第6話《彼の未来を決める二つの扉》
親切な栗毛の牝馬シューティングスターと別れたコウは扉の前にできた長い列に並んでいた。
列にはたくさんの老若男女が並んでいる。制服を着た少年や警察官の男性に女性看護師。杖をついた老人もいる。
二メートル近いスキンヘッドの筋骨隆々な格闘家の様な男性や、金髪碧眼の肌の白い女性もいて、明らかに日本人ではない外国人も並んでいた。
みんな服装がバラバラなのは亡くなった当時の服装らしい。
全員に共通の特徴がある。それは誰も一言も喋らず、能面のように無表情なのだ。
試しに自分の前で並ぶ女性に話しかけてみても、聞こえていないのか無視しているのか分からないが、全く反応は帰ってこなかった。
これだけ多くの人がいるのに、この場には自分一人しかおらず、実は精巧な人形が並んでいるのではないかと思ってしまう。
しかし一人が扉に入ると、全員が一歩ずつ歩き始める。少なくとも彼らは動かない人形ではない事は分かった。
一体どれくらい経っただろうか、一時間、一日、それとも一年か。時計もなくどれだけ時間が経っても辺りは真っ暗なまま変わらないので、コウの時間の感覚はおかしくなっていた。
けれど少しずつゆっくりとまるでナマケモノみたいに前に進み、コウの前にいる女性が扉をあけて入った。ついに彼の番がやってきたのだ。
『次の方。扉を開けて中にどうぞ』
突然、彼の頭の中でシューティングスターとは違う女性の声が響いた。
二十代から三十代くらいだろうか。何処と無く妖艶な雰囲気の声だ。
「は、はい!」
コウはつい反射的に返事をしてしまう。
『返事しなくてもいいのですよ。さあ扉を開けてお入りなさい』
コウはまさか相手から返事が返ってくるとは思っていなかったので、少し顔を赤らめながらドアノブに手をかける。
目の前にあるドアは、チョコレート色の木の扉で、装飾はなく金色のドアノブが早く開けろと急かす様に光り輝く。
コウはそのドアノブを回して「失礼します」と言いながら扉を押し開けた。
中に入ると、そこは天井のランプの薄明かりに照らされた部屋だった。
部屋は三人も入れば満杯になるほどの小さい部屋で、中央には白いテーブルクロスが敷かれた木で出来た丸いテーブルと、座ったら壊れてしまいそうな、ほっそりとした椅子が二脚ある。
部屋で一番目立つ物は、 一番奥に並ぶ二つの扉だ。形はこの部屋に入って来た扉と同じだがどちらも色が違う。
コウから見て、左側は白一色の扉。右にある扉は墨を塗りたくったかのようなドアノブまで真っ暗な扉だった。
その扉の前で全身を夜闇色のローブを全身に覆った人物が座っている。
「そんなところに立っていないで。さあ、こちらにお座りなさい」
先ほど扉を開ける前に聞こえた声と、同じ声だったので同一人物だということが分かった。
コウは、目の前の人物が大人びた声の雰囲気から自分より年上の女性だとは思ったが、いかんせんローブに包まれていて、相手の顔や体格も分からない。
もし中にいるのが人でなかったらどうしよう。そんなことを考えながらコウは指し示された椅子に腰掛ける。
「よろしくお願いします」
「そんな硬くならなくても大丈夫。何も怖いことはありませんよ」
「はあ……」
そう言われても――声だけの判断になるが――女性と狭い部屋で二人きりなのだ。どうしても身体が縮こまってしまうのはどうしようもなかった。
「さて、まずは自己紹介からですね。わたくしの名前は 《選択する者》と言います。よろしくお願いします」
選択する者はコウの緊張をほぐす様に、丁寧に頭を下げてお辞儀をする。
それにつられる様にコウも頭を下げた。
「ぼ、僕は間宮コウです。よろしくお願いします」
「間宮コウさんですね。コウさんとお呼びしてもよいかしら?」
「は、はい大丈夫です」
ガチガチに緊張するコウの姿が面白く見えるのか、選択する者は口元に手で隠す様な仕草をする。
その手は指の先端までローブで隠されており、顔も影で隠れて全く正体がつかめない。
そんな疑問を尋ねる間も無く、選択する者が話しかけてくる。
「コウさん。もう分かっていると思いますが、貴方がここにいる理由はたった一つ。現世で亡くなったからです」
「……はい」
シューティングスターに言われた時もそうだったが、他人に貴方は死んだと宣言されると、やはり気持ちのいいものではない。
「そしてここは転生する場所を決める選択の間。その為に、まず、貴方のことを教えてください」
「僕の事ですか?」
「はい。貴方が生前に行ったことを私が聞いて、どちらの扉を開けて転生するか決めます」
コウはまるで目の前の人物が閻魔大王に見えてきた。生前に犯した罪によって、それぞれの地獄に送られるのだ。
もしかしたら、前に並んでいた人も地獄に送られているかもしれない。そして自分も、そう考えたコウの背中に冷たい汗が流れていく。
「その、やっぱり生きている時に悪いことをしたら、地獄に送られる可能性もあるのですか?」
地獄に送られる様な悪い事はしてない筈だが、それでも思わずコウの口からそんな言葉が自然と出ていた。
「それは勿論、現世で大罪を犯した者は問答無用で地獄行きです」
選択する者はそこまでキッパリと言い放つと、急に優しい声音に変わった。
「でも、まずは、その人の人生を聞いてから判断します。だからまず貴方のことを教えてください」
顔は分からないが、その声音はまるで蜘蛛の糸の様に絡みつき、コウの緊張をほぐしていく。
「は、はい。えっと、何処から話せばいいですか?」
「覚えている一番小さい時から話してください。あと、貴方と関わりのある人のことも教えてください」
コウは頷くと、頭の中にある記憶を思い出しながら目の前の夜闇のローブに話していく。