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出遅れたヒロイン

杏の木

作者: ナツキカロ

 



 白くて小さな杏の花が咲いたよ


 ふうわり優しい花だった


 僕は黙って見つめてた


 儚い花が風に揺れるのを



 木陰にまあるい杏の実がなったよ


 掌に乗せてみたけれど


 僕は黙って離れたよ


 ころんとしているその青い実から



 赤く甘く杏の実が熟れたよ


 辺り一面に匂い立ち


 ただ僕だけは気づかずに


 庭の鶇が食べちゃったんだ






 *・゜゜・*:.。..。.:*・*・゜゜・*:.。..。.:*・*・゜゜・*






 夜の帳も降り宴も酣といった盛り上がりの最中。

 今シーズン何度目かの王家主宰の舞踏会場の一角。

 私の横では婚約者のナミーラが知り合いの貴族たちと談笑の輪を作っていた。


 ナミーラは両家が取り決めた幼い頃からの私の婚約者で、ずっと付かず離れずの距離を保ってきた。来年には婚姻も決まっている。

 髪色は薄い栗色、瞳は濃い茶色。顔立ちは良くも悪くもなく全体的に小造りな娘だ。家門は子爵家と我が家と同等ながら歴史は古く、地道で堅実なお家柄なだけに没落する事もないだろうがいかんせん今一つぱっとしない。まぁ、その点について言えば彼方も我が家に対しては思う処もあるだろう。



 私はケヴィン・リヒトナー子爵。私の家はナミーラの家ほど古くはないが、子爵家としては今かなり勢いがあり、財力もある。それは今から二十年程前、領地で鉱脈が見つかり、また私とナミーラの婚約でもってナミーラの家から採掘技術提供を受けた為に急激に発展したお陰だ。


 だが宮廷での立ち位置と人脈に於いてはまだまだだ。

 その上父の病の為に若くして爵位を引き継いだ私を侮る貴族は少なくない。それ故にこうして私は夜毎、舞踏会に出向いては名を売り人脈を広げようと、自分よりも高位の貴族に媚を売り、楽しくもない話にさも愉快な事の様に顔に笑みを貼り付け相槌を打っている。

 そんな私にもつまらない夜会での癒しがある。

 私が舞踏会場の端から熱く見つめるその視線の先には一人の麗しい令嬢がパートナーと向かい合いダンスを踊っていた。




 宮廷に出入りする吟遊詩人がとある公爵令嬢の姿をこう歌にした。



 佇む姿は一輪の百合

 カウチに腰を落とす姿は大輪の薔薇

 ワルツを踊る姿は優美な一羽の蝶が舞うかの如く




 私に文才があれば、もっと繊細で幻想的な美辞麗句で彼女を語り尽くしただろう。


 麗しの彼女はワルツを踊り終えると、パートナーに手を引かれてテラスへと出て行ってしまい、私の視界から消えてしまった。羨ましい。今ワルツを終えた相手は伯爵家の子息だった。取り立てて言うほどもない平凡な人物だった筈。ただ生まれたのが伯爵家で彼女の家門とは少しばかり縁続きであったが為に今宵彼女とワルツを踊る栄誉を手に入れたに過ぎない。爵位だって伯爵など子爵の一つ上なだけで、しかも彼は三男。伯爵位も継げず、悪くすれば将来は私よりも下の男爵、いや爵位も無い商家に入り婿となる可能性だってあるのだ。


 私は自身の隣にたたずむ婚約者を見る。私より一つ年下のナミーラは今自分の親程の歳の貴族達の話を口元を引き結んで熱心な様子で耳を傾けている。何がそんなに面白いんだ? どうせ大した話はしていないだろう。精々この前狩った獲物が大きかったとか、外国で出会った王族と言葉を交わしただとかそんな程度だろうに。


 手に持った酒杯の酒を一口含む。舞踏会で供される酒はどこも総じてなかなかの物で、私は密かに楽しみにしていた。勿論、それは私が出席する舞踏会を吟味しているせいもある。


