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インナースペースオペラ  作者: 犬上田鍬
2/7

追憶の回廊

 やがて目的地と思われるステーションに車輌は滑り込んだ。

「どこにきたんだ・・・なんていっても意味ないか。倉井のつくったところだろうから」

 ワカはそういいながら駅名の表示板を見上げた。

《赤土山口》

「あかつちやまぐち?」

 いい具合に構内放送が流れる。

《御一行様にお知らせいたします。駅を出られましたら、速やかに正面の防空壕からお入りください》

 クマは苦笑いしながらいうのだ。

「倉井のヤツ、こんなところに〝底なし穴〟をつくりやがった」

 高架駅のデッキを歩いていくと、目の前に急斜面の大地が現れた。まわりは人の手が入っていない藪に覆われ、その一面だけが地肌を剥き出しにしていた。天然のスロープ状になった誘導路を上がっていけば、大きな手彫りの洞穴が口を開けている。

「底なし穴って、こんなんだっけ?」

 四人はその洞穴を見上げた。

「底なし穴以外に考えられないだろうよ。もう二十五年くらい昔のことだから、あまり憶えてないけどな」とクマ。

 ミッキーも「赤土山といえば底なし穴だ」といって、彼だけまわりの山を見回している。

「ここはたしかに赤土山なんだろうけど、こんなに山のなかじゃなかっただろ?」

 ミッキーはなにが気になるのか、赤土山を囲むようにしている風景に目を凝らしていた。

「なんだよ?」

 それに気づいたゲンチャンも、ミッキーの見ているものを追うようにした。

「アレ」とミッキーが指さす方を見ると、なにか人工物のようなものが木々の間から飛び出していた。

「なんだろうな? ガードレールみたいだけど、曲がってるのか?」

「あそこに道があるってこと? なんか見たことある景色だな、ここ」

 しばらく見渡してから、首をひねるミッキーだった。

 ワカもいう。

「赤土山はいま自然公園みたいになってて、まわりは住宅街だよ。いくら四半世紀も前とはいえ、こんな山のなかじゃなかった」

「そうだろ?」とミッキーがいうと、ゲンチャンは「そりゃ、海のそばに山奥もあるわな、RPGフィールドなんだから」と茶化す。

 一方、クマは先ほどから洞穴の入口に立って、その天井を見上げるようにしていた。

「どうした、クマ。たそがれてるのか?」

「バカいえ」と笑顔で彼らを見返す。

「たそがれたくても、こう印象が違うとな… だいたい底なし穴っていうのはオレたちが勝手にそう呼んでいただけで、実際は丘陵の斜面に掘ってあった防空壕だよな?」

「構内放送でも防空壕っていってた」とワカは同調した。

「これ、どう見ても洞窟だぜ。天井だってこんなに高くなかったし… 」

 そういうとクマは手を伸ばした。このメンバーのなかでは一番身長のあるクマでも、およそ届くとは思えない高さだ。

「でも倉井の印象では、これが底なし穴なんだろうな」とゲンチャンは独り理解を示す。

「底なし穴」は中学生だった頃の遊び場だった。溜まり場はワカの部屋だったが、おもてへ出るとなぜか足がここへ向いた。

 最初はミッキーが兄から、赤土山に大きな洞窟がある、ときいてワカたちと探しにきたのが始まりだった。面白いところを見つけて大喜びの彼らは、暇さえあれば地元の街から自転車で三十分くらいのここに集まるようになった。

「底なし穴」の名の由来は、入口はひとつなのに、なかで複雑に分岐して、おそらく山全体に通路が拡がっているのではないかと推察できるところからだった。終わりのない横穴という意味でついた名前だ。

