絶望
「どうして大人になると子供のころにできていたことができなくなっちまうんだろうな。どうして大人になると純粋に夢を追えなくなるんだろうな。はは・・・・。」
仕事終わりに一人悲しそうに笑いながら酒を飲みながら初夏の夕暮れに染まった沼津の海を眺めるのだった。それは儚く今にも闇に飲まれてしまいそうな暗い暗い夕暮れだった。
彼の名前は海野いぶき。長身短髪いかにも真面目そうな風貌をしているアラサー男の会社員だ。今年で32歳になる。夢をもって高校に入学し、暗い現実に打ちひしがれ、てきとーな大学に入学し、てきとーな会社に入社。それが彼の経歴である。最近では、仕事で疲れきり酒に溺れる毎日だ。そんな廃れたいぶきの心をを唯一穏やかにしてくれるのがこの茜色に染まった鮮やかなそれは鮮やかな沼津の海を見ることだった。田舎ゆえに空と海以外なにもない。逆にそれがいぶきの心を落ち着かせていた。普段は
電車で帰るのだが、乗れば下を向いた大人が沢山いる鬱屈とした空間なのでこんな暗い気分の日は海を見て歩いて帰るのが日課になっていた。あいつとつながれているような気がして・・・・・。また、駅には病気の子供を助けるために募金をしている。過去に幼馴染を救えなかった自分がそんな広告を見るたびに、彼女を思い出してしまう。そのことも、電車で帰りたくない理由であった。募金を募っている子供は確か、16歳くらいの少女だった気がした・・・。まぁあまり興味はないが・・・。
「さ、帰るか。ひっく。はぁーこれからどうすっか・・・・」
酔っ払いながら海岸沿いを千鳥足で歩き出すのだった。
そこはいぶきの家までの帰り道。
チンチンチンチンチンチンチン・・・・・
ゆっくりと電車の遮断器が下りる。やがて人を乗せた電車がガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン・・・と徐々にスピードを上げいぶきの前を通りすぎる。いぶきはその電車を見つめこう思うのだった。
ここで死んだら楽になるのかなと。というのにも理由がある。
時を遡ること二時間前。いぶきの勤める会社の社長室にて。
「海野くん、君クビね。」
「え?ちょちょっと待って下さいよ社長。」
「これで14件目だよ。君が営業いってぜんぜん帰ってこないの。しかも契約取れてないし。いったい何をしてたんだね。それとも何か正当な理由はあるのかね。」
「いえ・・・・・・」
いぶきは言葉に詰まってしまった。いぶきの帰りが遅いのには理由があった。いぶきはいつも困っている人をほっとけないのだ。困っているお年寄りがいたら当然助けるし、探し物をしてる子供がいたら当然手伝う。普通の人なら絶対放置するようなこともいぶきは当然のように手伝ってしまう。だからいつも帰りが遅くなってしまうのだ。
「じゃクビね。明日からもう来なくていいよ。おつかれさま。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
いぶきの営業の業績が悪いのには理由があった。
「やぁ海野きゅん、社長はなんだって?」
それはこの男である。社長の右腕 佐藤太。服装はすべてブランドで統一しておりいかにも金持ちオーラを出している。いぶきの上司である。
「クビって言われました。ははは・・・・」
いぶき愛想笑いをしながらそう言う。それを聞くと佐藤は急に眼を細めこう言う。
「まさか社長にあのことは言ってないだろうね?」
「言ってませんよ・・・」
そういぶきの業績が極端に悪いのはこの男佐藤太がいぶきの業績を奪っていたからである。
「困るなー。君がいなくなると僕の業績が悪化しちゃうよー。アハハ。ま他の子もいるから大丈夫だけどね!ま君も頑張りたまえ。」
「はい・・・・・」
どこまでクズなんだこのくそ上司は。いぶきがこのことを言い出せないのには理由があった。仮にもこの男は社長の右腕だ。業績の悪いただの社員がそんなことを言っても社長は信じないだろう。そもそも信頼度が違うのだ。ああなんて大人の社会は嘘まみれなのだろう。なんて醜いのだろう。なんで悪意が見えるようになってしまうんだろう。社会に絶望しながら退社の支度をするのだった。
そして今である。そこは千本浜の海に近いアパートの二階の真ん中の部屋。
「あーあクビかー。逆に笑えるな。(なにがま君も頑張りたまえ。)だあの成金野郎。お前のせいだっつーの。社会は間違ってる。社会なんて壊れちまえ。はぁぁぁーー・・・・もう死ぬか・・・・・。」
そういうといぶきはあたりを見渡した。そうするとふと一枚のアルバムが目に留まった。そのアルバムを懐かしむように手に取る。それはいぶきが中学生の頃の卒業アルバムだった。
「懐かしいなー。このころは頑張ってたなー。医者になるんだーって。なれもしないのに必死に勉強して・・・・。それもいまじゃ・・・あはは笑いもんだ。最後に母ちゃんに電話でもしとくか。」
そういいズボンのポケットからスマホを取り出す。
ぷるるるるる・・ぷるるるるる・・・ぷるるる・ガチャ
優しい声色が聞こえる。
「もしもし海野です。」
「もしもしいぶきだけど元気?」
「いーちゃん久しぶりね。こっちは元気よ。どうしたの急に。なんかあった?」
「いや別に・・・なんとなく。」
「そぅ。仕事はうまくいってるの?」
「ああまあぼちぼちかな・・・。母ちゃん今までありがとな。」
「どうしたの?酔ってるの?(笑)」
「酔ってねーよ。息子が感謝伝えちゃ悪いか?」
「全然!むしろこっちもありがとうね。私のところに生まれてきてくれて。いーちゃんがいたから私シングルマザーでも頑張れたのよ。本当にありがとうね。」
「母ちゃん・・・。」
「これからもお仕事頑張ってね!!!」
「うん・・・・。じゃあな。」
「はいはい。じゃあね。」
いぶきは泣いていた。一人の母親にすら真実を言えない自分が情けなくて悔しくて。涙を手で拭い切り替える。
「さて思い出に浸るのもここまでだ。」
そういうといぶきは引き出しから睡眠薬を取りだすのだった。
「さてなんだかんだいって散々な人生だったな。唯一良かったのは最愛の人に出会えたことだな。ゆうひ・・・・・・・・・」
ゆうひこと高山ゆうひ。高山ゆうひは高一の7月4日持病により息を引き取ったいぶきの小さい頃からの幼馴染である。
「美しい黒い髪を片ぐらい伸ばしていて目はぱっちりしてて病弱なのにいつも元気で可愛くて。俺がへこんでる時はいつも隣にいてくれて・・・・。でも俺はそんなお前を救えなかった。医者になってお前を救うって約束したのに・・・。ごめんなゆうひもうすぐお前のとこ行くからな。」
そう言うといぶきは睡眠薬を大量にとりだし手にのせるのだった。