 歓談の輪からどっと笑い声が上がった。ナミーラも口元を扇で隠し小さくクスクスと笑っている。その隣のレディは閉じた扇子を顎に当てて手の甲で口を覆うとよく通る澄んだ声を高く上げて笑っていた。実に魅力的だ。彼女は自分の魅力を良く理解している。彼女のこの笑い声を聞きたくて、きっとこの場の男どもは先程から必死に面白おかしい話をしているのだろう。彼女が笑うと一筋胸元まで垂らした金茶の髪がゆらゆらと揺れて、その白く艶のある豊かな胸元を擽ぐるようで、また男達の視線をその一点に惹きつけていた。


「まあ、ナミーラ嬢ったら。なんて可愛いらしいのかしら。リヒトナー子爵、貴方は果報者だわ、こんな方が婚約者だなんて!」


 ナミーラの隣からの歯の浮くような決まりきったお世辞にも顔色一つ変えずに言葉を返す。「恐れ入ります」と。

 ナミーラは気が付いているのだろうか。自分が彼女の隣にいる事で否が応でも彼女の魅力を引き立たせ、自身を冴えなく見せている事を。

 ああ、ナミーラが、彼女の半分でも朗らかであったなら。そうだったら私の社交ももっと上手くいっていたに違いない。



 彼女がテラスから戻ってきた。数人の友人に囲まれている。どうやらテラスにいたのは伯爵子息だけではなかったようだ。当たり前だ。彼女には歴とした婚約者がいるのだから。

 彼女の幸運な婚約者は爵位の高い侯爵で彼女とやや歳が離れているが、容姿、財産と恵まれた人物だ。話力にも優れているようで、女性受けも良いらしい。それぐらいでなければ彼女の婚約者は務まらないだろう。


 私の視線は再び彼女に固定される。やがて彼女は女性たちと共に会場を後に出て行ってしまった。


 途端、私の目の前の世界は色褪せる。先程までとは打って変わって絵の具の剥げたような色彩に、私の心も萎えるが表情筋だけはいい仕事をしているようだ。


 その後も歓談の場所を替え相手を替え、暫く時間も経った頃、つとこちらへ近寄って来る人の気配があった。周りの声がひっそりと落とされその人物に注視しているのを感じた。


 私は最近知り合えた腹の出た侯爵と近く行われる酒の樽開きの話に丁度花を咲かせていた所だったが、何気なく其方へと顔を巡らせ。


 そんな、そんな馬鹿な。そんな筈は、ない。

 彼女が、あの優美に揺らめくような美しさを備えて、まるで絵画から抜け出てきたような完璧な貴婦人の姿そのままに、此方へと向かって来ていたのだ!


 此方へ! 私の元へ!!


 私は雷に打たれたかのようにその場に貼り付いた。自然、手は細かく震え、背筋に怖気が走る。息は。私は息は出来ているだろうか?



「ご機嫌よう、ナミーラ嬢。今宵はお楽しみになっていて?」



 なんと、彼女はナミーラに話しかけていた。ナミーラが彼女と知り合いだなんて、私は聞いていない。



「ご機嫌麗しく、アナスタシア様。はい、お陰様で。先日の茶会では、お世話様でございました」



 信じられない事に、二人は名前で呼び合う程、親しいようだ。いや、それよりも、彼女が、今、私の目の前に、数歩踏み出せばこの手の届く所にいて、そして…



「よろしくてよ。私も楽しかったもの。また機会があればお話しましょうね。所で、私に其方の方をご紹介頂けないのかしら?」



 そう言って私へと眼差しを向けた。



「失礼いたしました。是非ご紹介させて下さいまし。此方はケヴィン・リヒトナー子爵、私の婚約者です」



「ケヴィン・リヒトナーと申します。貴女のような麗しいご令嬢とお近付きになれるとは、光栄の極みです。今宵は神に祝福されているようです」



 彼女はにっこりと微笑みながら右手を私に差し出してきた。私は徐にその手をとって指先に軽く唇で触れた。瞬間、彼女の指が小さく震えたような気がした。



 再び彼女がナミーラに向かい二、三会話をした後、去って行く後ろ姿を見送った所で漸く私は気を取り戻したらしい。せっかくの機会であったのにも関わらず、私は木偶の坊の様に立ち尽くし気の利いた言葉も発せず、彼女の指先と見つめ合った澄んだアメジストの瞳以外、私の覚えている事はなかった。