「だれか奥まで入ったヤツいるの?」

 ワカがだれにともなくきいたが、みんな首を傾げるだけだった。ミッキーは思い出すようにいう。

「一度、大勢できたことがあったじゃんか? それぞれルートを割り当てて」

 ワカも憶えていた。あれは、たしか小学校を卒業して、中学に上がる前の春休みだった。

「よくそんなこと憶えてるな、オマエら」

 クマは感心していうと、ワカは笑いながら答えた。

「憶えてるよ、みんなオレの知った顔ばかりだったから」

 ワカはその後、私立の男子校に進んだので、そのことはよく憶えているという。

 さらにミッキーの話は続く。

「倉井とカズトの組がヘンな横っちょのルートの担当になってさ、それぞれ分かれてみんな入っていくんだけど、怖くてすぐ出てきちゃうんだよ」

「ハンディライトくらい持ってたんだろ、みんな」

 クマの問いにミッキーは頷いたが、すぐに吹き出すように笑い出した。

「ところが倉井が手ぶらできてて… 」

「そうだ」とワカがそのことを思い出して、続きを彼が話す。

「オレがハンディライト以外に、なんかの役に立つかもと思って仏壇からロウソクを持ってきてたんだよ。それを倉井に貸してやったんだ」

 また、ミッキーにバトンタッチ。

「そうそう、そうしたらカズトがロウソクの灯りで入るのは面白そうだといって、倉井と組んで颯爽と入っていった。もちろん、オレたちも別のルートに入った」

「オレも?」とゲンチャンは自分を指す。「もちろん」とミッキーは尤もらしい顔で頷く。

「オレもいた?」と今度はクマ。

「クマはオレと一緒に入った」とワカが答える。また、ミッキー。

「少ししたら洞穴中に悲鳴が響き渡ってさ、みんな慌てて飛び出したんだよ!」

「どうしたんだよ?」

 他の三人は可笑しそうに話しているミッキーをせかした。

「おもてへ出てきてみたら、あのふたりだけが戻ってないじゃんか! アイツらになにかあったんだって、ふたりが入った穴の方にいってみるとなかで悲鳴だか怒鳴り声で大騒ぎになっているのがきこえてきて」

「うん」とクマは固唾を呑むようにきいている。

「ヤツらが入った穴の入口でオーイなんて声をかけてたら、ふたりが泥だらけで先を争うように出てきてさ」

 ミッキーの話によると、ただでさえ暗いロウソクの灯りをカズトが面白がって、なかで消したらしいのだ。外の光がまったく入ってこない防空壕のなかは真の暗闇になり、パニックになった倉井は大声で叫んで走り出したという。慌てたカズトも倉井の名を呼びながら、あとを追いかけたということだった。

