終話
いつもと同じように、日の出頃に目が覚めた。
腕の中では、昨日、正式に僕の妻になったパティが眠っていた。
少し身を起こして、僕に背中を向けているパティの顔を覗いた。
起きている間は背筋を伸ばしてシャンとしている彼女も、寝顔はどこか稚い。
昨日の結婚式やパーティーでのパティはまさに完璧な花嫁で、彼女の纏ったウェディングドレスや空色のドレスを作った僕は誇らしい気持ちになった。
でも、僕以外の人たちの目まで惹きつけてしまうのは困りものだ。
化粧を落とし、髪を解き、寝巻を着た彼女を抱きしめた時には心底ホッとした。僕だけのパティ。
人を頼ることが苦手らしいパティも、徐々に僕には甘えてくれるようになった。まだまだ足りないけど。
かく言う僕は、ずっと誰かに甘えてきた側だと自覚している。もっと頼れる夫にならないと。
こうして同じベッドで寝るようになった当初、朝起きるとパティが僕の寝巻を掴んでいることがあった。
眠れない夜があるのだと気づけたのは情けないことにしばらくたってからだった。
それまではクレアを挟んで並んでいたのをパティを真ん中にして寝るようになった。
いつも1番先にベッドに入って1番後に出るクレアは、寝る位置が変わったことに多分気づいてない。
クレアは今も、パティの隣で彼女と身を寄せ合うようにしてぐっすり眠っていた。こちらもあどけない寝顔だ。
今日、宮廷への届けを済ませれば、クレアも正式に僕の娘になる。
手続きはすべてノアが仕事の合間に片付けてくれるので、何事もなく終わるだろう。
昨夜はパティと僕にとってはいわゆる初夜だったので、我が家の大人たちはそれとなくクレアにソフィアの部屋や別邸で寝ることを勧めていたけれど、クレアはこの部屋で寝ることを頑として譲らなかった。
昨日のクレアは結婚式で聖堂に入場する時に固まってしまって以降は概ねいつもと変わらなかった。
祭壇の前まで歩いた後は、事前にパティが言い聞かせていたとおり父上と母上の間で、ではなく父上の膝の上でだったけど大人しくしていた。
披露パーティーでは、うちやオーティス家の誰かしらが傍で見てくれていて、子ども向けに用意した人形劇などを楽しんでいるようだった。
とはいえ、ずっと大勢の人から注目を浴びていたし、パティや僕は姿が見える場所にはいても一緒に過ごせたわけではなかったから、クレアにとって大きな負担を感じる一日だっただろう。
僕たちだって、かなり疲れたのだ。
ついでに言えば、僕たちは実質的な初夜はもう済ませていたので、昨夜にこだわる必要はなかった。
そして何より、クレアが僕たちと同じベッドで寝てくれることは少しずつ減っていって、いつかはなくなるのだと思えば、クレアの気持ちを優先したかった。
もちろん、パティとそういうことをしたくないわけじゃない。
むしろ、隙あらばしたい。夫婦になって、誰に遠慮することもなくなったのだから。
ただ、ミリアムが生まれた時にクレアが妹がほしいと言っていたけど、僕はもう少し先でいいと思っている。
僕はクレアのお父様になったばかりだから、まだしばらくはクレアとしっかり向き合っていたい。
パティもクレアもまだ目を覚ましそうにない。
ふたりの頭をそっと撫でてから、僕もまた布団の中に潜り込んだ。
朝のドレス作りは当分お休みだ。
今日は1日屋敷でのんびり過ごして、明日には3人で新婚旅行に出発する。
最初にノアから「代わりに領地に行け」と言われた時は半月ほどのつもりだったのに、コーウェン領に加えてバリー領も視察しないといけなくなったので、師匠には1か月の休暇をもらった。
僕の、あるいはコーウェン家の事情をある程度知っている師匠は、快く承諾してくれたけど。
とはいえ、ドレス職人になってから針を持たない日なんてなかったから、新婚旅行の荷物にも裁縫箱は入れた。
余裕があれば向こうの街で良い布地を見つけて、クレアの普段用のドレスでも作ろう。
目を閉じて腕の中の温もりを感じながら新しいドレスのデザインを考えているうちに、僕は再び眠りに落ちた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて本編は終了となりますが、おまけ的なお話をいくつか考えています。




