第7話《二者面談》
「……と、ここまでが僕が覚えている全てです」
たった今、コウは自分が記憶している前世のことをすべて語り終えたところだった。
その間、選択する者は口を挟まず、彼の言葉に相槌を打っていた。
「最後まで話していただき有難うございます。ご苦労様でした」
労うように、選択する者は深く頭を下げる。
「ただ……ひとつだけ……」
頭を下げたまま、選択する者はそう言ってから頭を上げる。相変わらずコウからは顔は見えない。
「はい。何でしょう」
「やはり自分が死んだ時のことは思い出せませんか?」
それを聞いて、コウの心臓が飛び上がり、全身から冷たい汗が噴き出す。
「お、思い出した方がいいですか?」
「貴方の最期を知った方が、正しい判断が出来るのです」
間違った判断で、地獄に連れて行かれるのは嫌だった。コウは思い出す決意をした。
「わ、分かりました。思い出してみます」
選択する者が頷いたのを確認してから、自分に何があったかを思い出す。
最初は何も思い出せなかったが、今にも切れそうな細い糸を手繰り寄せるように、少しずつあの時の事が映像となって頭の中に映し出される。
それは目の前に迫る電車だった。急停車した鉄の車両は止まりきらずに、線路に落ちたコウの肉体を潰し、引き裂き、内臓をすりつぶしていく。
その感触が一瞬にして彼の全神経を凌辱した。
「うわああああああああ!」
薄明かりに照らされた小さい部屋にコウの断末魔の悲鳴が轟いた。
叫んでいる間、選択する者は身じろぎ一つせずコウが叫び終わるまで待っている。
「はー、はー……」
コウは大声で叫んだ所為で息が切れていた。空気を求めて喉を動かすと、まるで裂けたかのような痛みが走る。
「げほっげほっ」
咳き込みながらも何とか息を整えることに成功すると、待っていたかのように目の前のローブの塊が喋り出す。
「落ち着かれましたか?」
コウは喋ろうとすると喉が痛むので、ただ首を上下に振った。
「思い出した事を、お話しすることはできそうですか」
コウは掠れた声で口を手で抑えながら即答する。
「む、無理です。話したくありません……」
自分が死んだ原因が電車に轢かれたなんて思い出すべきではなかったのだ。
今も電車に轢かれた生々しい感触が身体を駆け巡ろうとしているのを必死に抑え込んでいた。
その所為か、胃がひっくり返って中の物が全身に広がつていくような不快な感覚をずっと感じていた。
もし、選択する者に聞かせようと口を開いたら、言葉と共に苦い液体が溢れかえってくるのは避けられそうもなかった。
だからコウは口を閉じ、気持ち悪さを抑えて首を横に降る。
「コウさん。とても辛い事を思い出させてしまい申し訳ありませんでした。もう喋らなくても大丈夫です」
コウはその一言で、やっと終わると思って気が抜けた。だから、相手の行動に一瞬反応できない。
選択する者は、辛い思いをした彼を労わるようにローブに包まれた両手を伸ばしてきた。その腕は頭を抱きしめるように伸ばされ、耳の穴があるところで止まる。
そして、コウには見えないが、腕の先端から目に見えないほどの細くて白い糸が、耳の中に侵入する。
直後、コウの頭に電流が流れたような痛みが走る。
「な、何をするんですか!」
「貴方は何も抵抗しないでください。頭の中を直接覗かせてもらいますので」
コウの身体が、次第に金縛りなあったように動かなくなる。もう指一つ動かす事が出来なくなっていた。
口も動かないので、唯一動く目で何とか抗議するが、選択する者は全く意に介さずに彼の頭の中に糸を侵入させる。
それは蜘蛛が出す糸のように、丈夫で、しなやかで、身体の中に易々と侵入して、脳に入り込んだ。
糸は鍵となって扉を開き、脳にある記憶を吸い出していく。
頭の内から何かが吸い出される。それは、人生で味わったことのない感覚だった。
例えると、脳にストローを刺され、それをちゅうちゅうと音を立てて吸われているようだった。
「がっ……ああ……あぁ」
糸は満足したのか、スルリと耳から抜けていき、コウの身体の硬直が解ける。
選択する者は少し満足そうに口元に手を当てる。
「貴方の最後の断末魔を拝見させていただきました。お身体の方は大丈夫ですか?」
コウは、勝手に頭を覗かれて腸が煮え繰り返る思いだったが、不快感が勝って何も言えず、睨みつけることしかできなかった。
「貴方は電車に轢かれて死んだのですね。さぞ辛かったでしょう」
「……僕の頭を見たんですか?」
「私は選択する者。魂を導く正しい判断をするためには、このような方法も取らなければならないのです。お許しください」
選択する者はそう言ってはぐらかす。
もう、心が疲れ果てていたコウは早くこの場を去りたかったので、それ以上追求する気力もなかった。
「もういいです。それで僕はどうなるんですか」
「はい。御喜びください。コウさん。貴方はこちらの扉をご利用できます」
選択する者はローブに包まれた右手で白い扉を指す。
「貴方が転生するのは人間界です」