「カズトならやりそうなことだ」とクマは冷ややかな笑みを浮かべた。

 ミッキーは笑いを堪えながらいう。

「倉井なんか真っ蒼な顔でカンカンだよ。カズトは面白そうに笑ってるだけなんだ。もう一回いこうなんて」

「いったの?」

「いくわけない。倉井は激怒だから」

 駅舎の方から放送がきこえてきた。

《速やかに防空壕にお入りください… 》

「おい、入れっていってるぜ」とワカがみんなを促す。

 しばらく躊躇うようにしていた四人だったが、あまりに案内の放送がしつこいので渋々なかに足を踏み入れた。

 穴のなかは意外に明るかった。全体をブルーライトで照らしているような感じで、ちょうどTVドラマの夜のシーンみたいだった。

「入口が少し掘ってあって下るように入ったんだよな。こんなフラットじゃなかったはずだよ」と、クマは感触をたしかめる。

「だから外から見るとそんな大きな穴に見えなかったんだ」

「あとで倉井からきいたんだけど…」と、ミッキーはまだ続きを喋っている。

「アイツ、極度の暗所恐怖症なんだって」

「よく、こんなところにきたな」とクマは呆れ顔だ。

「そんな倉井がなんでこんなところへ呼び出すんだろうな?」

 追い打ちをかけるようなワカの疑問にはだれも答えず、一行はどんどん奥へと進む。洞穴は彼らの持っているイメージとちがい、一本のトンネルだった。

「底なし穴じゃないな、これ」とゲンチャンはいう。

「この壁、岩を掘ったものだろ? 防空壕じゃないよ」

「そうだな。土の壁だったし、通路の端に溝みたいなのが掘ってあったよ、たしか」

 ミッキーもあたりを触れていう。みんな徐々に、あの頃のことを思い出し始めた。

 地面は少し湿っているようだったが、ぬかるんでいるとまではいえなかった。

「あの頃はドロドロでツルツルだったよな?」

 ワカのイメージに、記憶力のいいミッキーはますます調子づいた。

「たしか、カズトたちの入ったところだけが独立した一本の穴で、ただ真っ直ぐ掘ってあるだけだったんだよ」

 その話をきいてクマも柔らかい顔で振り向いた。

「そうだ。行き止りになってて、そこに水脈が流れてたんだよな? たぶん、あの水を水道がわりに使ってたんだろう」

 ワカが面白そうにいう。

「じゃあ、他の穴と繋がってたらカズトたちは無事に出てこられたか、わからなかったな」

「あのときは運に見放されてなかった」とゲンチャンの意味深な発言に、他のメンバーは無言になった。

「明日、同窓会をやるだろ?」と、クマが不意にいい出した。

「だれもそのことには触れたくないだろうな。だからいきたくなかったんだよ、オレ」

「オレも」とミッキーも。

「なんかカズトと仲が良かったっていうだけで居づらい雰囲気じゃない?」

「でも倉井が参加するっていうんなら・・・ なあ?」と、苦笑いでクマやゲンチャンは肩身が狭そうに相槌を打つ。

 そのへんのデリケートな事情を知らないワカだけが、やはりそんなものなのかなあと思ったようだ。

「いまさらかもしれないけどさ」といいだすと、みんな彼の方に視線を集めた。

「事件のことに触れたくないのはわかるけど、実はオレもいまのいままでききづらくて、詳しいことを知らないんだよ」

 クマは皮肉のようにいう。

「そんなヤツがなんでカズトの墓参りを仕切ってるんだ!」

「もちろん、新聞やニュースなんかで概要は知ってるけど… 」

 クマは「いや、冗談、冗談」とおどける。

「あの夜、オレのところで酒を飲んでたじゃないか?」

 クマはミッキーと顔を見合わせた。

「そうだったっけ?」

「そうだよ。ふたりできただろ? 成人式のあと、二次会だか三次会の流れで」

 ミッキーは思い出したように手を叩く。

「・・・だから!」

 もったいぶったように口を開けたまま言葉を発しようとしないミッキーに、ゲンチャンは焦れていうのだ。

「だから、なんなんだよ!」

「あのときだよ! カズトたちがクルマで、これから西多摩専用道路にいくからって誘われただろ?」

 クマは目を瞑って首を傾げた。

「ああ…憶えてない。しこたま飲んでたからなあ」

 ミッキーは、そのときの様子をこと細かに話しだした。

 それによれば、飲んでいる席で同級生の草間(くさま)修身(おさみ)が西多摩専用道路のパーキングで幽霊を見た話をしたという。それを面白がったカズトが、クルマを出すからいまからいこうといいだしたらしい。