 その後ナミーラより先日の茶会の折にアナスタシア嬢が私がナミーラに贈った髪飾りを目に留めた事から彼女とお近付きになり、話が弾んで親しく声をかけて頂くようになった事を聞き出した。

 私はそんな話は聞いておらず、全く知らなかった事だと彼女に詰め寄ると、彼女は事態が把握出来ないのか些か困惑しながらも私に謝罪をした。仕方がないので私は許した。


 それはそうだろう。アナスタシアは公爵令嬢。高位貴族との人脈作りに私がどれ程熱心に取り組んでいるか、ナミーラが知らぬ筈がない。私の婚約者ならば常に私の利になる様に慮って行動して然るべきだ。

 きっとアナスタシアの美しさにナミーラは嫉妬しているに違いない。女というものは愚かで浅慮だから、そんな取るに足らない理由で動いて、結局は自分の利を損なう事になるのだ。私の不利益は行く行くは自分の不利益に繋がる事がどうして分からないのだろうか?


 その日以降、舞踏会場や社交の場で会う度に、アナスタシアと私は挨拶を交わすようになり、私の地道な努力により交わす言葉も増え、私の中のアナスタシアへの崇拝の念は膨らむばかりであった。






 木の葉の彩も深まり果実も熟れ頃を迎えた季節。

 祖父である侯爵の領地で狩猟の集いが開催され、私はナミーラを伴い出席した。今年は公爵令嬢であるアナスタシアも婚約者と共に招待されていた。私がこの狩猟会の話をした時にアナスタシアが興味を持ったので、祖父に頼んで招待して貰ったのだ。


 私はこの数日を毎日アナスタシアの姿を見、声を聞き、共に同じ時間を過ごせる事に幸せを感じていた。美しく気高く穢れを知らないアナスタシア。森の中を彼女が馬に跨り進めば森の女神ですら道を譲るだろう。そう、素晴らしい事に彼女は自ら愛馬に跨り、狩りを嗜むのだ。やはり彼女はそこいらの令嬢とは違う。大抵の令嬢は館に残り男達の狩りの間、お菓子を食べながら噂話で時間を潰して過ごすのだ。なんと非生産的なことだろう? 婚約者のナミーラもそうだった。彼女は乗馬をしない。友人達はそんな控えめな所が彼女の美点で守りたくなるなどと言うが、私はそうは思わなかった。ただ面倒に思えただけだった。


 何日目かの日、朝は良く晴れていたのだが、館の執事が午後は天気が崩れるかも知れないから狩猟は早目に切り上げた方が良いと祖父に進言していた。確かに遠くの山が少し霞んで見える。雲が降りてきているのか。

 祖父も夕べから膝が少し痛むと言い、本日の狩は少数の希望者のみで行う事になった。アナスタシアは昨日他の貴族が仕留め損なった鹿の親子が気になるらしく参加を決め、婚約者の侯爵殿は頭痛がする為不参加だという。主宰側の人数が少ないと体裁が悪いので、私は参加する事にした。



 風を切り馬の蹄の音を響かせ森を駆け抜けるのは心地よい。少数で入った森の中で更に三、四名ずつのグループに分かれて進む。今回は殆どの者が従者も連れず、少しの列卒と犬達を先に遣り気儘に行く。私はさり気なくアナスタシアと同じグループに入った。


 一時間程も過ぎた頃、犬達の激しく鳴く声が聞こえ、一緒にいた紳士が「あの鳴き方は手負いの獣のようだ。昨日の鹿かもしれん」というので途端にその場は色めきだった。

 二名の紳士が先を行き、続いてアナスタシア、私が殿を務めた。犬達の声が近付いたと思ったら我々のすぐ目の前の茂みから一頭の鹿が飛び出し走り去った。その後を猟犬達が追う。危く先頭の馬と犬が衝突仕掛けて馬達が蹈鞴を踏んだ。

 列卒が笛を咥えるのを見て先頭の男性が押し留める。


「待て、笛を吹くな。あの鹿は我々が仕留める」


 そう言うと手綱を繰って鹿の後を追って消えていった。残ったもう一人の紳士も列卒達と後を追う。私がアナスタシアに視線を向けると彼女は鹿の飛び出してきた方向を見ながら何か少し考え込んだ様子をみせた。


