

「オブスキュアがいってたでしょ? ここから〝ゾーン〟に飛ばされるってことです」

「ゾーン?」

 クマが上体を持ち上げようとするのをチャンドラが押さえつける。彼らの後方では残ったストレンジャーたちが火花を散らしてマン=タンクと戦っているのだろう、機銃掃射のものすごい音と硝煙が立っている。

「ゾーンというのはオブスキュアの隠れ場所です。倉井も、おそらくそこに拉致されてると思います」

 うつ伏せたヒミコは組んだ両腕に顎を乗せて上目遣いにいった。彼女の傍らでチャンドラが煙幕のようなものを張っている。

「筋斗雲がバリアになってくれる」

 ゲンチャンが「やっぱり孫悟空だ」と呟いた。

「この間にいきましょう」と立ち上がったヒミコは四人組を誘導する。

 廊下の端から階段に下りようとすると、そこは真っ暗だった。先頭で駆け降りていたミッキーの姿がなくなった。

「ミッキー!」

 あとを追おうとするワカの手をヒミコが掴んだ。

「いっちゃダメ!」

 ワカは驚いて振り返った。

「罠ですよ。オブスキュアがトラップを張ってます」

「ミッキーは?」

 階段の上から奈落を見降ろしているヒミコは「おそらくゾーンに落ちたんでしょう… 」といった。

「ゾーンに落ちるとどうなるの? ミッキーは?」

 ワカはヒミコの肩を揺するようにきいた。

「死にはしません、大丈夫ですよ。人質になっただけです。戦線から外されて、アタシたちの戦力が落ちるというだけのことですから」

「なんだ」と安堵の息をついたワカだったが、クマはさらに疑問が湧いたようだ。

「オレたちはギャラリーだから、もともと戦力じゃないだろ? ギャラリーを消したってしょうがないだろうに。だいたいミッキーはどうなるんだよ」

 しばし考え込んでいたヒミコは、くるりとクマたちの方に振り向いた。

「皆さんは、どこのスポットからダイブしたんですか?」

「ウチにスポットがあるから」とクマが答えると、ゲンチャンも「オレも」といった。

「そうすると街のスポットからダイブされたのは仲込さんと三木さんのふたりということですね?」

 ワカは頷いた。

「街のスポットは時間制限があるからタイムアウトになれば戻れます。ただし、フィジカルに、ということですけど」とヒミコは教える。

「ここには戻ってこれないんだ?」とワカはきき返す。

「おそらくゾーンでタイムアウトになれば、再び同じアドレスにダイブしたら、またゾーンです」

「なるほど、ここには戻ってこれないんだ。そもそもここはパーソナルマップ上じゃないから、検索できないしな。最後の履歴をあてにするとゾーンに戻るしかないってことか」

 残された三人は納得せざるを得なかった。それをきいていたヒミコはパチンと手を叩いた。顔には笑みさえ浮かべている。

「いいことを思いつきました! とりあえずアタシたちのアジトにいきましょう」

 階段の角から様子を見ていたチャンドラが「いまはダメだ」と手を振った。廊下の向こうはまだ煙っていて、なにかが炸裂するような音が響いている。ヒミコたちは筋斗雲のバリアに護られながら、そのさなかに戻ることになった。

 不意にヒミコは一人のインナーフォースに向かって指令を下す。

「サイレン、歌って」

 ボードの楯の陰から放水攻撃をしていたサイレンが突然、奇妙な高音を発し始めた。

「皆さん、耳を塞いで」

 ヒミコにいわれた三人は、慌てて耳に指を突っ込んだ。次の瞬間、無音の世界になにもかもが静止しているのがわかった。ヒミコに促されて三人はマン=タンクの横を通り過ぎ、反対側の階段から上にあがった。彼らが三階にあがる頃には再び階下で戦闘の音が響きだした。