「草間って、〝スカンク草間〟だろ。オレ、小学校のとき仲が良かったんだよ」とワカ。

「クルマに乗りきれないし、クマが、かったるいというから、オレたちはいかなかったんだ。それでワカのところで飲み直そうってなった」

「事故があったのは、ウチにきて飲んでる間のことだろ?」

 クマはメガネの奥の細い眼を鋭く光らせて頷く。

「酔っ払い運転で、しかも凍結しやすい峠道を走ったんだ」

「ハンドルをとられてガードレールをぶち破った」

 ミッキーが続ける。

「おそらく五人乗ってて、スリップしたときはコントロール不能だったんじゃないかな。たぶん、あの峠道でスピードも出てたろうし」

「崖から落ちて大破炎上か… 」

「だれがだれなのかわからないぐらい、クルマの破片とともにあちこちに飛び散ってたって… 」

「よく、倉井は助かったな」

「助かったっていっても大やけどと頸椎損傷で車いす生活になっちゃったんだぜ」とクマ。

 今度はゲンチャン。

「アイツは助手席で窓を開けてたらしい。外に放り出されたみたいだ」

「あのクソ寒いのに?」

 ワカの疑問には、またミッキーが答えた。

「いや、飲み過ぎで、しかもカズトの荒い運転だろ? 気持ち悪かったんだよ」

「なるほど」とはいったものの、ワカはいまひとつ納得できないようだ。

「たしか、倉井のお父さんは職業レーサーだったよな?」

「そう」とゲンチャンは頷いて、「転戦、転戦でほとんど家にいたことがないっていってた」

「有名な人だったのかな?」

 クマもミッキーも首を傾げた。

「でも帰ってくると、よくカートに乗せてくれたっていってたよ。小さい頃だろうけど」

 ゲンチャンは倉井と保育園から一緒なので、彼のことは詳しいのだ。

「そのうち、外に女をつくっちゃって帰ってこなくなったんだ。それ以来、一切オヤジのことをいわなくなった」

 ワカもゲンチャン同様、幼なじみだったので、そんな話はきいたことがあるといった。

「やっぱり、他人の運転だと目が回るものかな。いつもスゴイ運転してたけどな、アイツ」

「倉井が?」

 ワカ以外の三人は目を丸くした。ワカは素っ気なく頷く。

「倉井がクルマを運転してたの?」

 確かめるようなゲンチャンの問いかけに、さすがにワカもヘンな気配だと気づいた。

「なんでよ?」

「なんでじゃないよ。アイツ、免許を持ってないんだぜ」

 ワカはそれをきいて、初めて目を真ん丸にした。

「嘘だろ? オレ、アイツがお母さんのクルマを運転しているのを何回か見たことあるぞ」

「マジかよ… 」

「街なかをわざと蛇行しながら飛ばしてるのを見て、昔からああいうところは変わんないなと思ってたんだ。無免許だったのかよ。オヤジに習ってたのかもしれないな」

 それをきいてゲンチャンは含み笑いで教える。

「倉井の両親が離婚したのは、たしか中学の頃だぜ。中学生に運転なんかさせるか?」

「じゃあ、お母さんが教えたのかな? でも、もう免許をとる必要もないだろうしな」

「不謹慎なこというな」とクマが釘をさす。

「だれが居たんだっけ?」とゲンチャンは指折り数えだした。こういうときにミッキーの抜群の記憶力が発揮される。

「カズトと倉井、スカンクの他はラッキー…」といいかけると、クマが急に笑顔になった。

「そうだ、ラッキーが居たんだな」

「ラッキーって月山(つきやま)のことだろ? ヤンチャで有名だったから名前だけは知ってるよ」とワカ。

月山(つきやま)(ひょう)()っていうんだ、アイツ。豹の惠みって書くんだよ」

 クマは懐かしそうに、満面の笑みだ。そんなクマに今度はゲンチャンがきく。

「月山は、なんでラッキーって呼ばれるようになったのさ?」

 ミッキーが、待ってましたとばかりに割り込んでくる。

「オレに喋らせてくれ」

 クマは眉をひそめて、「そんなにいうんならオマエ喋れ」と譲った。するとミッキーは、突然こんな話をしだすのだ。

「高校一年のときに英語の講師で信濃(しなの)っていうジイサンがいただろ?」

「ああ、いたよ」とクマは頷いた。

「オレは一年のとき、倉井やラッキーと同じクラスだったんで、その経緯は憶えてる」

 ミッキーがいうには、その信濃という英語の教師は毎時間のルーチンがあったという。

「そのジイサンはおかしなひとでさ。教室のドアや窓はすべて開けておけというんだ。冬でも雨でも閉まってると怒るんだよ」

「オレたちは信濃に習ったことがないから」と、クマもゲンチャンも初耳らしかった。「なんで?」ときいたのはワカだった。

「邪気が籠るとか、正気とは思えないことをいうんだ」

「そりゃ、重症だな」とゲンチャンの合いの手。ミッキーの話は続く。

「だから英語の時間はドアを開けてジイサンがくるのを待ってると、決まってオレたちの教室の前を通り過ぎるんだよ。それで、しばらくしてから戻ってきてドアの前でクラスの札を見上げて、ここだったか、みたいに入ってくるんだ」

