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おまけ1 領主館

 結婚式の翌々日に都を発った私たちは、10日ほどかけてバリー領を視察した後、コーウェン領へと移動した。


「変わってないな」


 馬車の窓の外を流れる景色を見つめながらメイが呟き、笑みを浮かべた。

 彼が最後にこの地を訪れたのは、9年も前だという。


 私は初めてだが、メイや家族から話を聞いたり屋敷に飾られている風景画を見たりしていたので、ようやく来られたという気持ちだった。




 領主館で私たちを迎えてくださったのは、2年前からこちらで暮らしていらっしゃるという先々代領主夫妻ーーメイのお祖父様とお祖母様だ。


「ひいおじいさま、ひいおばあさま、こんにちは」


「おお、よく来たな、クレア。それにメイ、パティも」


「お祖父様とお祖母様も、無事にお帰りのようで良かったです」


「疲れたでしょう。中に入ってゆっくりしてちょうだい」


「お世話になります」


 居間へと案内された後、改めてメイと頭を下げた。


「結婚式の時はありがとうございました」


「メイの結婚を見届けられて嬉しかったわ。ミリアムにも会えたし」


 お祖父様とお祖母様は私たちの結婚式に出席してくださるために3週間ほど都のコーウェン邸に滞在なさっていた。

 そして、私たちがバリー領で過ごしている間にコーウェン領に戻られたのだ。

 だから、おふたりにお会いするのはおよそ半月ぶりだ。


 確かに似ている、というのがメイのお祖父様に初めてお会いした時の第一印象だった。

 外交官としても名を馳せたお祖父様のほうがメイの何倍も貫禄があるが、孫やひ孫を前に相貌を崩す様子はお義父様に負けていらっしゃらない。


「しかし、しばらく賑やかなところにいたから帰ってくるのが辛くてな。また都で皆と暮らしたくなった」


「まったく、あなたが『後は若い者に任せて領地に引っ込もう』と仰ったくせに」


 一方、3代前の国王陛下の末の姫君であるお祖母様はどこか儚げにも見える美貌の持ち主だ。こちらはお義父様を経てアリス様に引き継がれているようだ。

 でも、このお祖母様が例の王宮の中庭で自ら求婚なさったという方なのだから、人は見かけに寄らない。


「あの時は、そうすべきだと思ったんだが」


「いいじゃないですか。皆、喜びますよ」


「それで、バリー領はどうだった?」


 お祖父様が先々代領主のお顔になって尋ねられた。メイもドレス職人の時とは少し違う顔で答えた。


「やっぱりコーウェン領と比べるとあちこち荒が目立ちますね。それでもこの数か月でずいぶん良くなったって領民には感謝されました。まあ、そのあたりはノアが色々やってくれたおかげなんですけど」


「まだ領主館もないのだろう?」


 前の領主の館があるあたりは別の方が治める土地になったのだ。

 といっても、その方はセアラ様の従兄にあたり、関係は良好。

 今回の視察ではその館で3泊させていただき、残りはバリー領内の有力者のお屋敷でお世話になった。


 子爵夫妻になっても都ではコーウェン家のお屋敷で暮らし続けている私たちだが、領主館はバリー領経営の本拠地となるからできるだけ速やかに設ける必要がある。

 だが、領地の視察を終えたメイと私の認識は一致していた。


「はい。建てる場所はだいたい決まっていますが、とりあえずは他の問題を片付けるほうが優先ですね」


 お祖父様は「そうだな」と頷いた。


「焦らず確実にやっていけ。おまえたちの近くには頼れる先達もいるのだしな」


「ここにいる間はお祖父様を大いに頼ります」


「ああ、任せておけ」


 お祖父様は目を細めて笑われた。




 コーウェン領滞在中は領主館にあるメイの部屋を3人で使うことになっていた。

 この部屋ももちろん初めてなのだが、この2週間は宿や初対面の方のお屋敷の客間などで寝泊まりしていたせいか、ホッとした気分になった。


「この部屋がまだあってよかった」


 ソファに腰を下ろしながらそう言ったメイも同じかもしれない。

 私も彼の隣に座った。


「ここ、だれのおへや?」


 クレアがメイの膝の上から訊いた。


「お父様のお部屋だけど、これからはお母様とクレアのお部屋でもあるよ」


「おかあさまとおとうさまはまたおしごと?」


「うん、明日からまたお仕事。でも今度はお休みの日もあるから、ピクニックに行こうか」


「ピクニック?」


 クレアの瞳が輝いた。


「良い場所があるんだ」


「ひいおじいさまとひいおばあさまもいっしょ?」


「ああ、そうだね。誘ってみようか」


「クレア、いってくる」


 クレアはメイの膝から下りると、部屋から出て行った。扉を開けたネリーがそのままついて行く。

 扉が閉まると、メイが私の手を取った。


「せっかくの新婚旅行なのに全然ゆっくりできなくてごめんね」


「謝ることなんてありません。メイとこうして新婚旅行ができて嬉しいです。クレアも一緒ですし」


「クレアに視察は退屈だったよね。ここならお祖母様にお願いできるけど」


 バリー領では視察にもほとんどクレアを連れて行ったので、ずっと3人一緒だった。

 クレアが自ら私たちのもとを離れるなんて、それこそこの旅行で初めてかもしれない。クレアにとってもこの館は安心できる場所のようだ。


 メイのもう片方の手が私の頬を撫でた。

 彼の顔がゆっくりと近づいてきて、唇が重なった。

 夜も相変わらず3人で寝ているので、新婚旅行とはいえ夫婦らしい触れ合いはこんな口づけくらいだ。

 だから、離れがたい。

 メイが私の体を抱き寄せ、私も両手を彼の背中に回した。


 が、ふいに扉を叩く音がして私たちは急いで互いから離れた。

 同時にクレアが部屋に飛び込んできた。


「ひいおじいさまとひいおばあさまもピクニックいくって。あと、クレア、きょうはひいおじいさまとひいおばあさまとねる」


 思わずメイを見上げると、彼と目が合った。

 そこに熱が籠っているように見えて、私の胸も高鳴った。

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