第45話《絶望》
「さあ、戦いを続けなさい。まだどちらも力尽きてはいませんよ」
「はい。アストラ様」
コミロフはフォティアを片手で立たせて、少し離れてから剣を構える。
「ラトスーア何で……」
「早く戦いなさいフォティア。それと……私はラトスーアではありません」
フォティアの中で、六年間の優しかった彼女の姿が音を立てて崩れていく。彼の心を支配したのは暗い暗い絶望だった。
「来ないのならこちらから行くぞ!」
コミロフが剣をまっすぐ構えてフォティアの胸を突く。
「何?」
コミロフが驚くのも無理はない。フォティアは避けようともせず、そのまま胸で受けたからだ。
切っ先は服を貫通し、その下にあるミスリルのチェインメイルで止まった。
「コミロフ。あんなに俺には殺す気でかかってこい見たいな事を言って、こんな手加減するの?」
フォティアはルーンの彫られた刀身を思いっきり掴む。皮膚が切れて血が滲み、青い輝きが、赤く染まっていく。
「いいぜ。やってやるよ!」
フォティアは心の中で生まれた絶望にその身を委ねた。すると右手がまるで第二の心臓と主張するように激しく鼓動する。
右手からそれを解放した。掌から現れた炎の雛鳥が手の中で短剣の形を取る。
「《種火の短剣》」
アストラが小さく呟いた。
フォティアが左手を離したので、コミロフは素早く退がる。
(短剣のままじゃ俺は勝てない)
フォティアは血に塗れた左手で《種火の短剣》の柄を握りしめる。
すると、炎が血を吸収していき形を変える。変化し終えたソレは最早短剣ではない。
刃渡り百センチを超える長い刀身を待ち、十時に広がる鍔、そして両手で掴んでも余裕のある柄。炎は新たにバスタードソードの形を作り出していた。
「おおっ。見事な美しい炎の剣じゃ」
コミロフは戦いのことを忘れて、素直に感嘆のため息を漏らす。長い間武具を見てきた彼でも、フォティアの持つ炎は見事としか言いようがなかった。
「来い! フォティア」
我に返ったコミロフは目の前に迫る炎の刃を見て悟った。これに殺されるのなら悔いなどない、と。
フォティアは炎を両手に構えて刺突を繰り出す。その間もコミロフが避けた時、弾いた時、受け流した時のことを考えていた。
だから、コミロフが何もせず、胸を貫かれたところを見て固まってしまった。
「な、何で……?」
コミロフは両手を広げて切っ先を迎え入れていた。
炎の刃は、サーコートを焼き尽くし、冥王に付けられた醜い傷跡を深く貫いていた。
「フォティア。お前の勝ちじゃ。良くその力を使いこなした」
フォティアはが剣を引き抜くと、コミロフは糸の切れた操り人形のように崩れ落ちて壁にもたれる。
「俺は、殺す気なんてなかったんだ。本当だ」
「分かっておる。お前は優しい子じゃ。こうでもしないと本当の力を引き出せなかったのじゃ」
話している間も、コミロフの胸の傷を炎が焼いていく。
「そんな! そんな話はおかしいよ! 俺を強くするために自分を犠牲にするなんて!」
「だが、その力を覚醒しなければ、いくらお前が強くなっても人間のままだ。それでは悪魔どもに勝てはしないのだ。だがお前は神の力を手に入れた。それを使って仇を打て……」
そこまで言ってから、突然コミロフの鎧が誰もいなくなったかのように力尽きる。
「コミロフ? 待ってくれよ。まだいっぱい話したいことがあるんだ。まだいっぱい教えてもらいたいのに、何で、何で置いて逝っちゃうんだよ!」
フォティアが涙を流しながら叫んでも、もうコミロフの耳には届かない。
「……逝ってしまいましたか」
「黙れ!」
フォティアは振り向きざまに、右手の炎の剣をアストラの喉元に突きつけた。
「お前の、お前の所為で、コミロフは、俺が俺が殺してしまったんだ! アストラ、お前の所為で!」
「分かっています。どうするのですか。その切っ先で私を貫きますか? けれどそれは私が与えた力。私を殺す事は出来ませんよ」
「うわあああああああああああああああああああっ!」
フォティアは長く長く絶叫してから炎の刃を収める。すると強烈な脱力感に襲われてその場で膝をつく。
「私を殺さないんですか?」
「俺は、俺は! 殺したいほどあんたを怨む。けれど、それと同じくらいに、あなたを殺したくない!」
「フォティア……」
フォティアは声を殺して泣いた。
アストラは、肩を震わせる彼をじっと見つめていた。縦穴の洞窟を静寂が包み込む。
「見つけたぞ!」
そんな静かな空間を破る者が現れた。