「どうかしましたか? アナスタシア嬢」


 この狩猟会にきた当日、私は幸運な事に彼女の名前を呼ぶ事を許された。私の心がどれほど打ち震えたか想像してみて欲しい。


「あの親鹿は昨日、子鹿を連れていた筈です。でも今は独りでした」


 なる程。優しい彼女はどうやら昨日の子鹿が気になるらしい。


 私は確かにと肯くと、それ程気になるならば探しに行くかと彼女に訊ねた。

 彼女は一瞬躊躇った後、頷くと二人で馬首を返して鹿を追って行った彼らとは反対の方向へと進んだ。


 暫く進んでみたが、子鹿は見つからなかった。それどころかウサギ一匹鳥一羽見当たらず、辺りはしんと静まり返っていた。

 彼女が何か言いたげに此方を振り返ったのと同時に、木立ちの葉の間からパラパラと音を立てて雨粒が落ちてきた。それは瞬く間に勢いを増し、大粒の雨が容赦なく私達に降り注ぐ。


「ついて来て下さい」


 私はアナスタシアに声をかけると、馬の腹を軽く蹴った。


 やがて木々の先に切れ目が出来、小屋が見えて来た。狩りの途中に休憩したり荷物や物資の準備などに使われる狩猟小屋だ。それほど大きくはないが、今日の様に急な雨天時の雨宿りに使われたりもする。

 私は先に馬を降り、アナスタシアが馬から降りるのを手伝った。


「通り雨でしょう。見て下さい。彼方の山の方は空が明るくなっています。少し待てばその内止むでしょう」


 小屋の中へと彼女を案内し、次に馬達も鞍を外して休ませた。

 小屋の中は冷んやりとしており雨のせいなのか前からなのか、湿気がある。戸棚から乾いた布を出してアナスタシアに渡すと私は暖炉の火を起こした。


 ふと見上げると窓辺に立つアナスタシアが見えた。窓から外の様子を伺っている。髪を拭きながら遠くを見遣るその姿は外からの明かりを受けて暗がりの中でぼんやりと浮き上がり、白い頬から首筋にかけて濡れた髪が肌に貼り付き艶かしい。私はその幻想的な美しさに言葉を失い見惚れた。

 彼女がぶるりと身震いし、可愛らしい嚔を一つ溢した為私は慌てて彼女を火の側へと招いた。

 このままでは風邪をひくかもしれない。私は遠慮する彼女から上着を預かると、側の椅子に掛け、再び戸棚から毛布を一枚取り彼女へ渡そうとしてはたと手を止めた。


 襟足から水が伝い染みたのか、濡れたブラウスに透ける華奢な肩が映った。彼女の横顔は火に照らされて薔薇色に頬が色付き、炎を写り込んだ瞳が何故か潤んで見える。先ほど預かった上着から立ち昇った彼女の香りと温もりが蘇ってきた。


 私は広げた毛布で彼女を背後から優しく包み込むとそのままそっと抱きしめた。彼女の緊張するのが伝わった。私は彼女の頸に顔を埋め深く息を吸い込んだ。ぎゅっと固く抱き締め、彼女の様子を伺う。


「……リヒトナー子爵」


「アナスタシア嬢、どうかケヴィンと呼んで下さい」


「いいえ、そうお呼びする訳には参りません。貴方にはナミーラ嬢が、(わたくし)にはダリウス様がいらっしゃいますもの」


「 ……」


(わたくし)が凍えていると思って、暖めてくださったのね、優しい方。本当にいいお友達ですわ」


「お友達…」


「ええ、これからもずっとお友達として、(わたくし)を支えて下さるでしょう?」





 やがて雨脚が遠のくと、空から晴れ間がのぞき鳥が鳴き始めた。彼女は上着を着ると外へと向かった。

 私も火の始末を済ませ、馬に鞍をつけると二人で元来た道を帰った。途中、他のグループに合流する事もなく、館に辿り着いたのは一番最後だった。他の者達は雨が降り出した時点で館に引き返していたのだった。


 湯浴みを済ませると直ぐに夕餐(ディナー)の時間だった。私達は随分と長く外にいたらしい。食卓(テーブル)に着くと伯母からナミーラは頭痛で部屋におり、夕餐(ディナー)は欠席すると伝えられた。