 みんな、顔をしかめた。クマがいう。

「それを毎回やるの?」

「毎回」

「それは、なんのつもりなんだよ?」

 ミッキーは肩をすくめるようにして両手をあげて見せた。

「倉井がいうには、どうやら信濃のジイサンはウケを狙ってるのじゃないか、と」

「ウケ? ボケじゃなくて? ウケたことあるの?」

「オレの記憶では…無い!」

 自信満々のミッキーの言い草に、みんな大笑いしたがクマは脱線しそうなところを軌道修正しようと窘めた。

「ラッキーの由来はどうしたんだよ!」

「いや、それだけじゃないんだ」

 ミッキーの話によると、その教師は必ず出席をとるときに、嫌がらせのように月山のことを「ガッサン」と呼んで、月山が毎度「ツキヤマです」と直していたそうだ。

「それも毎回なんだよ。しかもラッキーが、ツキヤマですというと、珍しい名前だと感心して、これも同じことをいうんだ」

「なんて?」

「ヤマのようなツキに恵まれた豹か。ラッキーな名前だなあ、と」

「それがラッキーの由来なの? 知らなかったよ」

 ゲンチャンが納得すれば、クマもミッキーの記憶力に呆れながら「初めてきいた」と冷笑した。ミッキーの話はさらに脱線する。

「ラッキーがしつこくガッサン呼ばわりされるんで、一度、いい加減にしろよなって呟いたことがあるんだよ。それがきこえたらしくてジイサンが激怒でさ」

 その信濃という教師は、自分は空手の有段者だといい始めて、その日の朝もバス通りで鳥(!)に襲われたから、前からくるのは正拳突き、後ろからのは回し蹴りで撃退したという不可解な話をしたらしい。

「鳥? 大丈夫かよ、動物愛護団体からクレームがくるぞ」とノンキなゲンチャン。

「いや、ホントの話じゃないだろ。もう、オレも倉井も可笑しくてしょうがないんだけど笑えない雰囲気だから、そのあと堪えるのに苦労した」と思い出し笑いのミッキーだった。

「懐かしいな」と、それぞれが顔を綻ばせた。

「あと一人はだれよ?」

 ワカは、もう決め打ちでミッキーの顔を見た。

「カズト、スカンク、ラッキーに倉井だろ。あと・・・水瀬(みなせ)だ!」

 クマもゲンチャンも深く頷いた。ワカだけが「へえ」といった感じだった。

「どんなヤツ? オレが知ってる顔かな?」

 ミッキーが得意げに彼の特徴を説明する。

「〝秒殺の水瀬〟っていわれててさ、なっ?」

「そう、そう」とクマとゲンチャン。

「あの当時、長髪のオールバックにしてたんだけど、目つきが尋常じゃないんだよ。笑ってても、目だけは睨んでいるような目ヂカラのあるヤツでさ。ケンカになりそうでも、まず相手が水瀬の眼力に怯むっていうくらい怖い目つきをしてた」

「それで〝秒殺〟? なるほどね。たぶん知らないなあ。もう知ることもないけど」

 クマが弁護をする。

「実際はそんな凶暴なヤツじゃないんだよ。おとなしくて、口数が少なくて。見た目の印象で損してるというか、得してるというのか… 」

 さらにゲンチャンも。

「アイツはすごい人見知りだし、照れ屋だし、ホントはシャイなヤツなんだ。倉井やカズトと仲が良かったのが運の尽きだったなあ」

「ラッキー(!)がいたのに?」と、場の空気を読まずにツッコむワカに、クマが「よせ」と睨む。彼にとっては、かけがえのない友だちだったのだろう。ワカは拝むようにしながらも、愛想笑いを浮かべて「でもさ」と話しだした。

「成人式の翌日クマから、そのことを電話できいて葬式にいったじゃん?」

「あれは一週間ぐらいあとだったんだよな。合同葬儀だったんだ」とクマ。

 そして、ワカが続ける。

「オレはカズトにお線香をあげるつもりでいったら、受付がないじゃんか! そうしたら草間家の受付があってさ。まさかスカンクも一緒だなんて知らなかったから、びっくりしたんだよ。とりあえず、香典はスカンクに出したんだけど… 」

 それをきいた他の三人は難しい表情で、お互い目線を探り合うようにしていた。ワカは、またなにか気まずいことでもいったかと彼らの様子を窺った。

 やがて、クマがその理由を語るのだ。

「いろいろあったらしいぜ。意識がもどった倉井から事故の全貌がわかって、運転していたカズトのお父さんが自分の息子そっちのけで、他の家族に謝罪に回ったらしい。ラッキーや水瀬のところはともかく、ひとり親だったスカンクや倉井のお母さんは激怒だったってきいたな」

 ミッキーが引き継ぐ。

「カズトのオヤジが申し訳ないからって合同葬儀の費用を全部持って、カズトは無しだよ。カズトのオフクロやヒミコちゃんは相当ショックだったらしくて、そのあと一家離散状態になっちゃったんだ」