「もう大丈夫です」といわれた三人は指を耳の穴から外した。

「サイレンは高周波を出すことができるんです。それで一時的にシステムをフリーズさせました。皆さんに影響があるといけないんで耳を塞いでもらったんです」

 ヒミコは前を歩きながら、わけを話した。

「最初からそれを使えば簡単に勝てるんじゃないの?」

 ゲンチャンは尤もな疑問を口にする。すると、ヒミコは微笑しながら教えた。

「そうですよね。それができればね。あまり長時間フリーズさせるとシステムダウンする恐れがあるんですよ。しかも、耳を塞いでないと敵味方関係なく全員がフリーズしてしまうの。それにサイレン以外のインナーフォースもいろんな必殺技を持ってるんですけど、いずれも長時間使うと(オーバ)負荷(ーロード)で本人のボディにダメージをもたらすんです」

「瞬間芸みたいなものなんだな」

「ゲームの世界だからな、無敵ってわけにいかないんだろ」とクマも理解を示す。

 ヒミコは廊下の真ん中あたりにある引き戸を開けて、なかに彼らを招き入れた。

「ここがアジト? 戦場の真上じゃないか。よく見つからないな」

 クマは引き戸を眺めながら唖然とした口調だ。まだ階下からは爆裂音や砲撃のような音がきこえてくる。

「作間さん、早くなかに入ってください」

 ヒミコに促されてクマは慌てて教室内に足を踏み入れた。全員が入ると引き戸を閉じてヒミコは説明する。

「いま廊下からだれかきても外側を〝OFF〟にしたので、なかにアタシたちがいることを気づかれません」

 ワカがゲンチャンに囁くようにきいた。

「OFFってなんだよ?」

「うーん、なんというか…」と考えあぐねるゲンチャンの脇からクマがサポートした。

「つまり、有効じゃないってことだよ。この部屋には入れませんよって、外からの見た目を壁紙みたいにするのさ」

「へえ」と感心するワカにヒミコはにこやかにいう。

「アジトはストレンジャー側のゾーンなんです」

 その頃、ミッキーは…



 ミッキーは暗い穴のなかを急降下していた。いや、穴ではない。まわりをよく見れば無数の星がこちらに向かって近づいては通り過ぎていく。物凄い速さだった。しかし、風圧を感じることはなかった。どうやら宇宙空間を無限落下している最中らしい。

 こうしてどのくらいの時間落ち続けているのかわからなかった。宇宙空間にしては寒さも感じず、妙に生暖かかった。

 やがて星々を眺めている視界に狭窄が始まった。人間の視神経の本能だから抗いようもない。無感覚の宇宙空間で、まぶたが誘眠作用の重力に耐えられなくなってきたのだ。

 ミッキーは眠気を払うために首を振った。その視界の片隅に見えたものがあった。人のようだった。自分のはるか上空を同じように落ちている。彼はこっちを向いていた。

 ミッキーが急降下しているのか、彼が急上昇しているのか判断がつかなかったが、等距離で同じ方向に進んでいるのだ。

 その人物の顔に見憶えがあることに気づくまで、そう時間はかからなかった。彼はミッキーの同級生だった。彼も眠ったように目を閉じていた。大声を出して呼んでみてもきこえそうにない距離だった。

 そのときミッキーは、やっと気づくのだ。ヒミコが、亭主は拉致されているといっていたことを。つまり、自分も拉致されてしまった、と。

 別に自由を束縛されているわけではないし、喋れないわけでもない。だが助けを呼べるとは容易に考えられなかった。ひたすら、どこなんだ、ここは・・・と憶測を巡らすしかなかった。

 ミッキーは自分のコンソールが開けるかやってみた。急速移動していると思われる銀河の光跡の上に半透明のコンソールが立ち上がった。彼はだれかにメッセージを送ろうと思ったが、どんな文面でこの状態を説明すればよいか、 咄嗟には思いつかなかった。

 そのとき、逆にメッセージが入った。着信のサインがはっきりきこえ、目にも見てとれた。クマからだった。

《いまいるところのアドレスを送れ》

 ミッキーはコンソールのポジションシステムに表示された記号の羅列を見た。こんな勢いで落ちているのにアドレスは一定だった。これが本当にアドレスかどうかも確かめようがないので、それを送信してみた。そして、見える景色や自分の状況とともに、こう付け加えた。

《ここには倉井もいる》


毎週金曜日23時に更新します。

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