 翌日、私とアナスタシアは何事も無かったかのようにー実際、何もなかったのだがー、今まで通り変わりなく振る舞った。彼女の婚約者であるダリウス・ラーケル侯爵は偏頭痛がするようで、館での賑わいには顔を見せるが、狩りへは昨日以来不参加を決め込んでいた。

 ナミーラは翌朝も顔を見せなかったが、私は昨日の事で頭が一杯でそんな事も気付く余裕は無かった。


 数日間に渡り開催された狩猟会はたいしたアクシデントにも見舞われず、その年の最大の獲物は雄の大鹿に決まりそれなりの盛況を見せて幕を閉じた。

 アナスタシアは婚約者と共に去り、私はそこから友人の領地へ寄り道をしてから帰る事にした。ナミーラはあれから風邪をひいたようで、あまり部屋から出てこなかったので、会わず終いだった。


 結局のところ、友人の領地で長滞在をした私はその後もアナスタシアを避けるかの様にあちこち知人の邸を渡り歩き、自分の領地に引きこもってみたりして数ヶ月を過ごした。



 雪が溶け始めた頃、私は漸く王都の屋敷に戻った。

 久しぶりに婚約者殿に挨拶しようと遣いを出せば、丁度領地に戻る所で予定が合わないと言われた。どうやら入れ違いのようだ。私はそんな事もあるかなと思った。




 早咲きの花々が美しく咲き初めた頃、公爵家でガーデンパーティーが開かれた。そこでアナスタシアとラーケル侯爵を見かけた。アナスタシアは相変わらず完璧に美しい。

 一通り挨拶を済ませ、目当ての人物達とも必要な話を終えると、私はアナスタシアのいるグループの近くに寄った。話に加わる機会を伺っていると、アナスタシアは侯爵と別れて女性陣の輪の中へと消えたので、私は仕方無しに男性陣の輪に加わった。暫く話していると、会話は狩りの話に至った。私はそこでラーケル侯爵に話しかけた。


「先の狩猟会は残念でした」


 彼は偏頭痛で途中から参加していなかった為、なんの獲物も仕留めなかったはずだ。狩りの腕がいいと聞いていたので、また次回に腕前を披露して欲しいと告げると、侯爵はふふと小さく笑う。


「そんな事はない。あの狩猟会では久しぶりにいい獲物を狩れた。良く啼く小鳥で随分楽しませてくれた」


 そう言うと、一瞬その場に妙な沈黙が落ちた。気不味げに咳払いをしたのは父の知り合いの狩猟会でも会った紳士だった。

 私は侯爵の話を不思議に思った。狩った鳥が鳴くだろうか? 仕留めたのではなく、捕まえたのか?


 その後、今年の庭園の流行や好まれる花の品種の傾向など当たり障りの無い話に移った。

 やがて場がお開きになると、先程咳払いをした紳士が私の肩を軽く叩いて去って行った。



 夜会や茶会で何度か会ううちにアナスタシアと私は以前と変わらない付き合いを再開した。

 ある日、彼女にナミーラはいつになったら王都に戻ってくるのかと尋ねられた。彼女と全くと言っていい程連絡をとっていなかった私はそろそろだろうとしか答えられなかった。予定では後半年もすれば婚姻だった。



「ナミーラ嬢とこんなに離れていて寂しくありませんの? あんなに可愛らしい方ですもの。ご心配になるのではなくて?」



「相変わらずお優しい事を仰る。彼女に貴女の半分程も魅力があれば、私も心配したでしょう 」



 私は彼女の手を握りながら答えた。



「そんな仰り様はありませんわ、ケヴィン様。ナミーラ嬢は淑やかな愛すべき方ですわ。ダリウス様もそう仰ってましたわ」



 ラーケル侯爵の名前を聞いて私は訝しんだ。



「ラーケル殿がナミーラの話を?」



「ええ、狩猟会の時に少しお話しされたのですって。とても可愛らしい令嬢だって褒めてらしたわ。小鳥のようだと。そう、良い声で鳴く小鳥だって仰ってたわ」



 その時私の頭の中が衝撃に真っ白になった(スパークした)のは言うまでもない。











ヘタレが懲りない。

D.R氏の座右の銘は「やられたら倍返し以上」に違いない。

A嬢は何気に悪女。

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