「お父さんは会社を売って、そのカネを各家族に見舞金として払っただろ? それで首吊ったわけだ。オフクロさんはほとんど正気を保てなくて、どこかへ消えちゃった。ヒミコちゃんが倉井のところにきてるってきいたときはちょっと驚いたよ、な?」

 クマとミッキーは交互に解説する。

「それがアニキの不始末に対するヒミコちゃんのスジの通し方だったんだろうな。とんでもない野郎だよ、アイツは」とクマは吐き捨てるようにいった。「アイツ」とは当然、カズトのことだ。

「でも、もうそんなことをいったってしょうがないだろ? もし、ワカがカズトの墓参りにいこうっていわなかったら、オレは絶対お線香なんてあげてなかった」

「いろいろあったんだな」

 ワカは、知らなかったとはいえ、なにかずっしりと重いものを持たされたような気がしたにちがいない。その重い空気を破って、ミッキーはいう。

「でも、なにも倉井と結婚までしなくてもいいと思わない?」

「それがヒミコちゃんのスジの通し方だったんだよ! カズトのために前途洋々だった人生をなげうったんだぜ。オマエにできるか、そんなことが?」

「できません… 」

 クマに怒鳴られたミッキーは急に畏まった態度になる。ますますヘンな空気感になってきた。それを察してかどうかわからないが、ゲンチャンがおもむろにいう。

「しかし、この穴どこまで続くんだよ?」

 たしかにさっきから、まるで同じところをぐるぐる回っているように岩に囲まれた薄暗いトンネルをさまよっていた。

「駅前ロータリーじゃあるまいし」と軽口を叩くゲンチャンに、クマは思わず吹き出す。

 少し緊張がほぐれたところで、ミッキーはワカに近寄ってグチをいった。

「なにもそんなに怒らなくてもいいじゃないか、なあ?」

 ワカはクスクス笑いながら「オレもそう思ったよ」と、独身者のふたりはお互いの気持ちを確かめ合ったようだ。

「でも、ヒミコさんの気持ちはだれにもわからない。ホントに誠意を表すために生涯、倉井と添い遂げようと思っているのか、本人にきいてみないことにはな」

 ワカは、そもそも気位の高そうな女とは反りが合わないと思って敬遠していたみたいだが、結婚した相手が身近な友だちだったことで、ハードルが下がったとミッキーは考えていたのかもしれない。

「倉井と結婚するくらいならオレと、とか思ったのか?」

「倉井となら、オレの方がマシだろ」

 どうやら図星のようだ。

「残念だったな。だいたいオマエはアピールが足りないんだよ」

「悔やんでも、悔やみきれん」

 ミッキーは、さらに小さな声でワカにきくのだ。

「ところでワカ、チンドンヤってなんだよ?」

 ワカは、「まだ拘ってるのか」と破顔した。

「大衆演劇みたいな格好で、鉦や太鼓をチンチンドンドンとやりながら、スーパーなんかの宣伝をする連中さ」

「それ、商売? 見たことあるの?」

「昔、そういう連中がいたって本で読んだことがある」

「じゃあ、クモスケは?」

「クモスケ? それはオレがいったことじゃないだろ。ゲンチャンにきけよ」

「クマは知ってるのかな?」

「知らないだろ。ゲンチャンの口から出まかせなんじゃないの」

「オマエら、さっきからなにをゴチャゴチャいってるんだ!」

 またクマに怒られた。

「おい!」

 先頭を歩いていたゲンチャンが、こっちを振り返って呼ぶ。

「出口みたいだぜ」

 見れば緩やかにカーブをえがく穴の先に明るい光が見えていた。ただ、その光は陽ざしとは思えないほど白っぽかった。

「今日は晴れてなかったしな」とはいうものの、時間を見れば時計の針は午後七時をとうに過ぎていた。いくら夏でも、こんなに明るいはずがない、と彼らは思っただろう。



 暗い廊下の左側は端から端までサッシ窓だった。窓の外には、およそフィジカルではお目にかかれないほどの星が輝いていた。右側には前と後ろに引き戸のついた部屋がずらっと並んでいる。そのうちの一つから明かりが洩れていた。ストレンジャーのアジトである。

 シンプルなパイプの脚がついた椅子。天板と背もたれはつやのある合板のようだ。ソラはそこに座って、縄文時代の衣装の裾から見せるきれいな形の脚を組んでいた。向かい合って、大柄のチャンドラや目だけが妙にギラギラしたサイレンが座っている。彼らの前には似たデザインのテーブルもあった。

