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第9話《第二章 ヴェラコス大陸》

  ヴェラコスという大陸がある。


  その大陸は石油のようなドロっとした海に浮かんでいて、もし人間が空高くから見下ろすことができたなら、誰もが口を揃えてこう言うだろう。


  「この大陸は五芒星の形をしている」


  五つの角のひとつひとつには、表向きは人間が統治する国がひとつずつある。


  そしてこの大陸の中央。五芒星でいえば中央の五角形に当たる部分には、高く険しい山脈がグルリと取り囲み、全ての生き物を近づけまいと強固な防壁のように空高く伸びている。


  そして上空には分厚い黒雲がその中にある何かを守るように覆い隠していた。


  物語は五つの国の一つ。南東の国フラストから始まろうとしていた。


  雲に包まれ、吐く息も白いほどの夜の寒空の下。


暗い森に左右を挟まれた街道を、一台の馬車がランタンの明かりを頼りに走っている。


  街道を走る馬車は幌付きの荷台を持っていて、二頭のくたびれた馬が引いている。


  御者は兄弟の二人組で、手綱を握っているのは太っちょの兄。その隣のひょろっとした弟は、獣などの襲撃を警戒し、いつでも射てるように弦を引いたクロスボウを持っていた。


  彼らは依頼主から報酬をもらって、危険が孕む夜の街道を進む。その人物は今、荷台の中にいる。


  ランタンの光が届かない幌に覆われた暗い荷台の中には、今年の冬を越えるための沢山の動物の毛皮や食べ物が所狭しと置かれている。


  その狭い隙間の中に、一人の男が目を閉じて座り込んでいた。


  男の防具は服の上から胸を保護するブレストプレート。肘と膝を保護する鉄板も付けている。


  手には鞘に収めたロングソードを抱きしめるように肩に掛けて身体を休めている。


  もちろん、何かあったらすぐ飛び出せるように警戒を怠ってない。


  男の名前はゼルト。フラスト王国の傭兵ギルドで働く傭兵である。


  歳は二十九。銀の髪を短く刈りそろえ、いつもはあまり手入れのしない髭も、町を出る直前に理髪師に頼んで綺麗に剃っていた。


  服で隠れてはいるが、全身に大小の傷跡があり、それが彼の激しい戦いの記憶を物語っていた。


  ゼルトが馬車で向かっているのは、自分の生まれ育った村だ。


  彼は十六歳で成人してからずっと傭兵家業を続けている。毎年、春から秋までの間は家を空けて傭兵として出稼ぎをし、そして冬の蓄えを持って村に帰る。


  そんな生活を繰り返していた彼の元にある一通の手紙が届いた。


  その内容を見て、まだ稼げる時期ではあったが、彼は組んでいたパーティを抜けて、今ある金で馬車を雇い、すべてを蓄えに変えてから危険な夜の道を駆けて家路を急いでいた。


  馬車が城下町を出てすぐ、傭兵仕事の疲れが出たゼルトは座ったまま眠っていた。しかし、舗装されていない街道はデコボコで、衝撃が尻を叩き、寝ては目が覚めるを繰り返す。


  徒歩より早い馬車とはいえ、村までは後何時間もかかる。ゼルトは仕方なく眠るのを諦め、届いた手紙の内容を思い出す。


  それは年の離れた最愛の妻からだった。ゼルトが今年の傭兵仕事に出る時に彼女が妊娠していることが分かったのだ。


  そして、手紙にはもう少しで生まれそうだと書いてあった。


(ついに俺にも子供かぁ。男の子かな? 女の子かな? 名前どうしよう)


  もう少しで会えるであろう天使の事を考えると、頰が自然と緩んでしまうのを止められない。


  一つ気がかりなのは、解散してしまったパーティのメンバー達のことだ。三人ともみんな実力もあり、気の合ういい奴らだった。別れるのはとても名残惜しかったが、彼らはみんな笑顔で見送ってくれた。


  そしてまた来年に会おうと再会の約束をしたのだ。その時は、子供の自慢話を百も二百も持って、三人が呆れるまで話してやろうと心に決めていた。


  そんな時だった。急に荷台の中が明るくなる。その光はランタンよりも明るいのにとても優しい光だった。


「何だ」

 

  ゼルトが身構えて、光の発生源を探すと、頭上に一匹のホタルがいた。


  よく見ると、ホタルのような大きさだが、虫の身体はどこにも見えず、太陽のような球体がフワフワと浮いている。


「何だこれ? 魔物……なのか?」


  ゼルトは今までこのような魔物は見たことはなかった。今まで戦ってきたのはもっと醜くおぞましい本能だけで生きているような奴らばかりだった。


  しかし目の前の光は、暖かな光を放って、ゼルトを慈しんでいるようだった。


『聞いてください』


  突然彼の脳の中に女性の声が飛び込んできた。


  辺りを見回しても声の主は何処にも見当たらなかった。 

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