第42話《計画》
沢山の細かい粒が何かにぶつかるような音でフォティアが目を覚ます。
視線だけ動かして、今いる場所が見慣れた縦穴の洞窟だという事が分かった。
天井から空いた穴を見ると、無数の水滴が見えない蓋を叩いていた。音の正体は激しく降る雨の音だったのだ。
「フォティア。目が覚めましたか?」
その視界の中に、覗き込むようにラトスーアが現れて心配そうな表情をこちらに向ける。
「うん」
「身体に異常はないですか?」
フォティアはゆっくりと起き上がり、自分の身体を見回すが、特に怪我をしたところはない。
「大丈……あっそうだ!」
スキンヘッドに刺された左手を見るが、傷一つない綺麗な手をしていた。更に最初に避け損なって斬られた足も見て見るが、そこにも傷はなく、ズボンが裂け血がついているだけだった。
「身体は何ともないみたい。傷も全部治ってるし。これも僕の中の力のお陰?」
フォティアは自分の右掌を見つめながら質問する。
「ええ。貴方の中にある《炎のチカラ》が傷を癒してくれたのです」
ラトスーアは彼の左手をとって傷口を癒すようにさする。
少しくすぐったいような心地よい感触に頰を緩ませるフォティア。
「そうなんだ」
「フォティア!」
その時、大きな足音をふみ鳴らしながら、コミロフが近づいてきた。
「あっ、コミロフ……」
「この、バカ者が!」
フォティアの言葉は突然の事で遮られてしまう。いきなり近づいてきたコミロフに殴られて中断させられたからだ。
金属に包まれた拳で思いっきり左頬を殴られ、フォティアは何回転もしながら、床を転がる。
ラトスーアも突然のことで言葉も出ないようだ。
殴られて裂けたのか、口の中が苦い鉄の味いっぱいになる。
「立て。立たないか。何であの時勝手に飛び出した。理由があるなら言ってみろ!」
コミロフに襟首を掴まれて持ち上げられ、足が宙に浮いたフォティアは、今までこんな仕打ちを受けた事がなかったので頭の中が真っ白だ。
「僕は、その……」
「はっきり言わないか!」
「コミロフ……」
ラトスーアが何か言おうとするが、コミロフは手を伸ばしてそれを制する。
「何も言えないのか? フォティア」
「僕は許せなかったんだ!」
フォティアは襟首を掴まれたまま、コミロフを睨みつけながら大声で叫ぶ。
「何が許せなかったのじゃ?」
「あの盗賊たちが許せなかった! 村を襲った事をあんな楽しそうに話して、熊の親子を無残に殺したあいつらが許せなかったんだ!」
フォティアは泣きながらも、まっすぐ兜の中にあるであろう目を見据える。
「……そうか。お前の怒りはもっともだ。あいつらは悪だった。悪は滅びる運命。お主がやらなくてもワシ一人であいつらを相手にしていたじゃろう」
コミロフはフォティアを下ろして襟首から手を離す。
「だがのう、フォティア。お前はまだ弱い。奴らに一人で立ち向かって勝てるか分からなかったのか?」
コミロフはしゃがんで目線を合わせながら、フォティアの本音を引き出すために両肩に手を置く。
フォティアはその視線を避けるように顔を伏せながら話す。
「あの時は怒りで我を忘れていたんだ。敵が強いかどうかなんて気にならなかった。とにかくあいつらがとても憎かったんだ……」
顔を上げたフォティアの両目には涙が溢れていた。今初めて自分の行動がとても愚かだということに気づき、そんな無知な自分を恥じていた。
「ごめんなさい。僕がちゃんと指示を聞いていればよかったのに……勝手に飛び出してごめんなさい」
「フォティアよ。あいつらは暴力で人から物を奪う最低な奴ら。死んで当然じゃ。しかしこの二つは覚えておいてくれ。
むやみやたらに自分の持つ力を振るってはいかん。そのせいで弱きものが悲しむことになる。
そして自分の命を大事にするのじゃ。お前が死んだなんて考えただけで、ラトスーア様がどんなに悲しむか、お前に分からんはずがなかろう?」
「コミロフも僕が死んだら悲しい?」
「ああ、もちろんじゃ。若いお主に先に死なれたらなんて考えたら、ワシの胸も張り裂けてしまいそうじゃ」
「……ごめんなさい。ごめんなさいコミロフ……うわぁああああああぁん」
フォティアは溢れる大粒の涙を零しながら、コミロフの金属の胸鎧に顔を埋めて幼子のように泣いた。
「分かってくれればいいのじゃよ」
コミロフは自分の胸に顔を埋める息子のような存在の彼の頭を、力加減を間違えないようにポンポンと叩く。フォティアが悲しみを出し尽くすまでそれを続けるのだった。
★★★★★★★
涙の跡を頬につけたまま眠るフォティアの寝顔を見ながら、ラトスーアとコミロフが話していた。
「コミロフ。辛い役目を押し付けてしまってごめんなさい」
「謝らないで下さい。これも彼が成長するために必要なこと。その為なら、たとえ嫌われてもワシは構いません……まあ、今回は嫌われなかったようで内心ホッとしておりますが」
「そうですね。でも、本音を言えば、彼が成人するまでは少しでも、幸せな時間を過ごしてもらいたい。」
「ワシも同じ気持ちです。しかしそれは永遠と続くものではありません。彼の身体の内にある力が、遠くない内に奴等をここに招き寄せるでしょう」
「分かっています。何としても、それまでに彼を強く鍛え上げなければ」
「う、う〜ん」
フォティアのうなされるような声に二人は会話を中断して様子を見る。
どうやら悪夢を見ているようで何度も寝言で「ごめんなさい」と謝っている。
「どうやら、今日の事を夢に見ているようです。ラトスーア様、お願いします。彼を癒せるのは貴女だけです」
コミロフは自分のガントレットに包まれた腕を恨めしそうに見つめる。
「こんな時、血の通った肉体が羨ましい」
「コミロフ」
「おっとそんな事を言ってもしょうがないですな。フォティアの事お願いします」
コミロフはお辞儀をしてその場を後にする。ラトスーアには、離れていく背中はとても寂しそうに見えていた。