 そこへ赤ら顔に隈取りの表情のアグニと鉄仮面のハンゾーがやってきた。一番後ろからタロスが付き添ってきたようだが、図体が大き過ぎて、その部屋に入れず引き戸の外に待機した。

「揃ったわね。アグニもハンゾーも元どおりに修繕(リペア)してもらったのね」

 すると、ふたりは同じように親指を突き上げた。それを見ていたチャンドラが進言する。

「タロスやイシスはともかく、アグニやハンゾーやサイレンは喋らせてもよくないか?」

 ソラは柔らかいまなざしを変えることなく、きっぱりと断った。

「ダメよ。コミュニケーションが取れるようになれば、オブスキュアのつけいる隙を与えることになるわ。インナーフォースを代弁してくれるのはアナタだけでいい」

 チャンドラはソラから全幅の信頼をおかれても、少しも表情を変えることはなかった。キラーサングラスの奥の目が口ほどにものをいっていたとしても、だれにもわからない。

「では、きこうか」

 特に食い下がることもなく、チャンドラはソラを促した。ソラは目の前に揃ったストレンジャーの面々を見渡しながら、整いすぎるほど美しい顔に笑みを浮かべた。

「ヤツの見えるところに餌を撒くのよ。必ず喰いついてくるような。そのとき、ヤツは姿を現すはずよ」

「ヤツの餌ってなんだ?」

「すでに手は打ってあるわ。さっきの戦闘でヤツはそれを見たはずなの。姿を現さざるをえない餌をね」

「さっきの戦闘はそのためのものだったのか?」

「そう」と、ソラは自信に満ち溢れたような微笑を見せた。

「その餌とやらはどこにあるんだ?」

「隠してあるわ。そのうちお目にかけてあげる。それを知ればオブスキュアも、おっつけやってくる」

「それを迎え撃つって作戦か」

「それでヤツが滅びてくれれば、それで成功なんだけど… 」

 急にソラの顔から明るさが消えた。同時にチャンドラが皮肉そうに唇を歪める。

「ここはRPGフィールドだからな。蘇るのはストレンジャーだけの特権ではないわけだ」

「こっちにはイシスというリペア担当のメンバーがいるけど、ヤツの手の内がわからないのよ。実体化した後に、どのくらいの戦力で反撃してくるのか」

 ソラは伏目がちで腕を組んだ。

「滅びたことを自覚すればいいんだけど」

「ヤツが自滅する前にアンタのご主人を助け出さなければならない」

「そうね。ヤツがおとなしく彼の居場所を吐くかってことが問題よね」

「それがわからなければ、仮にヤツに勝ったとしてもなんの意味もない。もしかしたら、我々も全員が共倒れになることになるかもしれない」

「そこも考えてあるけれど、思惑通りにいくかしら」

 なんだか、だんだんとソラの態度が気弱に見えてきたチャンドラは励ますようにいう。

「大丈夫だ、ソラ。自分を信じて、オレたちに任せてくれればいい。ダメなら、また最初からやり直せばいいんだ」

 ソラはチャンドラを見て首を振った。

「今度はいままでみたいなわけにはいかないのよ。オブスキュアの餌は、あくまで囮なの。犠牲にするわけにはいかないのよ。餌の安全も考えれば、失敗はできないの」

「面倒な作戦みたいだな。しかも、この世界のほとんどはヤツがつくったものだ。ヤツの目が届かないところはないといっていいからな」

「なにしろストレンジャーはオブスキュアを引き付けてほしいの。ヤツの本体は必ず餌を狙ってくるはずだから」

 ソラとチャンドラが話し合っている間、他のメンバーは黙ってそれをきいているだけだった。

 不意に階下で物音がきこえ、一瞬アジトに緊張がはしった。廊下に控えていたタロスが室内を覗き込むようにしている。

「オブスキュアか?」と、チャンドラは立ち上がって部屋から出ようとした。

「待って。アタシが見てくるわ」

「ハンゾーをいかせよう」というチャンドラを抑えて、ソラは待つように指示をした。

 廊下の暗闇に消えていくソラのうしろ姿をストレンジャーの面々は見送るだけだった。


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