挿話8
「パティのこと、色々とありがとうございました」
ふたりきりで向かい合い深々と頭を下げると、ノアが目を細めて笑った。
「ずいぶんと殊勝だな」
確かに、こんな風にノアにお礼を言うなんて初めてだ。
「本当に感謝してるから。ノアはやっぱり凄いと思う。僕にはできない」
「根本的なところでパットを救ったのはメイだろ。それに、おまえが集めてきた情報もなかなか役に立ったぞ。おまえのおかげでガードナーから直接話を聞けたしな」
「それなら良かった」
「他にも何かあるのか?」
「うん。ノアに相談というか頼みたいことが」
ノアが目で先を促した。
僕の頼み事の内容なんて、もうノアにはわかっているのかもしれない。
いや、多分、ノアや母上は僕がこういうことを言い出すのを待ってくれていたんだろう。
「僕をコーウェン家とノアのために使ってほしい。今回みたいな情報収集でもいいし、他に何か僕にできることがあればそれでも。もし領主補佐が必要なら領地経営を教えて」
「ドレス職人はどうするんだ?」
「もちろん今までどおり続けるよ。僕の天職だもん。でも、それを理由に公爵弟としての責任に背を向けるのはもうやめる」
正直に言えば、自分が責任を放棄しているという自覚はあまりなかった。うちには優秀な嫡男がいるんだから僕は好きなことをやっても構わないだろうと思っていた。
そうして公爵家の子弟に本来求められる役割を投げ出してドレス職人になる道を選んだ一方で、変わらず屋敷に住み、両親や兄やコーウェンの名に守られてきた。僕はそれでいいんだと思っていた。
でも、パティと出会って彼女と一緒に過ごす中で改めて客観的に自分自身を振り返ると、ただ甘えていただけに思えて恥ずかしくなった。
パティは自分は僕に相応しくないなんて思ってたのかもしれないけれど、本当は僕のほうが彼女に相応しくないのだろう。
とはいえ、今さらパティを手放すつもりはまったくない。クレアごとパティを支えていける人間になってやる。
そのために、コーウェン公爵弟としての役割を果たしていく。
実は、僕がノアにとって有用な存在になればパティとクレアも家族としてずっと守ってもらえる、という期待も込みだったりするけど、これもノアはお見通しかな。
「やはりパットはメイにとって良い伴侶だったな。それなら、遠慮なく使わせてもらおう」
ノアがニヤリと笑った。今までの分も容赦するつもりはないのだろう。
ちょっとだけ後悔を感じた。




