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挿話3

 居間を出て数歩のところでノアが足を止めて振り返った。


「もう少しガードナーとシェリルに関する情報を集めてくれ」


 どうせそんなことだろうと思っていたけど、一応、顔を顰めてみせた。


「僕はノアみたいなことできないよ」


「何も特別なことをする必要はない。聞ける相手に聞ける範囲でいい。大抵の人間は私よりメイ相手のほうが話しやすいはずだ。陛下や私のためではなく、パトリシアのためだと思え」


 そう言われたら断れない。それにノアには心配かけたし、これから力を借りることになる。


「わかった。やってみる」


「パトリシアがおまえの話していた毒花なんだろ?」


 今度は本当に顔を顰めた。


「変な呼び方しないでよ」


「メイが言ったんじゃないか、『毒花みたいなドレスを着せられていた』って」


「そうだよ。パトリシアさんのことじゃなくてドレスのこと」


 やっぱり噂なんて当てにならないものだ。

 僕がもう1度会いたいと願っていた女性は、いつかの夜会で令嬢方が話題にしていた人物だった。

 噂の悪妻とパトリシアさんは僕の中でまったく結びつかないし、彼女を「ローガン次期侯爵夫人」なんて呼ぶ気にはとてもなれないけど。


 そう言えば、パトリシアさんも同じことを口にしていた。

 社交界の噂など真に受けず僕の母上を尊敬して、娘に「クレア」と名付けたと。

 そんなことを聞いてしまったら、もう駄目だよね。


「まあ、毒花はローガン侯爵夫人のほうが相応しいな。ドレスも侯爵夫人が選んだようだし」


 パトリシアさんのことがなくても、ノアのローガン侯爵夫人に対する印象はかなり悪かったみたいだ。

 僕としてはパトリシアさんのことはもちろん、人を甚振るためにドレスを使ったことも許せない。


「とにかく、頼んだぞ。新しい情報は逐一報告してくれ。どうせこれからは毎日帰って来るんだろ?」


「そのつもりだよ」


 その時、「メイ」という可愛いらしい声が聞こえた。

 振り向くと、クレアがセアラと手を繋いで歩いてくるのが見えた。

 セアラの手を放して僕のほうに駆け出したクレアは、きちんと靴を履いていた。さすがセアラ、やることが早い。


 僕はクレアを抱き上げてから、ノアとセアラを見た。


「じゃあ、パトリシアさんとクレアのことよろしくね。僕はもう戻らないと」


「メイ、どこかいっちゃうの?」


 クレアが寂しそうな目で僕を見下ろした。

 最初は警戒されているかと思ったのに、もうこんなに慕ってくれて可愛い。

 僕は決してふたりに危害を加えないとわかってくれたのか、僕が「クレア夫人」の息子だからか、あるいはクッキーのおかげかな。


「メイはお仕事があるんだ。でも夜には帰ってくるから、クレアはお母様とここで待ってて」


「うん。おかあさまは?」


「まだ中にいるよ」


 そう言ってクレアを降ろし、居間の扉を開けてあげると、クレアは今度はパトリシアさんのいるソファへと駆けていった。


「すっかり懐柔したな」


 ノアが揶揄うように言うので、思わず睨みつけた。


「だから、変な言い方しないでってば」


 ふいにまた「メイ」と呼ばれて慌てて振り向くと、クレアが扉のところで所在なさげに立っていた。


「どうした?」


「おかあさま、ねてる」


「え?」


 急いで居間に入ってみれば、確かにパトリシアさんはソファに座った状態のまま、わずかに顔を俯けて眠っていた。


「本当に疲れていたのね」


 セアラの言葉に僕は頷いた。


「クレアを背負ってローガン家からうちの店まで歩いてきたみたいだから」


「まあ」


「客間まで運んでやれ。そのくらいの時間はあるんだろ?」


「もちろん」


 それは僕の役目だ。


「足の手当てをしたほうがいいわね。用意させるわ」


「うん、お願い」


 パトリシアさんの履いている室内履は爪先あたりが薄っすらと赤く染まっていた。

 よくこんな足で歩いて来たなと、涙が出そうになった。


 パトリシアさんを起こさないよう、そっと抱き上げた。前回よりも軽くなっている気がして、さらに胸が痛くなる。


 そのまま客間へと向かい、ベッドの上にパトリシアさんを降ろした。

 パトリシアさんに目を覚ました様子はなかった。穏やかな寝顔だ。

 だけど、よく見れば肌は荒れ、髪は傷んでいる。夜会の時には気づけなかった。本当に僕は何も見えていなかった。


「おかあさま、だいじょうぶ?」


 一緒について来たクレアが心配そうに言った。


「大丈夫だよ。お母様はちょっと頑張りすぎたから休んでいるんだ。きっと少し寝たら元気になって目を覚ますから」


 クレアはコクリと頷くと、その小さな手を伸ばしてパトリシアさんの頭をぎこちなく撫でた。


「おやすみ、おかあさま。ぐっすりねていいゆめをみるよ」


「何、それ? おまじない?」


「おかあさまがいつもクレアにしてくれるの」


「そうなんだ」


 パトリシアさんが目を覚ますまでクレアとここにいてあげたいけれど、そうもいかない。

 僕は後ろ髪引かれながら客間を後にした。

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